第四話「狩人狩り」


「オーケイ。とりあえず、事務所まで戻ってくるよーに」

と言うとスティーブンはスマートフォンの通話を切った。
電話の相手は、レオナルド。
密輸がおこなわれている倉庫の制圧に成功した一報を、上司であるスティーブンに報告してきたのだ。
ソファに座りながらスマートフォンとパソコンを器用に扱いながらスティーブンは口角をあげる。

「クラウス。オールクリアだそうだ。」
「ああ」

スティーブンの報告を書類に目を通しながらクラウスは、仲間の無事に胸をなでおろしながら静かに答える。
これがライブラもといクラウスの日常。
常にどんな仲間の存在にも気を使い、もしものことがあれば、どんな手段を使っても助け出す、救い出す。
一端の秘密裏組織のボスとしてこの気遣いが相応しいかは分からないが、クラウス・V・ラインヘルツという男はそういう男だった。
しかし、その平穏なる日常は、このヘルサレムズ・ロットにおいてはすぐに壊されてしまう。
ライブラの出入り口は構成員しか知らないし、入ることはできない。
昨日、アスカがその入り口を突破したのはギルベルトの力添えがあったからで、ほとんどの者はたとえ牙狩りであれど、入室はできない。
しかし、それは突然やってきた。

「やあ、突然の訪問をお許しいただきたい」

トレンチコートに身を包んだ男が突然、事務所に入室してきた。
あまりにも突然のことでスティーブンは目を丸くして、ソファから腰を浮かすことしかできなかった。
トレンチコートの男は、静かに椅子に座るクラウスと対峙した。

「はじめまして。クラウス・V・ラインヘルツ。少し、貴方にお話を伺いたくて馳せ参じました。」
「どちら様でしょうか。」

緊迫した張り詰めた空気が辺りに広がる。
ライブラ最強とその副官を前にしてもそのトレンチコートの男は怯える素振りは見せなかった。

「ええ。ええ。失礼。自己紹介がまだでした。私の名前はフェリオル・ヘムハッドと申します」

と言うと男は律儀にクラウスに名刺を差し出した。
その名刺にクラウスは自身の目を疑った。

「狩人狩り」
「ええ。ええ。私は牙狩り本部から参りました」

狩人狩り。
牙狩り本部に所属するといわれるごく一部の牙狩りにしか知られていない小数精鋭部隊。
名前は教えとして聞いたことがあるが、クラウス自身も存在を確認したことは今まで一度もなかった。
スティーブンに目を配らせるとやはり彼も驚いているように見える。

「実は、私たちはある女を追っておりまして、数日前にこのヘルサレムズ・ロットにその女が入国したという情報を得ました。」

フェリオルと名乗る男は目を細めつつ薄ら笑いを浮かべ、続ける。

「その女がどうやら、このライブラへ面会を果たしたそうですが、本当かどうか、貴方の口をもって確認したく思いました」

狩人狩りと対敵したのならば、即座に逃げろ。
奴らの標的は化物でも血界の眷属でもない。
奴らの標的は牙狩りだ。
そんな言い伝え紛いの言葉をクラウスは。自身の父親や兄弟たちから夢物語のように聞かされてきた。

「昨日、ここへアスカが来ただろう。口を割れ、ラインヘルツ。」

上から見下ろすようにフェリオルは言い放つ。
狩人狩りの本分は牙狩りを狩ることにある。
スティーブンは静かにフェリオルの後ろに佇んだ。
フェリオルの正面にクラウス、後ろにスティーブン。
いつ戦闘になってもおかしくない状況だった

「私どもの所属部署は、貴方たちのような本職(牙狩り)に忌み嫌われておりまして、どうも価値観や理解を共有共感することが難しい。しかし、私たちも他の牙狩り同様に世界を守っているのですよ」
「どういう意味ですか」

クラウスの翡翠色の瞳が真っ直ぐフェリオルに向かう。

「深淵に落ちた牙狩りは必ず世界に悪をなす。それを狩るのが我等の使命。」
「――アスカはここへは来ていません」

クラウスはフェリオルの言葉を跳ね返す。
その言葉にフェリオルは大きく溜息をついた。

「ラインヘルツ。君は今、何を言っているか分かっているのかい」
「ええ。分かっています。」

フェリオルは後ろのスティーブンを見つめる。
彼もクラウスと同じ視線を秘めていた。
ライブラはアスカと面会していないと言う。
フェリオルは天井を仰ぎ見ると、肩を落とした。

「残念だ。実に残念だ。もっと君たちライブラと解り合えるものだと思っていた。」

鋭い眼光は狼を連想させる。

「今、ここで嘘をついたこと、後悔することになるぞ。クラウス・V・ラインヘルツ。」

と言い残すとフェリオル・ヘムハッドは姿を消す。
彼が立っていた足元には紙切れ一枚。
紙切れには魔法円が描かれている。
彼はもともともこの場所には居なかった。
術で姿を投影しているだけだ。

「クラウス」

狩人狩りがアスカを追っている。
それだけで今、彼女が置かれている状況が明瞭化された。

「素直になれ、クラウス。アスカを探すべきだ」

さもないと、本当にアスカを失うことになる。
握った拳を振るクラウスにスティーブンは言うのだった。


***


日が暮れ、夜になる。
ヘルサレムズ・ロットの夜はとても深い。
それは霧のせいなのか、狂乱に満ちた街のせいなのか。
アスカはアタッシュケースを持ちながら裏路地を歩いていた。
左手に杖をつく。
武器を買い付けにいくつもりが、戦闘に巻き込まれ、ライブラに属する少年らに出会った。
とても愉快な少年たちでアスカはとても嬉しくなった。
クラウスの姿が脳裏を過ぎる。
5年間も合っていないと人も変わるもので、アスカが想像していた初々しいクラウスはどこにも居なく、責任を背負った大人に彼はなっていた。
杖を突く。
体が鉛のように重い。
昼間の戦闘のせいかもしれないし、理由は別にあるのかもしれない。
何かが地面を伝う音。
アスカはアタッシュケースを放り投げ、その音に向かう。
つつつと地面をかけるようにそれは一直線にアスカに向かい、喉を狙う。

「―――っ!」

鋭利な刃物を持った影がアスカの喉を狙う。
アスカはその攻撃を杖でいなすと杖はぐにゃりと変形したレイピアに変わり、瞬きする間もなくレイピアで影の左胸を貫いた。
簡単に心臓を貫かれた影は姿を消し、レイピアには一枚の紙が突き刺さっただけ。
魔法円。
影の正体は使い魔。

「もう、足がついたか。」

使い魔を送り込んだ人間が誰だかアスカはよく知っていた。
そして舌打ちをつく。
もう時間がない。
狩人狩りに見つかる前に、準備を終えなければならない。
アスカは左足を引きずりながらアタッシュケースを持ち上げると再び、杖をつく。
体が重たい。
巻煙草に火をつけて静かにアスカは暗がりに向かって歩き出した。








to be continued...




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