戦略的無垢 | ナノ




・GO姦後の朝みたいな





兄の長い睫毛が頬に影を落とすのを、ただじっと見ていた。
身体はぼろぼろなのに、不思議と心は落ち着いていた。何故なのかは分からない。ただ手首に残った痛々しい跡を見ても、鈍痛に眉をしかめても、この兄を憎む気にはとてもなれなかったのだ。それだけ俺は残酷でいられて、それだけ兄のことを愛してはいた。

「……兄ちゃん」
「…………」
「責めてる訳じゃないのよ。ただ理由が聞きたいだけ」
「………すまなかった」
「謝んな。そんなの聞いちゃいないのよ、俺は。」

怯えたように瞳を伏せる兄を見て、幼い頃二人並んで説教されていた時のことを思い出した。いつも最初に泣き出すのは兄の方で、俺はその情けない顔を見てようやく泣き出すことが出来た。
大人たちは言った、「お兄ちゃんなのにそんな泣き虫じゃ駄目よ」と。けれど兄がこうでなければ、今頃俺は刃を兄の喉に押し当てていたかもしれない。そうやって大人たちはいつだって、無責任な言葉だけを残していく。

「本当に、すまなかった……!」
「じゃあ質問を変えるわ、俺のこと好き?」
「………」
「なぁ、シュヴァーン。」
「…………」

早朝の重苦しい沈黙を、兄の呟きが払拭する。すき、だと。色の悪い唇からそう零したと同時に、その瞳から涙が零れ出した。俺と全く同じ翡翠から生み出されている筈なのに、兄のものはどうしてこんなに綺麗なんだろうといつも思う。

「…すまない」
「何に謝ってるの?倫理?道徳?世間様?それとも俺?」
「………」
「だとしたら、謝る必要なんて無い。」

そっと兄の濡れた頬に触れる。馬鹿だと思う。兄は多少小柄な方ではあるけれど、女性を捕まえるのに不自由はしない筈なのに、何故実の妹なんかに。そしてその問いはそのまま俺にも返ってくる。

「好きよ、シュヴァーン。」

そう言って兄にキスをした。すげぇ顔、してる。悲しいような嬉しいような、歪んだ顔。きっと俺も同じような顔をしているのだろう。それでも拘束無しに身体を寄せ合えるのだから、幸せだった。

「今度はもっと優しくしなさいよ。痛いのも怖いのも、もう御免なんだから。」
「…すまな、」
「馬鹿シュヴァーン。」

いいじゃないか、倫理や道徳なんてどうだって。俺たちは馬鹿で、そのくせ大人なんだから。



戦略的無垢

100519





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