天才の考えることが所詮凡人である自分に分かる筈がない、とユーリは思う。 が、しかし。 「おっさん」 「ん?」 「ちょっとこっち。」 「なーにー?」 むぎゅうっ。 まさにそんな擬音がしそうな感じでレイヴンに抱き付いている、その彼が本当に魔導器界にこの人在りと言われる天才少年なのかと、正直疑問に思わずにはいられない。なんだ、なんなんだ一体。 「どしたのリタっちー?」 「別に」 「よしよし、甘えん坊さんだねぇリタっちはー」 「おっさんうざい。」 「ひどっ!?」 ほのぼのとしたそのやりとりには、本来癒されるべきなのだろう。しかし天才少年が故意になのか偶然なのか(確かに彼の成長期が遅れている所為か二人の身長は同じくらいだが)レイヴンの豊満な胸に顔を埋めていたり、時折挑発的な眼差しをこちらに向けてきたりしている限り、ユーリの心の中は癒しなどという精神状態とは程遠かった。 しかもレイヴンはレイヴンで満更でもない様子なのが更に気に食わない。そりゃあ普段つんけんした少年が素直に甘えてきているのだ、ほわほわした気分になるのだろうが、彼女にはあの邪気が見えないのだろうか?……まぁ見えない、のだろう。勘も良く聡いのにこういったことには殊更鈍いのがレイヴンである。 無性に腹が立つ。この感情を知らないと言ってしまえる程、生憎子供ではなかった。これは、そう、あれだ。 「嫉妬とか馬鹿っぽい。」 中性的なリタの声が響く。その言葉の意味を理解すると同時に、ぶちっと脳内で何かが弾ける音がした。 そこから先は一瞬。まったりと抱き合う二人の方にずかずかと近寄り、リタからレイヴンを引き剥がして、彼女の腰を抱いた。リタがひとつ舌打ちをしてからこちらを睨み付けてくるのに、こちらも負けじと睨み返す。レイヴンだけがいきなりのことに何がなんだか分かっていない様子で、ふぇ?などと間抜けな声を上げて首を傾げた。 「なーにー青年まで。どしたの?」 「いやー俺もたまにはおっさんに甘えてやろうかと。」 「あんた21にもなって空気読むことも知らないの?」 「生憎学が無いもんでな。」 「なになに、なんなの一体。」 一触即発といった雰囲気に、レイヴンが更に首を傾げる。その姿が幼くて可愛くて思わず抱き締めると、レイヴンは一瞬目を丸くしてから嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に弱いんだ、畜生。 「せーねんも今日は甘えん坊さんねー。よしよし。」 髪を撫でてくる手が心地好くて、ふにふに柔らかくていい匂いがして、腕の中にすっぽり収まるサイズ感がまたいい。しかしそうやってほわほわ癒されていたのも束の間、今度はリタがこちらからレイヴンを引き剥がし、彼女を自分のものと主張するように抱き締めた。負けていられない、とこちらも再度リタからレイヴンを引き剥がし抱き締める。それを何回か繰り返したところで、レイヴンが眉を寄せて口を開いた。 「二人とも今日は甘えん坊の日なのはいいけど、仲良くしなさい!特別にクレープ作ったげるから。」 ね、と微笑むレイヴンに、彼女限定で滅法弱い自分たちが文句を言える筈もない。鈍い彼女のことだ、険悪なムードの根本的な原因が何なのか、全く気が付いていないのだろう。そんな所が可愛いと思ってはいるのだが、それにしたって鈍いにも程がある。でも可愛いと感じてしまうのだから末期だ。 「二人ともリクエストは?今日はおっさん張り切っちゃうよ!」 「…………チョコバナナ。」 「…………アップルシナモン。」 「りょーかい。」 それじゃ待っててね!とレイヴンがぱたぱたと駆けていく。嬉しげなその後ろ姿を見ながら溜息を吐くと、同時に隣の天才少年も溜息を吐いて、顔を見合わせてどちらともなく笑った。 デルタ 100602 |