その声が、悲鳴が
最上の音楽。

「離して呉れませんか」
「断る、っつったら?」

ぐしゃりと、皺の寄ったスーツを、厭そうに見る目。いつものにやついた表情は消えている。
眼鏡と伏せがちの睫毛に大半遮断されながらもその視線は欲を湧き上がらせる対象にしかならない。
違う、視線を落とす先は其処じゃあ無いだろう、と千地は玉木の細顎を掴んだ。
反抗的な視線と挑発的な視線がぶつかり合う。
押し倒した際に無理に引き千切ったシャツの、釦が床に散らばっている。
デスクの上になだれ込んだ二人が踏むその空間分だけが、不気味に調和した悪趣味極まりない部屋の中の現実だった。
毛足の長い毒色の絨毯が革靴の暴れる音も吸い込んで、静寂が逆に耳に痛い。

隠された扉を徒に、それ以上に強引に暴く行為。

年相応にかさついた薄い唇に男性然と骨張った指を割り込ませて、乱れる吐息を握り潰す様に奪う。
小さな歯がこつ、こつと指輪に当たり音を立てる。
指を噛み千切られないかとも危惧したが、あの気に食わない女医はともかくこの男にならそれも悪くないなどと考えた。
そして、そんな自分に自分で相当頭が終わっていると苦笑を禁じ得ない。
濡れた指を引き抜けば、即座にかまされる不躾な舌打ちですら耳朶を甘美に叩いて行く。
余裕にしていられるのも今の内だというのに。体を這いずり回る無骨な手を何だと思っているのか。
何処までも高慢な女王様気質が可愛く見える事に気付いて、自分の頭が終わっている事を再認識する。
まあ、こんな所まで堕ちて来て、終わってようが狂ってようが実に今更な話でしかないが。
華奢で小柄な背を覆う様に捕らえ、片手は押さえつける為に、もう片手をバックルに伸ばす。
びくりと震える肩。しかしまだ平静を装う余裕が在るのか。
あるいは千地の気違った行動がはったりだと思っているのか、それ以上の反応は示されない。
だが示さないそれが一番の反応であり、平生の彼ならばくそむかつく悪態皮肉の一つや二つ食らわせて来る筈である。
いつだって緩く弧を描く口元に上手く躱されて来たのだから、今がどれだけ余裕が無い状態かぐらいはわかる。
余裕を奪われていく背中に、自分が余裕を奪っているという事実に、欲情。

がちゃ、とベルトの外れる音。ひく、と引き攣った様な声が漏れる。
跳ねた襟足の下、白い首筋を伝う汗に彼が危機感もしくは嫌悪感を抱いているとわかり、唇が嫌でも歪む。
厭がって、いるのかと。
薄い唇を噛み締めて眉根に皺を寄せる想像が容易に出来て、愉しくなって来る。
くく、と低く凶悪な、囚人然とした笑いが歯の隙間から零れ出た。
耳元で聞こえたその笑い声に、小さく反応する背中。
自分の背後に立ち塞がる男の頭がどれだけ狂れているのか、ようやく理解し始めたのか。
日頃は酷く頭の切れる男だというのに、どうにも自己の危機管理能力がやたらに薄いらしい。
本当なら、千地の首を戒める銀色の輪、様々な細工が施されたそれでどうにでも形勢逆転は出来る筈だ。
しかしその事すら考えに及ばない程度には、玉木は千地に、この異様な空気と状況に追いつめられているらしい。
緩んだスラックスに手を滑り込ませて漸く、日頃他人を嬲り愉しむのと同じ唇から、小さな悲鳴が零れ出た。
暴れる細脚の間に膝を割り込ませ動きを押さえつける。汗の滲む首筋に歯を立てれば、彼らしく無臭に等しい無機質な香りが鼻孔をくすぐった。

「おしゃべりする余裕も無ぇらしいな」

低い笑い声は続く。視線だけがこちらに向けられ、睨み上げるようなそれに目が眩んだ。そうでなければ。
正直な話、千地はこの男に心底惚れ込んでいた。堕とされた、と言っても正しい。
だからこそ。いつだって好き勝手しているこの男の痩身をこうして押さえつけ、自由を奪い、痛めつけたいと。
いくら真摯に伝えようとこの男が真面目に受け取る事など無いと、最初からわかっている。
ならばこちらとて、玉木の聳え立つ自尊心も何も、思い遣ってやる必要などない。
拒め、蔑め、嫌悪しろ。そして、気付け。足下に取り縋って泣け。
せがみ、強請り、媚び、いつもの甘ったるい毒の声を震わせながら恐怖し、哀願してみせろ。
口に出さない願望をぶつける様に、下着ごとスラックスを引き下ろす。
抵抗の手が容赦なく眼帯に守られた目を殴りつけて来るが、生憎其処の痛みは眼球と一緒に引き抜かれたのだ。
体を押さえつけていた手を一度離し、撫で付けられた後頭部を掴んでデスクに叩き付ける。
あとの扱いはもう、いや最初からだが、適当な女と同じで構わなかった。

「ちょっとは可愛く振る舞ってみろよ、いつもの道化みてぇによ。なァ、プロモーター?」

捩じ込む指に感じる、滲んだ血の熱度さえ興奮材料にしかならない。狭い中に無理に押し入る。
言葉にならない声を放ちながら抵抗する玉木は、玉座から引き摺り下ろされた哀れな道化だ。
血反吐でも吐き出しそうな程に苦しげに呻く声を聴きながら、突き上げる。
もっと。もっと、聴かせろ。そんな小さな声では足りないのだ。
暴れる痩躯を押さえつけていたからか、力の篭った千地の指先が玉木の薄い肌に赤く傷跡をつけていた。
相変わらず首筋に歯を立てながら、玉木の下肢を弄り回す。一際大きな声で啼く瞬間を、待つ。

「っあぁ!」

体が、喉が、震えて、かしゃ、と眼鏡が床に滑り落ちる。見開かれた切れ長の瞳が一瞬だけ見えた。
仰け反り叫んだ、その弓なりにしなる背中の美しい事。白く反り返る喉を、絞め上げて。
細く、ともすれば片手でも収まってしまいそうな首筋に爪を立てた。
甘美の声に耳朶を酔わせながら、この美しいままだからこそ残酷な、子供の様な道化師をどうやって自分のところまで堕としてやろうかと。
考えるだけで緩む口元もそのままに、ゆっくりと、確実に、壊れ始めた玉木の小柄な体に腰を打ち付けた。

「さァ、もっと良い声で啼いてみろよ」




 [ 唄い鶏の嘴をへし折って、唄えとせがむ愚者の話。 ]




後書き

あああああああああああああああ!!!!!!!!愉しかった!!!!!!!!
玉木は中々にいじめがいがあって好きです。
超坊主は凪さん相手じゃあっさり堕ちそうなので。三行でケリがつきそうなので。







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