・現パロ 湯気を立てるマグを両手に携え、肘でドアノブを押し下げようとする。と、向こう側から扉が開かれて拍子抜けした。 「ミルク無しの砂糖2個、で良かったわよね?」 「うん。ありがとう。」 こちらが通りやすいよう横に避けながら、ジュディスちゃんがにっこりと微笑む。見るとテレビの画面上でハリウッド俳優が口を開けたまま固まっていて、わざわざ一時停止してくれていたのだと分かった。別に良かったのに、と言うとまたにっこりと微笑まれて、一緒に観たかったんだ、と返される。彼のこういう恥ずかしい所は、少しだけ苦手だ。 彼に青いマグを手渡し、自分のピンクのマグをテーブルに置いて、再生ボタンを押した。俳優の口が動き出し、CGを駆使したアクションシーンが再開される。アクションはド派手なものの、話の展開が陳腐で正直ハズレだった、と考えながらブラックコーヒーを飲み込んだ。 ふと、横に居る彼を盗み見てみる。真っ白な肌と長い睫毛は女の子顔負けだが、上背があって骨格がしっかりしている為、男っぽい感じがする。手足がすらりとして長く、細身のジーンズにグレーのカットソー、といったラフな服装でも絵になってしまうのが憎たらしい。が、こんなリラックスした彼の姿を見られるのは自分だけなのだと思うと、それは何だか嬉しくもある。 「………そんなに見られると穴が空いてしまいそうなんだけど。」 「!」 ジュディスちゃんが視線をこちらに流して微笑む。どうやら退屈していたのは彼の方も同じだったらしい。 何だか急速に恥ずかしくなって、照れ隠しにコーヒーを啜った。するとジュディスちゃんも笑いながら同じようにコーヒーを飲んでみせる。 「ハズレだったわね、これ。」 「話題作だって騒がれてたのにね。」 窓硝子をぶち破り、主人公が間一髪の所で爆発から逃れる。恋人が死んだと思い泣き崩れるヒロインに、傷だらけの主人公はすぐさま駆け寄って、二人は熱い抱擁を交わす。 『よかった、無事だったのね』 『君を置いていくもんか』 『愛してるわ』 『ああ、愛してる』 陳腐過ぎてこっちが恥ずかしくなるようなラブシーン。アクション映画なのにやたらとラブシーンが多いのは何故なんだろうか、脚本家の趣味なんだろうか。 「レイヴン」 「?」 突然呼び掛けられて横を向くと、ジュディスちゃんがにこりと笑って自分の膝をとんとんと叩いてみせる。それの意味する所がよく分からず首を傾げると、突然手を引かれて抱き締められた。そして訳も分からぬまま前を向かされ、彼に背中を預けるような格好にさせられる。 「な、なにっ、」 「ちょっとやってみたくて。」 要するに、今俺はジュディスちゃんを座椅子代わりにしているのだ。彼の組んだ足の隙間にすっぽりと収まってしまうのは、俺が小さい所為か、彼が大きい所為か。きっと両方なのだろう、と後ろから抱き締められながら考えた。 「やっぱり小さい。」 「じゅ、ジュディスちゃんがでか過ぎんのよ…。」 「そう?」 「うん。」 画面の中では主人公とヒロインが熱烈なキスを交わしている。しかし後ろでまた爆煙が上がり、ぞろぞろ出て来た黒装束の敵に二人は囲まれてしまう。キスしてないで気付こうよ、とか敵もラブシーン見てんなよ、とか色々思う所はあったのだが、こんな体勢ではなかなかどうして話の展開が頭に入ってこない。すっかり映画に飽きてしまったらしいジュディスちゃんは、戯れにつむじにキスを落としてきたり、ぎゅうと抱き締めてきたりして俺を翻弄する。 「こ、こら。」 「だって、退屈でしょ?」 「そりゃまぁそう、だけど……わ、も、待て!ストップ!」 「構って欲しいんだけどな。」 「っ、」 意外と寂しがり屋なんだ、僕。 そう耳元で寂しげに囁かれて、背筋をぞくりと何かが駆け抜けていく。嫌な予感をたっぷり感じながらも振り向くと、悪戯っぽく微笑むジュディスちゃんとばっちり目が合った。情けないなぁと心の中で自嘲の溜息を吐きつつも、真紅の瞳がじいっと真っ直ぐに見つめて来るのにすぐに降参して、俺は自称寂しがり屋くんの白い首に腕を絡めた。 大人の休日 100924 |