ガタンゴトン。電車に揺られて30分。目の前に海が出てきてもう2駅は通りすぎた。…もう少し。

「長いね〜」
「そうやのう」

海に行きたい。行きたいところを聞いたらそう返ってきて、天気もええからすぐに家を出た。冬の海が寒くないわけない。防寒もばっちり。

「次は終点…」

車内のアナウンスが聞こえた。周りには誰も居らんくて、俺達だけがいそいそと立ち上がる。2、3分して電車は止まった。懐かしいのう。今年の合宿のとき、テニス部で来たのを思い出した。まあ、隣で楽しそうにするせいなを見たら吹き飛んでしまったんやけど。
電車から降りるとやっぱり少し寒い。それでも昨日までよりはいくらかマシでよかった。

「あたしこんなとこまで初めて来た!」

せいなはそう言って俺の手を掴んだ。確かに、もっと近場にも海はある。でも電車が暖かいから出たくなくて、下車を伸ばしに伸ばした結果結局終点になった。

「海だからもっと風あると思ってたけど、意外にないね?」
「ん。しかも晴れとるし」
「気持ちいいよね!」

すうっと息を吸い込んだ。空気は冷たかったけど、せいなが言った通り気持ちええ。駅は海岸の目の前にあって、すぐに砂浜に着いた。砂の上を歩くと靴越しに独特な感触がした。

「あ、雅治寒くない?」
「ちょっと寒い」
「こんな暖かいのに。…雅治って本当寒がりだよね」
「やって寒がりやもん」
「そうくるか…」
「暖めてくれる?」
「…じ、冗談でしょ!」
「どうかのう」
「雅治がそう言うときは冗談」
「……何やそれ」

簡単にバレて面白くない。むすっとしていたのか、せいなが横でケラケラ笑っとる。そんなせいなを尻目に俺は海を見た。広くて青い。でも空とは違ってそこに“ある”。海と空の違いはそこなんやと思う。

「な、空と海ってどっちが好き?」
「空と海?」
「そう」
「んー、雅治は?」
「俺は海やのう」
「へえ、なんか意外!空が好きそうなのに」
「そのイメージ何なん」

俺が笑ってせいなの方を向くと、せいなも笑っとった。手を握ると温かくて、やっぱり海が好きじゃと思った。

「で、せいなは?」
「あたしは空かなあ」
「なんで?」
「なんか」
「……」

せいなは黙る俺を見てんふふーと笑ってから、じゃあ雅治はなんで?と聞いてきた。

「海って実体があるやろ」
「…触れるってこと?」
「ん。だから」

空みたいにどんなに手を伸ばしても届かんようなものは嫌い。海はそこに存在しとる。触れば冷たいし水がつく。俺は見ただけのものは信じない。まあ、俺のテニスをやってりゃそうもなる。自分が触れて確認したものしか、信じない。

「空も綺麗なのになあ」

はずだったのに。

「触れるのがいいの?」
「やって、ほら」

繋いだ手を持ち上げてせいなに見せる。

「これならせいなってわかるやろ」
「じゃあ気持ちは?」
「気持ち…?」
「私が雅治を好きって気持ち。形はないでしょ」
「…それは手を握っただけでわかるぜよ」
「ぷっ、恥ずかしい!」
「愛じゃろ?」
「……それじゃあ、手が無くなったら」

せいなは繋いどった手を離した。離された手はコートに当たってゆらゆら揺れる。

「私は嫌い?」

そう言ってせいなは悲しそうに俺の顔を見上げたけど、その顔はすぐに元の笑顔に戻り、ごめんいきなりと謝った。でも俺の手はまだ揺れていて何にも触れていない。揺れたままの手が俺を一気に現実に戻した。

「うん、気にしないで!」
「…違う」
「え?」

せいなの悲しそうな顔が頭を離れない。こんなに好きなのに、俺を残していなくなるんか?そう考えたら息が苦しくなった。そしてたった一言がぐるぐると頭を回る。こんなん言ってええわけない。俺よりせいなのが辛いに決まっとる。そんなことはわかっとる、けど。

「行きなさんな」

せいなに顔が見えないよう頭を俺の胸に押しつける。俺はなんて弱いんやろう。自分の欲を押しつけることしかできん。でも、せいなを離したくない。ずっと触れていたい。

「ここに居って」
「……」
「…頼む」

「……どうしてそんなこと言うの?」

せいなの小さな声が耳に届いた。

「…せいなと離れたくないきに」
「なんで離れたくないの?」
「好きじゃき」
「離れたら…忘れるかもしれないでしょ?」
「せいな以外のやつなんか興味ないって言うたやろ」
「…でも私がいなくなったら、そう言ったことも忘れちゃうかも」
「忘れんよ」
「……忘れるんだもん」

せいなの声が震えとった。忘れるんだもん?…そういえば一昨日の夜なんでせいなは泣いとったんやろ。昨日の朝の、そんな風にいなくなったりしないってなんじゃ?せいなは自分がいなくなった後のことはわからないんじゃろ?

「せいな?」
「私ね、前に雅治に嘘ついたよ」
「……」
「星になってからみんながどうなるか知らないって言ったの、あれ、嘘」
「…え」

せいなの手が俺の方をトンと押して、俺達は離れた。

「本当は、みんな私のこと忘れちゃうんだよ」

そう言い終えて、せいなの目は俺の方を少し見た。みんな…って、俺も?

「どういうこと、なん」
「いつか雅治私に、せいながいなくなったら俺等はどうなるって聞いたでしょ?」
「おん」
「雅治達は私のこと忘れるの。松田せいなっていう存在が消えるから、私に関わった人の中からも消えるって、こと」

さっきよりもずっと震えた声。俺の中からせいなが消える。関わった人の中からせいなが消える。…そんなことほんまにあるんか?せいなと全く関わらなかった半年間も、付き合ってからの1週間も全部が消えるなんて、ありえるん?そうせいなに聞きたかったけど、せいなの辛そうな目が全部本当やって言っとった。

「雅治…え?」

顔を上げたせいなの目が大きく開かれた。いや、霞んでよく見えんかったけど。…霞んで?せいなが慌てた様子で俺の頬を拭った。…拭った?

「え、」

ようやく自分でも気付いた。泣いとったらしい。でも、こんなに無意識に涙が出たんは初めてで。悲しいんか苦しいんかもよくわからん。ただ涙がこぼれた。

「す、まん」

涙が止まってからせいなを見ると、目が合った。途端に今度はせいなの目から涙が溢れた。

「本当に本当は、本当のこと言うはずじゃなかったんだよ」
「……」
「でも、雅治があんなこと言ってくれるなんて思わなくて」
「……」
「ごめんね」

俺は屈んで、せいながしてくれたように涙を拭いた。たぶん、行きたくないとか忘れないでとか、せいなは言いたかったんやと思うけど、それを言わんでごめんねって言ったんはせいなの強さ。やっぱり俺には敵わん。さっき自分の思いをぶつけた俺には、絶対。

「拭いてくれてありがと」
「んーん」
「…ありがとうー!」
「は」

2回目のお礼はせいなが海に向かって突然叫んだ。ついに狂ったんか?そう思って見とると、満足そうにこっちを向いた。

「歩こ!」

せいなが指を絡めてきた。明日の朝には、泣いたこともありがとうと叫ばれたことも忘れとるんやろうか。こんなに好いとう気持ちが消えるんやろうか。それは明日になってみんとわからんけど、今は確かにせいなが好きじゃ。

「さっきのありがとうは今までの雅治にだよ!」
「へえ」
「雅治はあたしにないの?」
「んー」
「え、そこ悩む?」

俺は息を吸い込んだ。

「せいなが好きだー!」

「……」
「……」

ぶあっはっは!同時に吹き出して2人で爆笑した。

「雅治キャラ壊れてるよ!」
「おまんがやれ言うたんやろ?」
「いやでも、…ふふっ」
「なんじゃその笑い」
「ううん、幸せだなって思って」

雅治のおかげだね?
そう嬉しそうにするせいなに涙が出そうになった。



(どうしても、すいとうよ)

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