そんな世界なら私はいらない

冷たい首輪の感触。肩に感じるデイパックの重み。真っ暗闇の視界。時折聞こえる銃声。行く先々に倒れているクラスメイトの死体。死体の周囲を漂う吐き気を誘う血生臭い香り。死体の周囲に散らばる臓物。右手にある鉄の塊の存在感。もう、全てに慣れてしまっていた。焦りも、吐き気も、悲しみも、同情も、苛立ちも、何も感じなくなっていた。何が正しいのか、何が間違っているのか。ありとあらゆる感覚が、麻痺して、正常な判断が出来なくなっている。

いや、間違っているとか、そんなものじゃない。そんなレベルの話じゃない。この国は、もはや狂っている。少なくとも私はそう感じているし、大半の民衆はそうなんじゃないかと思っているけども。



「…あと、何人残っているのかな」



その何気ない呟きにすら、私は何も感じなくなっていた。そりゃあ、3日間あるプログラムのすでに2日目が終わろうとしているのだから、嫌でも慣れてしまうだろう。薄情な奴だと。最低な奴だと。罵られても軽蔑されても何も言い返せないね。あぁ、でも、信史には、罵られたくないなぁ。例えこんなクソみたいな状況でも、信史に軽蔑されたら、立ち直る自信はないから。と、私はそんな事を思った。





ーー目の前に、三村信史がいるのを実感しながら。





「…名前、良かった。無事だったんだな」



信史は震える声で、そう言った。いつもは少し上がった眉も、今は下がっている。目尻には、涙が見えた。あぁ、私は幸せ者だな。信史に心配されて、無事だった事を安心されて。それだけで十分だよ。これ以上の幸せはない。それ以上は、何も望まない。最後に出会えたのが信史で良かった。本当に。



「…うん、無事だよ。無事に、こうやって信史に会えた。だから、信史ーー」



そこまで言って、私は鉄の塊ーー即ち、デイパックの中に入っていた武器である拳銃を持っている右手を、自身の頭の横に構えた。もちろん、弾倉は装填しているため、引き金を引けばその銃弾は私の頭を容易に貫くだろう。信史はただ私を見て、目を見開いていた。その目には、僅かな焦りが見えた。そんな信史を真っ直ぐに見据えながら、私は、信史にさらなる追い打ちをかけた。




「ーー私の最期を、看取って?」




出来るだけ、優しい声音で言った。言ったつもりだった。実際信史にどういう風に聞こえたかは分からないけど。目の前の信史は、さらに焦りを見せながら私を見ていた。



「やめろ、名前。なんでそんな、やめてくれよ」

「なんで?そんなの、決まってるよ」



もうプログラムも、明日になれば優勝者が決まるだろう。24時間経っても死亡者が出ないか時間切れにならない限り、たった一人の優勝者が決まる。仮に私が生き残って優勝者になったとして、それに何の意味がある?生活が保障されたって。クソな政府からの直筆サインを貰ったって。私だけが生き残ったって。そこには何もない。何も残らない。仲の良いクラスメイトも。大切で大好きな信史も。何も、ない。何も、残らない。何の意味も、ない。



「私が生き残っても、大切な信史がいない。そんなの、私は耐えられない。信史に殺されるなら全然構わないけど、信史を私なんかのせいで人殺しにしたくない。だから、大好きな信史に見られながら、死にたいんだ」

「馬鹿野郎!そんなの、俺が許さない!やめろ、名前!!」

「あぁ、人が死ぬ瞬間なんか見たくないよね。気持ち悪いよね。でも、」

「やめてくれ!死なないでくれ、名前!!」



構わず続けていたら、信史は声を荒げた。信史は泣いていた。信史の泣き顔なんて、これまでの日々の中で一度も見たことなかった。珍しい信史の一面が最期に見れたな。本当に私は幸せ者だなぁ。



「最期に会えたのが信史で良かった。私の死を看取ってもらえるのが信史で良かった。私は今、すごく幸せだよ、信史」

「……名前」

「きみは何とも思わないだろうけど、私は信史が好きだよ。誰よりも、信史が大好き。今までもこれからも、大好き。だから、大好きな信史に心配されてすごく嬉しい。ありがとう信史」

「待て名前!俺もお前がーー!」



信史の焦りながらの言葉を遮って、私は最後まで言葉を紡ぐ。



「きみがいない未来なんて、私には何の意味もない。信史がいない未来なんて、私は、耐えられないから。だからーー」





ーーどうか、信史は生き残って。





引き金を引くと同時に、銃声が一つ。一瞬の痛みが側頭部から全身に伝わる。ブレる視界の向こうに映る愛しい人に想いを巡らせ、私は意識を手放した。




愛しいきみのいない未来で生きていくなんて。




(少女の亡骸を優しく抱き)
(「俺も、名前が大好きだ」と呟きながら)
(彼は少女の唇に口付けを落とした)




title by 秋桜





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