空は少し曇っていてもう肌寒くなってきた。外を見てはため息をつく。暑いのも寒いのも嫌いな俺には憂うつな季節が訪れようとしていた。
「ね、仁王くん」
ふと隣の席のせいなに声をかけられた。クラスは自習。しかも先生がおらんこともあってか騒がしい。ん?短い返事をして、肘をついたまま窓の外から目線だけをずらしてせいなの方を見る。まあ、せいなとの仲はいいと思う。仁王くんなんて呼んでるけど、きっと本人は“くん”を取るタイミングを逃しただけで、くん付けで呼ばれるほど遠い仲ではないはず。…たぶん。
「私さあ」
「ん」
「今週の日曜日になったらね、星になるの」
「……は?」
思わず漏れた間抜けな声。星になる?何を言っているんやろう、こいつは。ちんぷんかんぷんな俺の頭の中。意味がわからない。嘘をついてるにしてはあまりにすっ飛びすぎて、どうやって反応したらいいのかわからん。
そうしているうちに、せいなは突然笑い出した。
「あはは、仁王くんのそんな顔初めて見た!」
「え、は」
「…びっくりした?」
「いや、びっくりっていうか…。つーか嘘なん?」
「うーうん」
けらけらと大きく笑った後、まだ少し笑いながらもはっきりと首を振る。本当に何なんやろうか。星になるって、星になる?でもきっと、嘘じゃあないんやろう。せいながこんな訳のわからない嘘をつくわけがないし、理由もない。
「…意味わからん」
「何が?」
「全部じゃ全部」
「えー?」
「何なん、星になるって。死ぬんかせいな」
「んー…星になるんだよ」
「それがわからんの」
「そのまんまの意味!仁王くんや他のみんなが大人になるように、あたしは星になるの」
「……」
わあ、わかりやすい!嬉しそうに叫んだせいなは、やっぱり嘘はついていないと思う。
「……わからん」
「だから」
「おまんが星になったら何なん、何が変わるん?」
「…変わる、っていうか」
「ん」
「星になるんだから、私はここにいなくなるよ」
「えっ」
「だって当たり前じゃん、星になるんだもん」
「…ほんまに?」
「じゃあ嘘って言ったらどうする?」
「……別にどうもせんけど」
「酷い!嬉しいって言ってくれてもいいのに」
そう言ってせいなは口を尖らせる。来週からいないなんて突然言われても、しかもその理由が星になるからなんて、SFにもほどがある。でも嘘やない。夢やない。…きっと。
「信じてくれた?」
「…まあ」
「本当に?」
「お前さんがこんな嘘つくわけないやろ」
「…うん、そうだね」
せいなは俯いた。途端にクラスの騒がしさが戻ってくる。いつの間にかクラスのうるささを遠くに感じていたらしい。どうやら俺が思っていた以上に俺は混乱していたようだった。
「仁王くん」
「なん?」
「あと1週間でお願いあるんだけど、聞いてくれたりするかな」
「ま、俺にできるんやったらええよ」
「…私と付き合ってください」
「…は」
俺を真っ直ぐ見つめる。これは本気だ。柄にもなくドキドキしてくる。
「あ、ダメだったらいいから!」
「いや、え」
どもる俺。あれ、これ俺かなりカッコ悪い。でもまさか、せいなから言われると思わんくて。そんでもって、俺がこんなにドキドキするとも思わんかった。
いろんな噂はあるけど本当の俺は特に恋なんかに興味なかった。まあ、所詮は噂。知ってるやつが知っててくれればええって思っとったし。
初めてこんなにドキドキする心臓。試合んときとはまた違う。恋かなんてはわからんけど、せいなと一緒におるんも嫌やない。
「俺で、よければ」
「…ええ!」
「何その反応」
「だって、え!絶対無理だと思ってた!」
「じゃあ嘘って言ったらどうする?」
「泣く」
「…本当の本当じゃ」
「……」
「せいな?」
「…嬉しい」
顔を赤くしてせいなは目を逸らした。それを見て恥ずかしくなってきたのをなんとか全部抑え、せいなの顔を見る。目線に気づいたせいなはちらりとこっちを向いて目が合うと、更に顔を赤くさせた。
(きょうが、はじまり)