先生ちょっと | ナノ




・先生あのね設定
・切なめとか言ってみたかった





「結局二人って付き合ってんの?」

それは爆撃と形容しても差し支えないような恐ろしい発言だった。
いつもの定位置でいつものように歓談していた中での衝撃の言葉。これにはリタもユーリも引きつった笑みを浮かべながら身体を震わせる他ない。だというのに、たった今特大の爆弾を投下してみせた男はそれに気付かず、眼鏡の奥の瞳を楽しげに細めて「ねぇねぇどうなの?」などと言う始末だ。もう色々と通り越して笑うしかない。
何というか、鈍さもここまで来れば神業ものだ、とリタとユーリは思う。

「……とりあえず眼科行った方がいいんじゃない、おっさん。」
「むしろ行ってこい今すぐ。」
「え、こないだ眼鏡直したばっかよ?最近老眼気味でさ、ちっちゃいプリントの文字とか、見にくいのよね〜」

どこかずれている。そしてそのずれ方が半端じゃない。
知らなかった訳ではないけれど、こうもまざまざと見せ付けられれば溜息だって吐きたくなるというものだ。
はあぁ、と同時に深く息を吐く二人に、レイヴンがこてんと首を傾げる。

「ていうか、違うの?」
「全力で違うと言わせてもらうわ」
「右に同じ」

えー、と不満気に口を尖らせる様子は、正直いい年したおっさんがやった所で憎たらしいだけだ。しかしリタとユーリにはそれがこの上なく可愛らしく見えてしまうのだから、どうしたものか。
もうすぐ春だ。だから頭がばかになってしまっているのかもしれない、なんてことをリタは思ってみた。

「それにしても寒いわねぇ〜」

擦り合わせる手の平に息を吹き掛けながら、レイヴンが笑う。室内だというのに白く染まる吐息(この男は寒がりの癖に換気は欠かさない為、部屋は一向に暖まらないのだ)は、すぐに空気に淡く溶けて消えた。それをじっと見つめるユーリを、リタは横目で見る。
そう、もうすぐ春なのだ。それはつまりこの寒い冬が終わるということなのだから、リタにとってはそれなりに嬉しいことだ。無論、大の寒がりのレイヴンにとっては殊にそうだろう。
しかしユーリは。

「青年もあとちょっとねぇ。」
「ん?…あぁ」

もう放課後にこうしていられるのもあと何回だろう。漠然とした不安を感じつつも、まだ遠い未来だと今まで目を逸らしていたそういった問いの数々は、着実にユーリの胃の下あたりに重苦しく堆積していく。それらを現実のものとして考えなければならない時期に、ユーリは足を踏み入れていた。
ユーリ・ローウェル十八歳、高校三年の冬である。

「でも良かったじゃない、いいとこ決まって。」
「ま、スポーツ推薦だけどな。」
「それでも立派だって。よしよし、おっさんが直々にカフェオレ入れて差し上げようじゃないの〜」
「いつものことだろ?」

見慣れた筈の軽口の応酬にも、何となくリタは違和感を感じた。レイヴンにではない、100%ユーリにだ。
ここ最近ずっと元気が無いような気がする。とは言っても、あくまで気がするというだけだ。けれど、こいつはそういうのを隠すのが上手そうだし、何より原因がリタにははっきりと分かる。

「…………」

切ないねぇ、あぁ切ない。
もしレイヴンが今の自分の立場だったなら、そんな風な気取った台詞を吐くかもしれない、とリタは思った。





「リタが居てくれて良かったわ」
「……は?」

まだ仕事があるというレイヴンに別れを告げ、不本意ながらも家路を宿敵と共にしていた(方向が同じなので仕方がないし、もう慣れてしまった)際に、リタは本日二度目の爆撃を受けた。
なにこいつきもい。口をついて出て来そうになったそんな言葉を無理矢理飲み込んで、代わりに思い切り眉を寄せる。
その反応に流石に唐突過ぎたと気付いたのか、ユーリが苦笑する。

「や、最初は何こいつ俺とおっさんの時間を邪魔すんじゃねぇこの野郎とか正直思ってたけどな。」
「……あんた何、喧嘩売ってる?」
「怒んな怒んな、それにお互い様だろ?」

どこか吹っ切れたような笑みを浮かべて、ユーリがひらひらと手を振る。いつもは忘れているが、こうして普通にしていればこいつはかなりの美青年なのだということに、改めて気付かされる。
そういえば、以前たまたまこの不本意な共同下校をクラスメイトに目撃され翌日質問攻めに遭った際も、付き合ってるのかと問われて即座に否定すればきゃあぁと歓声が上がって、紹介してとしつこく頼まれたりした。こんな奴のどこがいいのか、とその時は内心毒づいていたが、確かに顔だけはいいのだ。顔だけは。

「んな見んな、俺に眼付けていいのはおっさんだけだ」
「…………馬鹿っぽい…」

けれど実際はただのおっさん馬鹿だ。あのくたびれたおっさんの気を引こうと必死に頑張る姿をいつも隣で見ているリタとしては、何というかもう見ているだけで居たたまれない。同時に、自分もこいつからはそう見えているんだろうな、と思うと死にたくなった。
他人の知らない顔を知っている。そういった意味ではこいつと大分親しくなったことになるのだろう。別になりたくてなった訳ではないが。

「なぁ」

呼び掛けに対し振り向いて見上げると、ユーリはやたらと真剣な顔をしていた。そういう顔をいつもしていればいいのに、と思ったが言ってはやらない。

「何。」
「……マジな話、な。リタが居なかったら、多分襲ってたと思う」

誰が誰を、なんて考えるまでもない。かあぁ、と一瞬顔に血が集まって、それから呆れた。

「……馬鹿?」
「しょうがねぇだろ、こちとら健全な男子高校生なんだから」

それとあいつが無防備過ぎんのが悪い、という発言には同意しておく。まぁ腹立たしいくらい事実だし。

「そうなってたら取り返しが付かねぇ所だった。」
「……そうね。」

そうなってたらそれこそ殴る罵倒するくらいじゃ済まない。済まさない。

「良かったわね、命拾いして。」
「おー怖。」
「当然。」

ふんっ、と鼻を鳴らし腕を組む。それを見て、ユーリが以前のような意地の悪そうな笑みを浮かべてみせた。見るだけでムカつく大嫌いな表情の筈なのに、今は何故だか安心した。
風が冷たい。チェックのマフラーに顔を埋め、手袋をした手を擦り合わせる。隣でユーリもグレーのマフラーに顔を埋める。

「………春、か。」
「ん?」
「何でもないわ。」

北風がリタの剥き出しの膝を撫でて、スカートをはためかせる。嫌という程、辺りはまだ冬の匂いで満ちていた。
それが嫌ではないと、少しだけ、そうリタは感じた。



先生ちょっと

110129





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