そう言って、彼女は微笑んだ

長年付き合ってきた苗字と、ついに結婚する事になった。苗字は嫉妬心が強い子で、他の女の子と話をするだけですぐに不機嫌になるんだ。でも、本人は浮気をまったくしないし、ぼくだけを愛してるって何度も言ってくれた。だからぼくは、彼女と結婚することに決めたんだ。ノボリもカミツレちゃんもクラウド達も、みんな祝福してくれた。

挙式を終えて、一戸建てを買って二人の新婚生活が始まった。苗字は毎朝ぼくを玄関から見送って、夜は必ず料理を作って待っていてくれる。ぼくは本当に幸せだった。

それから数年して、彼女の体に初めて小さな生命が宿った。妊娠したんだ。お医者さんに診断しつもらうと、女の子だった。ぼくは初めてのことで、子供みたいに大喜びした。苗字も笑顔で自分のお腹をなでて喜んでいた。やがてお腹もぽっこり出てくるようになって、ぼくは彼女の腹に耳を当てて、もうすぐ生まれてくる我が子の様子が気になって仕方がなくなるようになった。朝起きた時、夜帰った時、ぼくは毎日のように、彼女のお腹から我が子を可愛がっていた。


ある日、病院からギアステーションにある執務室に一通の電話が鳴った。彼女のお腹の中に宿った小さな小さな生命が、流産という形で亡くなってしまったという知らせだった。「クダリくん…私、赤ちゃんが出来たの」そう言って嬉しそうに無邪気に笑っていた彼女の顔が、ぼくの頭の中に延々と映し出される。あの時の、お腹を愛おしそうに撫でながら笑う彼女は、本当に嬉しそうだった。ノボリとその場にいた鉄道員達に事情を説明して、ぼくは急いでギアステーションを飛び出した。彼女が処置を受けるために運び込まれたライモン中央病院まで、そう遠くない。とにかくひたすら走った。数分で病院の正面ゲートをくぐり、ナースステーションへ駆け寄った。



「クダリ様ですね、お待ちしておりました!こちらです!」



ナースさんに連れられて、ぼくは彼女が安静にしている病室に案内された。白いベッドに上半身を少し起こした状態で座っていた。彼女はぼくの方を見ると、安心したように微笑んだ。



「クダリさん、ごめんなさい。仕事中なのに…」

「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?こんな時に…!!」



ぼくが怒ってそう言うと、彼女は困ったように苦笑いして、顔を俯かせて黙ってしまった。俯いた彼女の視線の先には、つい何時間か前に生命を宿していたお腹に向いている。そんな彼女の姿に、今度はぼくが黙り込む番だった。



「…クダリさんとの子、ダメになっちゃった…」

「…身体は大丈夫なの?」



彼女の悲しそうな声音と痛々しいほどにやつれた顔に、ぼくはどうしても耐えられず話を逸らした。そうしないと、気がおかしくなってしまいそうだった。ぼくは、彼女にそんな顔をしてほしい訳じゃないのに。



「うん、大丈夫。赤ちゃんもまだ産めるって」

「そっか…ねぇ。また元気な赤ちゃん産もうよ。きみが子どもを産めない身体になっても、ぼくはずっとキミを愛してるから」



そんなありきたりな言葉しか浮かばなかったけど、それがぼくの正直な気持ちだった。ぼくは彼女の事を、赤ちゃんが産めないからって捨てたり別れたりしようなんてこれっぽっちも考えていない。だって、ぼくは彼女を愛してるから。



「クダリくん…ありがとう」



顔を上げて笑う彼女を見て、ぼくはホッとして息を吐いた。そして、彼女は口を開いた。




「私、また子供つくるよ。死んじゃったあの子の分も生きられるような、元気な男の子を」





(また女の子だったら、その時は)





元ネタ:意味が分かると怖い話






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