世界はもうすぐとろけだす

※ピカチュウ視点




シロガネ山の奥深く、そこにぼくと仲間とぼく達のマスターは長い間篭っている。シロガネ山の最奥部はここに来るまでの道とは違って、フラッシュもいらないほどの光が照らされた小さな部屋になっている。ぼくのマスターは、もう3年くらいここに篭ってぼくや他の手持ちの仲間達の修業を続けている。マスターの名前はレッド。一度「ちゃんぴおん」という名を貰って、でもすぐに辞めてこのシロガネ山に篭った。シロガネ山のポケモン達は強い。でもぼく達はもっと強い。だって、マスターが育ててくれたから。だから「ぐりーん」っていうマスターの友達(というと、その「ぐりーん」という人は否定しそうだけど)には一度も負けた事はない。すごいでしょ!

マスターはこの空間で修業以外は何をするでもなく(山頂は雪が降り続いているし、洞窟から外に出てもまたここに戻るのは面倒だろう)、ただ無言で篭もり続けてる。そして、滅多に来る事のない屈強な(レベルの高いポケモンばかりのシロガネ山のさらに最奥部まで来るんだから、あながち間違いじゃないはず)トレーナーが来た時、マスターの瞳は一瞬輝きを見せるんだ。そのトレーナーと、マスターは必ずバトルをするから。でも、それも一瞬。すぐにマスターの勝利で幕を閉じて、いつものように物足りなさげな溜め息を一つ小さく吐いて、また修業に戻るの。マスターはずっと待ち続けているんだ。自分を負かしてくれる人を。自分を超えてくれる存在を。その「自分より強い人」が現れるまで、マスターは死ぬまでここにいるかもしれない。

けど、最近はそう思わないんだ。一度マスターに負けて帰って行ったけど、また(確か2日後くらい)再挑戦しに来たトレーナーがいる。その子は女の子で、何度も何度もマスターにバトルを挑んでは負けている。でも、今までと違うのは彼女がとっても強いという事。それこそ、マスターに一度負けて諦めてしまうトレーナーよりもよっぽど強い。バトルはそれなりに接戦して、でもいつもマスターの勝ち。ここは変わらない。でもマスターはとっても楽しそう。無表情なマスターの顔が、たまに笑ってるの。



「レッドさんこんにちは!バトルしましょう!」



ほら、今日もそのトレーナーーー苗字ちゃんがやって来た。苗字ちゃんはここに来るとマスターに挨拶してバトルを申し込んで、ボールからいつも出ているピカチュウであるぼくにはギューって抱き締めて挨拶してくれる。ぼく、苗字ちゃんの抱っこが大好き。だってね、なんか暖かいの。マスターとは少し違う感じ。ボールに入ってる仲間達も羨ましがるように中からボールをカタカタ揺らしてる。羨ましいでしょ。えっへん。

でも、あんまり長い時間そうしてるとマスターは不機嫌になっちゃう。理由はなんとなく分かる。



「…苗字、僕とバトルしに来たんでしょ」

「あ、はい。そうです!」

「…じゃあ、早くしようよ」



「ほら、早く準備するよピカチュウ」と、マスターがぼくを抱き上げる。苗字ちゃんの方に振り返ると、ぼくを見て小さく手を振っていた。だからぼくも「ぴっかー!」と鳴きながら手を振った。それをマスターがチラッと見ていたのは、ぼくしか知らない。



でも結果は、マスターの勝ち。いつもと変わらない結果。いつものマスターなら、同じ相手に何度もバトルを申し込まれて結果が変わらないなら、もう飽きていてもおかしくないと思う。でもマスターは何も言わない。物足りなさげな溜め息を吐く事も少なくなった。理由は分かってる。苗字ちゃんがマスターとバトルをしていく度に、強くなってるから。今日は、マスターの残りの仲間がぼくとカビゴンの2匹になるまでに追い込んだ。彼女は、強い人だ。



「…まだまだ、弱いね」



けど、マスターはそう言わない。思ってても言わない。でもぼくは知ってる。マスターが苗字ちゃんに負けてしまうかもしれない事を、ぼくや仲間達に独り言のように呟いているのを。だからマスターは、あえてこう言う事で彼女の闘争心みたいなものをわざと燃やしているんじゃないかなって思う。だって、苗字ちゃんはーー。



「ーー次は絶対、貴方に勝ちます」



とっても、負けず嫌いだから。もし苗字ちゃんがマスターに勝ったら、篭もりっぱなしのマスターを外に連れ出したりするのかな?マスターと一緒に、また外を冒険したいなぁ。違う事は、彼女も一緒だという事。2人が、もっともっと仲良くなれば良いのになぁ。




(マスターと彼女の世界が)




title by 箱庭





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -