愛されていいのかなんて、愚問

漆黒の夜の海に浮かぶ一隻の海賊団、『モビー・ディック号』。船の中はまるで無人のように静かであり、不寝番以外は皆夢の中である。そんな船の甲板に、二人の男女が寄り添っている。



「……エース。寝ないの?」

「…………」



女がエースと呼んだ男に話しかけるが、エースと呼ばれた男は一向に喋る気配がない。身動き一つさえしない。女ー名前は隣の男を見やり、小さく溜め息を吐きながら、目の前に広がる漆黒の海を眺めた。夜の海は不気味だ。今夜は海も荒れておらず穏やかで、それが逆におぞましい何かを思わせる。まるで一面に闇が広がってしまったかのようだ。しかし、名前はそんな海が嫌いじゃなかった。それどころか、そんな海を眺めていると心が次第に落ち着いていくのを感じた。



「……エース、どうしたの?」

「……名前」



再び名前がエースに話しかけると、それまで一向に口を開かず身動き一つしなかったエースが、ポツリと吐いた。



「俺は、生まれてきて良かったのか?」



静寂の中に、エースの声がやけに頭に響いた。普段のエースからは考えられない程の、弱々しく小さな声。そこに明るい雰囲気はなく、顔も俯かせている。しかし顔が見なくても、その顔を悲しそうに、泣きそうに歪めている事は、手に取るように分かる。エースがこんな状態になるのは今回が初めてではない。こんな状態になる度に私に甘えてきた事は度々あった。でも、こんな質問をされた事はまだない。しかし、原因は明白だった。

彼のーエースの、父親だ。



「……どうして、そんな事を聞くの?」

「……俺は【鬼の子】で、俺は、生まれちゃいけない存在だから」



エースの父親は、かの有名な海賊王ゴール・D・ロジャー。その世界的な悪名や大海賊時代の幕開けの張本人として、死後も世界中の人々から憎まれ、畏敬と畏怖の念を抱かれている存在。そのロジャーの息子であるエースは、小さい頃から父親の悪名や【鬼の子】である事から自分の存在意義について悩み続け、今でもそれを心に引き摺っている。



「……愚問だよ、エース。そんなの聞くまでもないじゃない」

「……名前」

「エースが生まれてこなかったら、私はエースに会えなかったよ?」



名前はそう言いながら、エースの癖のある黒髪ごとクシャッと頭を撫でた。



「……俺は、愛されても、良かったのか?」

「それこそ愚問だよ、エース。エースを愛する事ができて、私は今幸せだよ」



エースの頭を撫でながら、名前は優しくエースの体を抱き締めた。エースは驚いて固くなりながら目を見開いて、それでもゆっくりとした動きで苗字を抱き締め返した。



「エースは今、幸せ?」

「……当たり前だろ。名前を愛する事ができて、俺は世界一の幸せ者だ」

「ふふっ、嬉しい。嬉し過ぎて涙が出そう」

「……ありがとな、名前」

「ううん……エース」

「ん?」








「生まれてきてくれて、ありがとう」








(不安なら、その分私が沢山愛するから)
(名前、ずっと傍にいてくれ)
(二人の想いは、いずれ大きな愛になる)






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