毎日毎日魔物と戦って世界のあちらこちらを飛び回る、そんな生活を続けていれば必然的に癒しを求めたくなるのが道理というもので。 「やっぱ温泉さいこ〜〜…。」 「っくーっ、染みる……。」 「オヤジ臭いよ?ユーリ。なんかレイヴンみたい。」 「せっ青年少年がひどい!」 「はいはい落ち着け中年。」 「青年もひどい!」 ユウマンジュを訪れたユーリ達は、温泉に浸かって日頃の疲れを癒していた。しかし和やかなムードの中、黙り込んで俯いている人物が一人。 フレンは悩んでいた。そりゃあもう悶々と悩んでいた。 確かに温泉は疲弊した身体に染み渡るようでとても心地が好いし、そもそも温泉は好きな方だ(嫌いな人こそあまり居ないと思うけれど)。それでも今回だけは、いやしばらく――少なくともこのメンバーで行動している間は――来たくはなかった。しかし必死に反対しても皆今日はもう温泉に行く気満々で、どうしようもなかったのだ。 そして現在に至る。もう何度目になるか分からない溜息を吐き出して頭をがしがしと掻くと、不意に目の前にひらひら動く何かが――…、 「わあぁっ!!?!」 「あ、やっと気付いた。」 ひらひらと目の前で掌を振っていたレイヴンさんが、僕の大袈裟なくらいの驚きっぷりにカラカラと笑った。慌てて辺りを見回すと僕とレイヴンさん以外には誰も居らず、聞けばカロルとユーリはもう上がってしまったと言う。確かに二人は早風呂派で、反対にレイヴンさんは割と長風呂派だ。 要するに、完全な二人っきり。 驚いた拍子に顔を上げてしまったのがまずかった、だって目の前に居るのだからその姿が、その無防備な姿がどうしても目に入ってしまう訳で。慌てて俯くとまたレイヴンさんに笑われたが、僕はと言えば先程見た一瞬の光景が頭に焼き付いて離れなかった。 (わあぁ褐色の肌が濡れて、くび、首筋とか、鎖骨とか。あ、肩まるい、撫で肩なんだな、だから余計小さく見えて……わああぁぁぁ、) いけない、これはいけない。恥ずかしいし身体が熱いし何だかもう色々といっぱいいっぱいで、もう。 しかしひたすら焦るこちらの気持ちも知らず、レイヴンさんは僕の隣に並んでふい〜と息を吐いた。 ……ユウマンジュが濁り湯で良かった、透明だったら刺激が強過ぎる。 「フレンちゃんも割と長風呂派なのねぇ、何か意外だわ〜。」 「そっ、そうでしょうか……?」 「まぁ折角の温泉だもん、沢山入っとくのがいいやね。」 「は、はい…。」 うう、顔が、上げられない。 しかししっかり筋肉の付いた上腕や首筋、鎖骨なんかが横目でチラチラと見えてしまう。 (うわ……濡れた髪が首筋に張り付いて、あぁ耳赤い、耳たぶが紅色に染まってやわらかそうで、喉仏を水滴が伝って、うわあああぁぁぁ、) 「フレンちゃん、何か元気なくない?もしかして体調悪い?」 「!!いっいえ、そんなことは!」 「そう?無理しちゃ駄目よ、風邪ってひき始めが肝心なんだから!」 「は、はあ……。」 僕の煮え切らない返事に納得がいかないのか、レイヴンさんがむーと唸る。すると何を思ったのか突然こちらに手を伸ばしてきたものだから、慌ててばしゃりと飛沫を上げながら遠ざかった。 「なっ何ですか!?」 「や、熱あるかなーって。おでこ出してみ?」 レイヴンさんが近付く。僕が遠ざかる。近付く。遠ざかる。近付く。遠ざかる。 「…何で逃げんの!」 「いや、あのっ…、えっと、」 「俺よくハリーとかの看病してたし大丈夫よ、信頼出来るって。」 「そっそういう訳ではなくて…、」 「………フレンちゃん、もしかしておっさんのこと嫌い…?」 「!いえっ、そんな筈ないです!」 「じゃあなんで?」 そう無垢に問うレイヴンさんに、貴方の身体に欲情して理性が効かなくなってしまいそうで怖いんです、なんてぶっちゃけてしまえる筈もなく。しかしいい言い訳も見付からず。 考えあぐねた結果、ええいと思い切ってこう絞り出した。 「――…僕だって、男なんですよ?」 「?うん、そうね。」 流石に女の子には見えねーわよ、なんて言って笑うレイヴンさんと僕との間で、何だか物凄い行き違いが生じているらしい。 「体つきとかしっかりしてるもんねぇ、羨ましいわ〜。」 「そっそうじゃなくて、あの、」 「ん?」 なぁに?と首を傾げて翡翠色の瞳でこちらを見上げて来るレイヴンさんに、なけなしの理性やら何やらがぼふーんと音を立ててぶっ飛んでしまった。 そういえばやけに暑い。 「れっ、レイヴンさん…っ!!!」 「わ!ど、どしたのフレンちゃん。」 「あの、僕…ぼっ、僕は…!!」 「?」 「……〜〜〜…っ……、」 その時勢いで取ったレイヴンさんの手は、思っていたよりずっと小さくて。 僕が覚えているのはここまで。 「え……あれ、ちょっ、フレンちゃん?フレンちゃんっ!?ちょっ、ねぇ、しっかりして!!おーい!……だっ、誰かあぁぁーーーー!!!」 純情珍道中 101018 |