フレンは激しく混乱していた。それはもう、呼吸も忘れてしまう程に。 (こ、これは、何だろう。) 目の前にあるのは、柔らかそうな女性の胸。その持ち主が横向きに寝そべっている為、ただでさえ大きいものがやや流れて谷間が強調され、より一層いやらしく見える。 これで昨晩巨乳の女性と少々楽しんだというのならまだいい(いや、よくはないけれど)。しかしそんな記憶が全く無いどころか、昨晩は久し振りの宿屋、しかも久し振りの二人部屋という絶好のチャンスにあやかって、愛しい恋人と朝方近くまで楽しんでいた、筈だ。そしてその恋人の性別が女性だったという記憶は無い。 「…んー…、」 「っ!!」 むにゃむにゃと隣で眠る女性が寝言を言うのに、大袈裟な程びっくりしてしまった。彼女が起きていないのを確認してから、まじまじとその顔を見つめてみる。茶色がかった癖のある黒髪に、褐色の肌。もし彼に双子の妹が居たとしたらこんな風なんだろうか、と混乱した頭はどうしても現実逃避をしたがる。 (あり得ない、あり得ない、けど。) どうにもこうにも決定打が足りない。そう思いながら視線を流すと、腕に隠れて僅かに光る、先程は混乱していて気付かなかった、左胸に刻まれた『彼』の証明が、そこに。『彼女』が紛れもない『彼』だったことに安堵すると同時に、眩暈を起こしそうになった。 「れ、レイヴン、さん…?」 恐る恐る呼び掛けてみるが、反応は無い。どうすべきかしばらく考えて、そのいつもより更に華奢になってしまった肩に、そっと触れてみた。 「れ、レイヴン、さん。」 「…んぅ…〜…?」 今度は優しく揺り起こしながら呼び掛けてみると、僅かに反応が返ってくる。しばらくそれを繰り返していると、閉じられていた瞼がゆっくりと開いていって、まだ覚醒に至っていない感じの無防備な瞳が現れた。その変わらない翡翠色に、ばくん、と心臓が跳ねる。 「ふれん、ちゃ…?」 彼女に舌足らずに名を呼ばれ、かーっと身体が熱くなるのが分かった。 しかしそんなこちらをよそに、まだ自身の変化に気付いていないらしい彼女は、目を閉じたり開いたりして夢と現実の境をひたすら彷徨っていた。意地なのか寝呆けたのか、のろのろと身を起こして座り込みはしたものの、やはりまだこっくりこっくりと舟を漕いでいる。むぅ、などとたまに呻くのが可愛らしい。が、彼女は昨夜の名残で一糸纏わぬ姿のままなので、こちらとしては目のやり場に困ってしまい、自分を叱咤して視線を反らした。すると視線の先に、床に散らばる昨夜の名残の数々を発見する。 「………!」 人間は混乱すると変なことをしでかすものであるらしい。 散乱する衣服の中から、『彼』が昨夜着ていた緑のものを、吸い込まれるように手に取る。そもそもこれは、自分の為に作られた衣服が彼のものとなったものだ。ややサイズの合っていない感じが可愛らしいのだと、せがんでせがんで嫌がる彼にやっと昨日着てもらったもの。 「ん、……」 それを今の小柄な『彼女』に着せてみたら、どうなるのだろう。 そんな変な好奇心がむくむくと沸き上がり、その存在感が顕著なものとなる。我慢出来ずに、未だ寝呆けている彼女にそれを着せてみる、と。 「あぅ…?」 ……か、かわいい。かわいすぎる。 ぶかっとしたサイズ感は勿論のこと、素肌にかっちりした服を羽織るというアンバランスさがまたいい。何となく自分のものだと印付けたような、奇妙な征服感さえ感じて、それがどうしようもなく心を昂ぶらせる。 どうしよう抱き締めたい。 好奇心が満足すると、今度は欲望がむくむくと膨らんでいく。しかし理性がギリギリの所でそれを止め、動くに動けないなんとも悲しい事態となってしまう。 「ふれんちゃん、さむいぃ…」 「!!!」 すると彼女の方から擦り寄られて、がちがちに固まった身体にむにゅりと胸が押し付けられる。柔らかいその感触と甘えた声色に、遂に理性の糸が、切れて。 「れっ、レイヴンさん…!!!」 「ふぁ、っん…?…んぅ、…」 ぎゅうと思い切り抱き締める。それでは飽き足らず、キスをする。触れるだけでは物足りなくて、深いキスをする。 新しく触れる度どんどん欲深くなっていってしまう。口を離し、豊かな胸を思い切り鷲掴みにすると、そのボリュームと柔らかさに驚かされた。もう止まらない、と喉をごくりと鳴らした、その時。 「…フレンちゃん、何してんの。」 ようやく覚醒した、はっきりした声でそう問われる。その話し声も完全に高く可愛らしい女性のものになっていることに驚くが、それどころではない。 彼女はまずゆっくりと下を向いて、自分の胸が鷲掴みにされているのを確認してから、またゆっくりと顔を上げた。 「………え、えへへ?」 「………あ、あはは?」 数秒後、宿屋中に彼女の悲鳴が響き渡った。 オオカミ紳士 100731 |