「ドレッシングはあるよね?」
「んー…」

昨日見た冷蔵庫の中を思い出す。いつもは冷蔵庫なんか開けないけど、昨日親が旅行に行くから場所を覚えておけと確認させられたおかげでぼんやりとドレッシングがわかった。

「あった」
「よし、じゃあ後ひき肉とお茶買って帰ろっか!」
「ん」

カラカラとカートを押して肉コーナーに向かう。今日は俺の家族が旅行に行っとるきに、せいなが泊まりにくることになった。おまけにせいなんちも旅行に行っとるらしい。なんちゅう偶然。
ちなみにせいなはハンバーグ作るみたいやけど、まあ、本人にそういうイメージは…ない。

「ねえ雅治」
「何?」
「私達って周りからしたらどう見えるのかな」
「…?」
「だって、制服着た男の子と女の子がご飯の買い物だよ?」
「…ああ」
「私的には兄妹かなって思うんだよね」

雅治が大人っぽいから。
俺と自分を交互に指差して、最後には、ね?と付け足した。

「じゃあこうすれば?」
「あ」

カートを押していた手を片手離してせいなと指を絡める。顔を一気に赤くさせて驚くせいな。想像通りの素直すぎる反応に、俺は思わず笑った。





家に着いてからせいなはすぐに作り始めた。放置されとる俺はそりゃあもう暇。最初でこそ周りをうろうろしたり見とったけど、邪魔だと言われたらまさかいれるわけもなくて。でもようやく肉を焼く音が聞こえてきたところを見ると、たぶんもうそろそろなんやろうと思う。

「雅治〜」
「ん?」
「お皿ってどこにあるの?」
「…ああ、それなら俺が用意するぜよ」
「えっいいの?」
「それくらいは。暇じゃき」
「そっか、じゃあお願いするね」

ソファに寝転がっていた身体を起こしてキッチンへと向かう。いい匂い。こんなにご飯が待ち遠しいんは久しぶりやのう。
皿をせいなまで持って行くと、既にハンバーグができあがっていた。

「はい」
「あ、ありがとう!」
「…せいなって料理できるんじゃな」
「ちょっと何それ」
「いや、イメージないきに」
「……まあ、あながち間違ってはないけど」

皿にハンバーグを乗せながらせいなは呟いた。でも見た目も匂いも普通に旨そうやし、こういう風に謙遜するやつでもないはず。

「え、今ハンバーグできたやろ」
「これはなんて言うか…」
「?」
「将来好きな人ができたら作ってあげようと思って練習してたんだよね〜…」

あははとそう言ってから恥ずかしそうに笑いを溢す。

「だから雅治が泊まりに誘ってくれて、やっと作れる!って嬉しかったよ」

盛り付け終わったハンバーグを持ってテーブルに移動するせいな。俺の顔を見ない。なんだこれ、違和感、

「……」
「……」
「…何?」

腕を掴まれて振り返ったせいなは不思議そうに目を丸くしとる。俺は思わずせいなの腕を掴んどった、らしい。

「いや、別に…何でもなか」
「そっか」

俺が手を離すとせいなは何事もなかったかのようにまっすぐとテーブルへ向かった。やっぱり、なんか違う。

「私ちょっとトイレに行ってくるね」

エプロンを外して椅子にかけ、部屋を出て行こうとするせいな。俺は歩み寄ってまた腕を掴んだ。

「どしたの?」
「……」
「雅治?」

困ったようなせいなの顔。どうしたなんて聞く勇気もないくせに、このまま腕を離したらいけん気がして。何しとるんやろう俺。理由がなきゃ何も行動できん自分がもどかしい。

「そんな困った顔されても、私わかんないよ」
「…すまん」「ううん、いいけど」
「……」
「もーどうしたの?」
「せいなこそなんか変」
「え?」
「急に態度変わったやろ、さっき」

ああ、そうだ。自分で言って気がついた。突然俺のこと見んようになったり、いつもは会話が続くところを途中で止めたり。

「…もしかしたら勘違いかもしれんけど」
「……」
「でもなんかあったら言ってくれんと俺もわからんから。な」

俺はせいなの頭をぐりぐり撫でた。恥ずかしさがこもっていつもより強くなっとるけど、別に気にしない。
すると不意にせいなの手が伸びてきて、目の前が真っ暗になった。

「……」

しばらく沈黙が続いて、左目を覆っとった手が外された。せいなはそのまま自分の目元に手を持っていく。

「ちょ、え、せいな?」
「…で」
「なん、どう、」
「見ないで!」

その声にせいなに向かって伸ばされた手が止まる。

「…?」
「ごめん。見ないで、お願い」
「……」
「私、雅治の前ではずっと笑ってようって決めてたの」
「…何で」
「だって泣いたら雅治困るでしょ?」

右目を覆っとった手も今では目元に寄せられていて、涙を拭っている。それでも追いつかないくらいの涙。でもそれは、俺を思ってのなんやろ?

「だから今のことは忘れて。もうちょっとしたらすぐに戻るから、お願い」

そう謝りながら目を拭く手を退け、俺はせいなを抱き締めた。おまんがこんなに涙流してる理由が俺を思ってなのに、俺にそれを忘れろなんて無理に決まっとる。どうしてそんなに…。
腕の中のせいなは小刻みに震えとった。

「…別におまんに困らせられても、俺はええぜよ」
「……」
「泣いとるのも笑っとるのもせいなじゃろ。俺は“せいな”がええきに」

自分で言って恥ずかしくなった。でも俺の背中にそっとせいなの腕が回ったら、そんなんはどうでもよくなった。

「あ、」
「あ?」
「ありがとう」

ぎゅうっと背中への圧迫感。今はそれすらも心地いい。

「どういたまして」

俺が答えると、鼻水をすする音が聞こえた。そして腕が離れたかと思えばふらふらとティッシュまで歩いて行って鼻をかむせいな。
それからスッキリしたのか俺の方を向くと、ご飯食べようか!と言って笑った。



(やっぱりわらったかおが、いちばん)

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