主従を超えた感情を

俺は、自分の仕えるべき主に持ってはいけない感情を持ってしまった。生前の事もあり、次に生を与えられたその時は恋慕よりも忠義を貫こうと考えていた……筈なのに。

俺は、主に恋慕を抱いてしまったのだ。






「……ディル、何を考えている?思い詰めたような顔をしていたが」

「……いえ、主が心配する事は何もありません」

「……そうかい?何かあったら言いなよ?出来る限り力になる」



俺はそんなに思い詰めた表情(かお)をしていたのだろうか。我が主ーー苗字名前様は、俺の顔を心配そうに覗き込む。そんな仕草や表情ですら、俺の胸の鼓動は浅ましく過敏に反応する。名前様との距離が近い。胸の鼓動が聞こえてしまわないだろうか。顔をだらしなく緩ませていないだろうか。名前様に、格好悪い部分は見せたくない。俺は、主を守り聖杯を献上するために仕える騎士なのだから。

やがて名前様は納得したのか、俺の傍から離れて窓の外を眺めはじめた。憂い顔(本人は無表情の一点張りだが)で窓の外を眺める名前様の姿はさながら一枚の絵画のようで、思わず見惚れてしまう程に儚く美しい。そんな見た目からは想像し難い口調だったりするが、それもまた凛々しく様になっているのが我が主だ。



「あぁ、そうだディル。実は知り合いから和菓子を貰ったんだ。一緒に食べないか?」



俺が暫く見惚れていると、名前様はそう言いながら窓から顔を離し、俺の方へと振り返る。あまりに突然の事だったので俺は「は?」などと聞き返してしまった。何という口の利き方を……死んでしまいたい……!!



「いえ、主と同じ机に並ぶなど……」

「また、そんなくだらない事を考えて……なら主命令だ。一緒に食べようディル」

「なっ……!?」



「主命令」と言って、人差し指を口元に持っていきながら悪戯っ子のような顔を浮かべる名前様に、俺は柄にもなく言葉を詰まらせ狼狽えてしまう。我が主は、どうやら自分の感情をストレート且つ素直に言葉に出す性格らしく、さらには自分の欲求は納得するまで満たしたいという、少々厄介なお方だ。

あぁ、だから。





「私は、ディルと一緒に食べたいんだ」





その嘘偽りのない本心を、貴女が普段見せない笑顔で言ってのけるから。





「……どうしてもダメかい?ディル」





俺は貴女への恋慕を諦めきれないのです。





(いっそ全て打ち明ければ)
(貴女は俺を受け入れてくれますか)
(忠誠心から恋慕へ、羽化するように)






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