熱狂ドラスティック | ナノ




・変態フレン
・ごめんなさいごめんなさい





違和感が無かったとは言わない。
けど気付かなかったというか気付きたくなかったというか信じたくなかったというか、とにかくあまりに衝撃的で俺の脳内では処理不可能だったのだ。

「レイヴンさーーーん!」

太陽に透ける白金の髪、澄んだブルーの瞳は人懐こく細められて、整った顔立ちを可愛らしく見せている。しかし体格は男らしく剣の実力も十分、更に性格も好青年を地で行く上現帝国騎士団長とくれば、顔・性格・金の三拍子揃った優良中の優良物件に違いない。
ちなみに俺は絶賛売れ残り中の中古物件だ。切ない。

「どうして逃げるんですかー?」
「いやっ別に逃げてなんかないわよおおぉぉぉ?別にそんな全然!」
「僕には全力でダッシュしてるように見えるんですがー!」
「おっ、俺様の本気なめんなよ!まだこんなん全然本気とかじゃないし!」

とか言いつつも、実際全速力で逃げている。だってこわい。俺の怖いものランキングで甘味地獄と後ろの優良物件君が首位を争ってデッドヒート中ってくらい、背後からにこやかに追い掛けてくる青年がこわい。
あぁ誰か助けてくれないかなぁなんて思ってみても、青年はまぁ頑張れと肩を叩いてくるだけ(幼なじみじゃねーのかお前ら!)、嬢ちゃんは仲良しで素敵です!とにこにこ笑うばかり(仲良しっていうか、仲良しっていうか……うん)、リタっちには馬鹿っぽいと一蹴され(ひどい)、カロルくんにはボクそういうの気にしないから…なんて目を反らしながら言われて(死にたい)、ジュディスちゃんとパティちゃんは凄く楽しそうな顔で俺たちのやりとりを見ている(絶対面白がってる…)。
そんなことを考えて憂鬱になっている間に体力が限界に近付いてきて、脚も重くなってくる。後ろの彼はといえば全く速度が衰える気配がない。化け物か。
しかし絶対に捕まりたくない。だってなんとなくすごくいやだ。あの爽やかな笑顔がいやだ。

「フレンちゃんあっち!精肉店!」
「お肉よりレイヴンさんを所望します!」
「マジでお前ちょっと黙れよ!!」

遅かれ早かれいずれ捕まってしまうであろうことは分かっている。だって年齢も体力もおまけに何だかよく分からない熱意もとても適わない。けど逃げずにはいられないという所に俺の恐怖を感じ取って欲しい訳だ。くすん。


えー、そもそもどうしてこんなことになってしまったのか。
数週間前のある日の午後、俺たちは目的の町に少し早めに到着し、早々に宿の手続きを済ませた。何となく流れでフレンちゃんと相部屋になったが、その時は別に何とも思っていなかった。
部屋に入るやいなや羽織を脱ぎ捨てて楽な格好になり、ふかふかのベッドに飛び込んでくつろぐ。はあぁ久し振りのベッド気持ち良い…なんて考えながらごろごろしていると、すぐに睡魔が襲ってきた。窓から射し込むあったかい太陽の光も手伝って、俺はそのまま瞼を閉じてしまった。

目覚めた時感じたのは、やけに暑いなぁということ。あと何かくすぐったい。首筋とか耳とかむずむずして、思わず吐息が漏れそうになる。
夢?夢にしてはなんかリアルなような、ってかくすぐったい。

「っん……」

ぼんやりとした視界いっぱいに、輝く金色。なんだこれ、と数回瞬きをしていると、金色が動いて海のようなブルーが現れる。

「レイヴンさん……っ!」

目の前には何故か顔を赤く染めてぷるぷる震えるフレンちゃん。どうしたのこの子。

「……んぅ?」

寝起きの所為もあって何だかうまく状況が飲み込めない。ええと、此処は宿屋で。俺は昼寝してて。目が覚めたらフレンちゃんが見えて。フレンちゃんの向こうには天井が――…

「どわああぁぁぁぁ!!?!」
「わあぁ!」

慌てて跳ね起きようとするも、俺の上にフレンちゃんが馬乗りになっている所為で、身体が起こせない。俺の素っ頓狂な悲鳴にフレンちゃんがびっくりするじゃないですか!などと言っているが、こっちがびっくりだこの野郎。

「な、なに、この状況、っひ!?」
「ばれてしまったら仕方がないですね……レイヴンさんがあまりに魅力的なので我慢出来ませんでした…。すみません」

何がだよ!ていうか早くどけよ!
そう思うが混乱していて口が開けず黙っていると、視界がまた金色でいっぱいになる。

「レイヴンさんいい匂い…!あああもうずっと嗅いでいたい…!!」

幸せそうにそう言って、フレンちゃんが俺の首筋で犬のようにスンスン鼻を鳴らす。
え?

「っ、ぎゃーーーー!!?!」
「わぁ、じっとしてて下さい。」
「じっ、じっとしてられるかこの野郎!なんなの!?馬鹿なの!?ってか離れろぎゃああぁぁ舐めんな馬鹿ーー!!」
「えへ、つい。」
「つい、じゃなっ、わ、馬鹿…!」

ぎゅうと抱き締めて押さえ付けられ、耳の辺りで深呼吸される。吐息が当たって思わずぶるりと身体を震わすと、目の前の変態はいっそう嬉しそうに微笑んだ。

「やっぱり本物は最高ですね…!すっごく安心します…」
「ひゃ、やめ…!」

ていうか本物って…そういえばシャツや言いたくないが下着がちょこちょこ無くなってた気がする。お前の仕業か!
しかもさっき脱いだ羽織が見当たらないと思ったら何故かフレンちゃんが嬉々として羽織ってるし。もう嫌だ。
信頼してた子に押し倒され匂いを嗅がれはぁはぁされて、情けなさと恥ずかしさと悲しさでじわりと涙が滲む。

「っ……」
「レイヴンさん…?」

心配そうに顔を覗き込んでくる表情は正に好青年のそれなのに、俺のシャツをまさぐる手は止まらないのだから台無しだ。何でそんな格好良いのにそんな残念なの。なんなの。
ぽろりと涙がこぼれる。

「!レイヴンさん、」
「ゔー……っ」

一度決壊してしまうともう止まらない。
霞む視界の中でフレンちゃんの顔がくしゃりと歪むのが見えた。

「申し訳ありません、僕…」

フレンちゃんがそう言って本当に申し訳なさそうにするものだから、何となく俺の方が悪いような気がしてくる。いやいやいや、俺悪くないよね。うん。
でもフレンちゃんがしゅんとしてる姿を見ると心が痛くて、とりあえず身体を起こして互いに向き合い、仕方がないから安心させるように頭を撫でてやった。大概お人好しだなぁ、俺も。

「ごめんごめん、ちょっと…ね、びっくりしちゃってさ。」
「レイヴンさん…」
「どしたの、何か疲れてる?悩み事ならおっさんでよかったら聞くわよ?」

疲れや悩みで奇行に走ってしまったんだろう、と言うのは俺の願望だけど。
しかし予想外にフレンちゃんがはいと頷いて、神妙な面持ちになった。

「あの…、前々から思っていたことなんですけど」
「うん?」
「レイヴンさん、何だか母親のようなあたたかくて優しい匂いがするんです。戦闘中とか、羽織がひらひらする度にいい匂いがしてて。あ、それでもよくないことだと分かってはいたんです。けど、一度レイヴンさんがシャワーを浴びてる間にこっそり羽織に顔を埋めてみたら、もう止まらなくなってしまって…」
「……………」

えーと、うん。
俺はどうすればいいか分かる人、今すぐ此処まで来て。

「今日もレイヴンさんと二人部屋というだけで身に余る幸せなのに、レイヴンさんが無防備に寝始めるので……つい、興奮して。」
「…………」
「あぁしかもやっぱり衣服と比べて本人は予想以上にたまらなくて…!普段衣服の残り香に慣れてるからでしょうか、匂いが濃くてまるで包まれてるみたいで、何だか僕…ちょっと…勃っ、」
「ぎゃああああああああ!!!」
「ぐふっ!」

何かもう色々と耐えられなくなった末の、渾身の左ストレート。我ながら素晴らしく綺麗に決まり、フレンちゃんがベッドから吹っ飛んでいく。
罪悪感も何のその。鼻血を垂らすフレンちゃんをよそに、俺は正当防衛ですー!と叫びながらその場から逃げ出したのだった。


そして現在に至る。
あの日から開き直ったのか何なのか、フレンちゃんの変態行為がヒートアップした。衣服泥棒は勿論、わざとらしく転んでは抱き付いてきたり、野営で距離を取って寝た筈が目覚めると隣になっていたり、宿屋に泊まっても朝になると何故か俺のベッドで寝ていたり。
もうノイローゼになってもおかしくない生活だ。神様、俺が何かしたっていうのか。それとも神様はドSなのか。俺はMじゃないぞ断じて!

「レイヴンさん捕まえたあぁぁ!あああぁぁいい匂いたまりません…っ!」
「ぴぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!」

あぁもう誰でもいいから助けて下さいお願いしますこれこの通り!



熱狂ドラスティック

110213





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