初めてアスカと出会ったのはまだクラウスが執事たちに手を引かれて歩いていた頃のこと。
クラウスのアスカへの第一印象は「とても眩しい子」だった。
内向的であったクラウスと正反対のその少女は、金色の大きな瞳をきらきらとさせ、大きな口に笑みを作っていた。
子どもであっても大人であっても臆せず平等に向ける笑顔はまるで太陽のようで、当時のクラウスにはアスカがとても、きらきらと輝いて見えた。
小さなレディは、ピンクのレースをあしらった白いワンピースの裾を持ち上げると、会釈する。

「ごきげんよう。クラウス。」

この出会いがこれから20年以上も続く長い関係となるとは、誰が想像できただろうか。
アスカはルーマニアという吸血鬼の国で、先祖代々から伝わる牙狩りの家系の令嬢だった。


第三話「造血式血戦武器」


半裸の女に押し倒されながらアスカは、ぼうっと巻煙草の煙を吸い、その女に向けてすうっと煙を吐き捨てた。

「重たいのだが?」

煙にあてられた女は思わず、げほげほと苦しそうにむせかえる。
ここがまだニューヨークだった頃、スラム街だったこの町はヘルサレムズ・ロットになっても残念ながらスラム街で、異界人、人間が入り乱れるスラム街に、娼館は建っていた。
すぐに倒壊してしまいそうな掘っ立て小屋の娼館でも客の入りはすこぶる良く、たくさんの女たちが汗水垂らして男どもの相手をしていた。

「いやん、だって、こんな男前の女、はじめてなんだもの。よく見たいじゃない?」

とアスカに上にのりながら緑の髪をした女は言った。
よく見る=脱がすという理論のこの女は、同性でありながらも巻煙草を吸うアスカの洋服を脱がそうと手を伸ばす。

「おいおい、どうにかしてくれよ!ロビン!」

巻煙草を加えながらアスカは奥にいる年輩の女性に声をかけた。

「わたしは、用心棒は任されているけれど、女の相手まではまかされてないぞ!」

アスカの怒鳴り声にロビンは、わざとらしく、ため息をつくとアスカから女をひっぺ返した。

「エミール、この女は処女だからあまり困らせてやるな」

ロビンと呼ばれた緩やかなウェーブがかかった長髪の女は、この娼館の経営者で、エミールと呼ばれた緑髪の女はロビンが経営する娼館の娼婦だった。
アスカがロビンの伝でこの娼館にやってきたのだが、数時間前。
大昔にまじない師をしていたロビンは、アスカのことをよく知っていて、娼館の用心棒になる代わりに住む場所をくれる契約を交わしてくれた。
いく場所もないアスカにとっては、丁度いい仕事であり、断る理由もなく転がり込むことになった。
しかし、アスカの運もここで尽きた。
先ほどから娼婦に物珍しそうに弄り回されている。

「アンタ、処女なの!?もっと見たい!」

とロビンの言葉を聞いてエミールは目をきらきらとさせ、アスカに抱きつこうとするが、アスカは身を翻してソファから飛び退き、苛立ちながら巻煙草を加え、重そうなアタッシュケースを抱えると裏口に繋がるドアに手をかけた。

「あら?どこかに行くの?」
「これから商談。」

眉間に皺を寄せ、重たいアタッシュケースを抱えながらアスカは、機嫌が悪そうにドアをばたんっと閉めた。

「ああ見えて照れているのよ。あの子、初心だから」

とロビンは、くすくすと笑いながらエミールの胸元に唇を落とした。


***


「おい、陰毛頭。おめぇ一人で行ってこいよ」
「絶対嫌です。」

ザップとレオナルドはライブラの任務として、港の倉庫街に居た。
崩落前のニューヨークで、貿易港として栄えていた港もヘルサレムズ・ロットになった今では対外貿易はおこなわれているものの、ほとんどが非合法な密輸ばかりとなっていた。
彼ら二人がいる倉庫もそれにならって、異界レベル級の武器を外界に輸出するための密輸がおこなわれているらしく、それを潰すためにライブラよりザップとレオナルドが任務に就いていた。
ライブラ副官のスティーブン曰く、この武器倉庫および密輸入者を潰さなければ、人類は第三次世界大戦を向かえ、死の七日間を向かえることになるだろう。そうさ、滅ぶ!!!、ということらしい。
そうやってスティーブンに囃し立てられて二人は、今日の任務で六連勤を迎える。
疲れきった体に戦闘はつらく、できれば大事は控えたい。
しかし、彼らの目の前に「大事」が起きようとしていた。

「あの人ってクラウスさんの知り合いっていう人ですよね」

二人が忍び込んだ倉庫には、先客が居た。
それは、ライブラのボスであるクラウスの旧友と思われる女。
アスカだ。
アスカは応接用のソファにどかりと座り頬杖をついて、頭に拳銃を突きつけられていた。
頭だけではなく、異界人に取り囲まれて銃を突きつけられている。

「ザップさん、助けに行ったほうがいいんじゃないですか」
「ええ!見捨ててもいいんじゃねえの?」

その光景は緊迫感があり、誰かが少しでも動き出せば、乱戦が起きそうな雰囲気だ。
しかし、アスカは頭を銃に突きつけられているにも関わらず、とても冷静だった。

「わたしは、普通に商談をしにきているんだけれど」
「悪いな。お前に売れる武器はねえよ。諦めな。」

といわれてアスカは頬杖をつきながら大きな溜息をついた。
テーブルに広げたアタッシュケースには紙幣がぎっしりと入っている。
アスカが金目当てでかもられているのは、明白でレオナルドは居ても経っても居られない。
そんなレオナルドの心情に気づいたザップは口角をあげて、レオナルドの身体を持ち上げ、一触即発の場に放り込んだ。

「陰毛頭、おめえに頼んだぜー」
「ふざけんな、この黒猿!!」

放り込まれながら、レオナルドはザップをひどく恨んだ。


***


空から、天井から人が振ってきた。
落ちてきたと思ったら、頭で着地をした。
突然のことにアスカは眼を丸くして驚いてしまう。
しかし、どんな形であれ、緊迫した湖畔に投石を打ったれたのは確かで、異界人が拳銃の引き金を引く。
ぱらららら、ぱららら
銃声音にアスカは身を翻しながら、両手のグローブをつけたまま手を叩いた。
すると白いペンキのようなものが帯を引きながら意識をもったように動き出し、アスカに向かう拳銃の弾を全弾はじいていく。
まるでそれは薄い骨の壁がアスカの周りにできたようだった。
アスカは落ちてきた衝撃で蹲っているレオナルドの元まで歩み寄ると、とても興味深そうに眺めた。

「きみは昨日、ライブラに居た子だね」
「こ、こんにちは」

ぱららら、ぱららら
銃撃戦など気にも留めないような涼しい顔でアスカはレオナルドを見つめた。

「なんで、ここにライブラが居るのかな」

巻煙草を咥えると煙草に火をつけた。
独特な香りが辺りに漂う。

「見るに、君は非戦闘員のように見えるけれど、ライブラは非戦闘員を一人で戦場に送り込こむの?」
「いや、まあ、スティーブンさんの作戦でして」

アスカはザップの存在に気づいていないのか、アスカはレオナルドをじっと見下ろしながら考えているようだった。

「君みたいな勇敢な戦士にはこれを預ってもらおうかな。終わったらちゃんと返しておくれよ。」

というとアスカは口角をあげながらレオナルドにずっしりと重たい紙幣が入ったアタッシュケースを渡した。
銃声が鳴り止む。
レオナルドは目を疑った。
異界人は徐にロケットランチャーを構える。

「こんな至近距離でロケットランチャー!?」

レオナルドは辺りに居るだろうザップを探すが、この重要なときに限ってザップの姿が見つからない。
この距離でロケットランチャーを打ち込まれたら、いくらアスカの能力で防げたとしてもここは武器庫。
火器を打ち込んで火事でも起きたら大爆発だって起こりえる。
絶体絶命。
そんな中、アスカはにやりと笑った。

「おいおい、わたしは商談しにきているんだ。金だってたんまりある。だのに、そうやってファイティングポーズを決め込んでいるってことは」

レオナルドにはアスカの金色の瞳がぎらりと輝いたように見えた。

「命乞いは済んだってことかな」

アスカのグローブの両手の平にはそれぞれ十字架があしらわれていた。
その十字架は血のように赤色に滲むと白いペンキのように帯を引き、アスカはその手の平を地面に叩き込んだ。

ブラッドフォーミング式決戦武器
千の棘槍(オミーエ・オッソリッツァ)

それは一瞬のことだった。
標的に誰も逃げる隙を与えず、誰も逃さない。
地面にアスカの手の平を叩き込んだ瞬間、地面から無数の白い槍が生え、異界人たちの肛門から喉を一直線に貫いた。
辺りは地面から生えた白い槍とそれに貫かれた異界人の死体だけ。
ロッケットランチャーが虚しく地面に転がっている。
先ほどまでの喧騒が嘘のように倉庫内は静まり返っていた。
アスカはアタッシュケースを抱えたままのレオナルドに手を差し出す。
グローブには血が少し滲んでいた。

「アタッシュケース、返して」

爽やかな笑みを浮かべるアスカの表情にレオナルドは驚いた。
異界人とはいえ串刺しにしたうえに、辺りを血の海にしているのにも関わらず、こんなにも爽やかな笑みを浮かべられるということは、この人もレオナルドが知るライブラ構成員と同じようにどこか頭のネジがぶっとんでいるのかもしれない。

「おい、てめえ、何者だ!!」

レオナルドとアスカの二人のやり取りを遮るようにザップが声をあげた。
そのザップの姿にアスカは目を丸くして驚いてみせる。

「この俺を差し置いて、ターゲットをぶっ殺すとはいい度胸じゃあねえか!!」
「なに言ってるんですか、あんた面倒臭がって終わるまで待ってたんでしょう!」
「あん?っるせーな。真打ってのは最後に登場するもんだぜ!」

はははは。
レオナルドとザップのいつもの痴話喧嘩を前にしてアスカは、からからと笑って見せた。
長い銀髪の髪がゆらゆら揺れる。

「クラウスの周りには、こんな愉快な仲間がいるんだな」








to be continued...




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