明日はお昼ご飯、2人でたべようね。そう別れ際に言ったのは昨日のことで、その通りに今は隣同士の机をくっつけてご飯を食べているところ。
「美味そうに食うもんじゃな」
「だって美味いもん!」
すぐにそう答えたせいなを見ながら、俺は2つ目のおにぎりに手をつけた。
俺、こいつと付き合っとるんやなあ。もぐもぐと口を動かしているせいなを見て思う。昨日夜寝る前にぼんやり考えてみたけど、本当に不思議な話じゃ。誰にこれを話したら信じてもらえるんやろうか。俺に話したせいなはどんな気持ちやったんやろう。
「それにしても、本当にそれだけなんだね」
「…おにぎり?」
「うん。おにぎり2つですむなんて中学3年生の男子としてどうなの?」
「やってこれで足りるし」
「……ありえない」
そう言ってせいなはお茶を一口。やって冬なんて基本そんな食べんでもいけるやろ。おまけに今年は部活もないし、無理して腹に入れる必要もない。
「なんか仁王くんと食べてるとあたしばっかりいっぱい食べてる気がする」
「そんなことないじゃろ」
「じゃあ仁王くんあたしのお弁当あと全部食べる?」
「いや無理」
「ほら!あたしのがいっぱい食べてる!」
「おま、それは俺が食ったおにぎり入れて言っとる?」
「…あ」
そっか!おにぎり入れてなかった!
せいなはたぶん嬉しいんやろうけど、イマイチわからん。俺より食えるなんてむしろ普通じゃなか?…まあ、かといって丸井ほど食えるのも問題やけど。
せいなの目がふと周りに移った。今日はいつもより教室に人が多い。テニス部の仁王に彼女ができた、という情報は思ったよりも早く伝わり、それを聞いてせいなを見に来たやつらやと思う。昨日の帰りからちょっと騒がしかったのもあったが、ここまでやとなあ。
「大丈夫か?」
「え?」
「周り、嫌やったら場所移動するぜよ」
「いや、あたしはいいけど」
「ならええか」
「…仁王くんは大丈夫?」
「何が?」
「…あ、ううん何でもない!」
見るからに苦笑いをするせいなやけど、何でかはよくわからんかった。でもはっきり言って俺はあいつらに迷惑しとる。根も葉も無いような噂信じてるようなやつらに見に来られても、迷惑じゃき。せいなもきっと嫌なんやろうと思いながら、俺はおかかを食べた。
「…なあ、もしせいなが消えたら俺達はどうなるん?」
「仁王くん達?」
「おん。やってびっくりするやろ、いきなり女の子が消えたってなったら」
「ああ…」
「どうなん?」
「んー…あたしにはよくわかんないや。どうなるんだろ」
「おい」
「ごめんごめん。…でもわかんないんだもん」
「……そか。すまんな変な質問して」
「いいよ、確かに気になるしね」
へにゃりと頬を緩めるせいな。俺はなんとも言えない気持ちになって、せいなの頭に手を伸ば#した。突然撫でられて一瞬驚いた顔をしたせいなが笑ってくれて、俺も一緒に笑った。
「仁王くんって意外に」
「雅治」
「…何?」
「雅治って呼んで。付き合うとるのに名字なんて変やろ」
「え、な、名前?」
「ん」
「わ、かった」
「よし。で、俺って意外に何?」
「あ、優しいなあって」
「え」
今度は俺が驚かされる番。優しいなんて初めて言われた、気がする。やばいこいつの目見れん。
「仁王く…雅治?」
「…本音なんそれ」
「ん?」
「本音、やろな」
たぶんこれは恥ずかしいんだと思う。どこかむず痒い。変なとこばっか素直で真っ直ぐなやつじゃ。昨日から、また1つ初めての感覚やった。
「…ありがと」
「どういたしました」
「くく、何なんそれ」
「その通りの意味だよ?」
「ならええけど」
「…雅治」
「ん」
「呼んでみただけ!」
「何じゃそら。…はーあ」
ため息とか酷いと嘆くせいなに、ため息をついた俺の顔なんか絶対見せられん。なあ、どんな顔しとるかわかる?
「せいな」
「はーい」
「呼んでみただけ」
「だと思った。じゃあ、あたしちょっとトイレ行ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
俺が片手を上げると、その手に軽くタッチをしてせいなは教室を出ていった。ほんまに付き合うてるみたいじゃ、これ。俺、思ったよりもこいつんこと女として好いとうかもしれん。
「雅治、か…消えないで欲しいなあ」
その後のせいなの涙を、俺は知らない。
(おもったよりも、いごこちがええ)