「なぁおっさん」 「んー?」 「溜まってねぇ?」 そこで俺が盛大に吹き出したのも無理はないと思う。げほげほとむせながら涙目で原因の人物を見やると、彼は初めて会った時と同じようなふてぶてしい風体で座っていた。違うのは距離くらいで、初めて会った時はベッドの端と端くらいだったのが、今ではぴったりと隣に座ってくるようになっている訳だが。 この天使の青年との奇妙な同居生活が始まってしばらく経つが、思いの外俺は彼に気に入られてしまったらしい。まぁこちらもこちらで、疲れて帰って来た時に既に夕飯の支度が調っていたりだとか、きちんと洗濯物が畳まれていたりだとか、そういうことにちょっとときめいてしまったりもするのだけれど。 「な、なに言っちゃってんの。」 彼はあくまで同居人(まぁ多少特殊だが)だ。それ以上でもそれ以下でもない、筈だ。断言出来ないのは、少なからず情が移っていることやある種の好意が存在することを否定出来ないからで。 そうやって色々考えて一人唸っていると、無駄に格好良くて綺麗な顔が近付いてきて、自然と頬に熱が集まっていく。 「なんか最近、あんた見てるとムラムラするんだよな。」 「……は?」 そういえば以前二人で酒盛りをしていた際に、何かの拍子から猥談の流れになって、その時青年は天使も性交については人間と何ら変わりないなんて言っていたっけ。……なんて呑気に思い出してる場合ではなく!今何つった、こいつ! 「今もなんか、あんた無防備だし。」 「ちょ、せ、せーねん??」 迫ってくる青年に気圧されて後退りしている内に、いつの間にか押し倒されているような格好になってしまった。見上げた先に在る紫紺の瞳がぞくりとするほど艶っぽくて、これはまずいという思いが身体中を駆け巡っていく。が、喉が引きつって思うように言葉が出てこない。 「なぁ」 「は、はい?」 「俺、あんたのこと好きみたいだわ」 さらりと揺れた黒髪が、頬を撫でた。 そのままたっぷり十数秒くらい経った後に俺は自分が呼吸を止めていたことに気が付いて、慌てて息を吸い込んだら喉がひゅうっと変な音を立てた。おかしいくらい自分が混乱していることが分かった。しかしいまいち現実感が無い世界の中で、やけに真摯な紫の眼差しだけが俺を捉えたまま放そうとしない。いつも飄々としている癖に、こんな時ばっかりそんなの、卑怯だ。 「なぁ」 あぁやばい、何だか泣けてきた。 じわりと込み上げるものが抑えられなくて、視界が滲んだ。すると青年は大きな瞳を更に見開いて驚いた顔をして、それから何だか焦り出してしまった。 「ちょ、おい、おっさん、」 「ぅ、えっ、ふぇ、」 「ちょっ、いい歳して泣くなって!」 「ばかああぁぁぁ!せっ、せいね、の、ばかぁ、」 本当、いい歳して子供みたいに泣きじゃくって格好悪いことこの上ない。けれど青年のちょっと哀しそうな顔を見ていたら更に涙が溢れてきて、止まらないもんは止まらないんだから仕方がなかった。 「あーはいはい、悪かったって。困らせてごめん。」 壊れ物に触れるように優しく、青年に抱き寄せられた。ずっと思っていたけれど、彼の触り方は普段からとても優しい。天使とは皆そうなのだろうかと考えて、そうでなければいいと思った。それが自分だけであればいいとまで、俺は。 もう答えは目の前にあったのだ。 「ちがっ、の。」 「?」 「っゆ、ゆーり、だいすきぃ…!」 顔を真っ赤にしながら必死にそう言うと、今度は青年が真っ赤になる番だった。 ロマンチック 100626 |