この両手の十字架に誓おう。
わたしは、誰を救うことをしないことを代償に、誰に救いを求めることを絶つこととしよう。
それがたとえ、主の導きだったとしても。


第二話「再会と戸惑い」


秘密結社ライブラの仕事はいつも突然に始まる。
異界と現世の均衡を保つということは、このヘルサレムズ・ロットにおいて予想や想定をはるかに上回って凌駕する。
すべては世界の均衡のために、世界平和のために。
言葉にするのは簡単だが、それを実行することは至難の業だ。
しかし、ライブラ構成にとってその至難の業がすでに常態化しており、言うなれば、彼らにとってこれが日常。
というわけで、秘密結社ライブラのメンバーたちは毎日、硝煙まみれ、血みどろまみれになりながら世界平和を日常茶飯事としておこなってきた。
秘密結社ライブラのリーダー、クラウス・V・ラインヘルツとその副官、スティーブン・A・スターフェイズ、そして彼らが率いる構成員、ザップ・レンフロとレオナルド・ウォッチは、真昼のヘルサレムズ・ロットに現れた怪物退治を終え、自身たちのアジトのあるビルへ戻ってきたところだった。
すると、事務所前の扉の前で老執事、ギルベルトがティーセットが乗るお盆を抱えながら、おろおろと中を伺うようにしているではないか。
いつもの穏やかの中にも品がある彼の姿からは想像もつかない、挙動不審さにレオナルドは思わず声をかけた。

「どうしたんですか?ギルベルトさん」

レオナルドの声で業務から戻ってきた彼らに気付いたのか、ギルベルトは姿勢を正して、にこりと笑顔を作って見せた。
しかし、ギルベルトらしからぬ冷や汗をかいていることは、隠すことができない。

「お帰りなさいませ。クラウス坊っちゃま。」
「どうしたんだい?ギルベルト。事務所の中に何かいるのかい?」

クラウスの言葉にギルベルトは言葉を詰まらせる。
彼の持つお盆には一人分の紅茶が用意されていた。
クラウスたちが戻って来ることを知らされていないで用意された紅茶セットは、クラウス以外の人間にギルベルトが用意したものだった。
では、誰のために用意したのか。
クラウスは首をかしげる。

「んなことは、事務所の中ではなしましょーよ」

このような不毛なやり取りに痺れをきらしたのは、やはりザップだった。
ザップは事務所のドアノブに手を伸ばすとギルベルトを無視してドアを開いた。
事務所の大きな窓から差し込む日差しに一瞬、目が眩んでしまう。
太陽の日差しの逆光を浴びながら人影を見た。
その人影は、この事務所内で一番座ってはいけない場所に座っていた。
大きな机に椅子。
秘密結社ライブラ、リーダーの席。
その人影は入口の騒ぎに気付いたのか、椅子をくるりと回してこちらを見た。

「アスカじゃあないか!」

目をまん丸にして一番驚いてみせたのは、スティーブンだった。
アスカと呼ばれたその人は女は綺麗な銀色の長髪と金色の瞳が印象的な女性だった。

「やあ、ライブラ一行。こんにちは。」

とアスカはクラウスの席に座りながら右手をひらひらとさせながら言う。
独特な香りが鼻をさす。
アスカの左手には巻煙草が添えられていた。

「申し訳ありません。坊ちゃま。私が外していた隙をついて、座ってしまったようで」

ギルベルトはクラウスに言う。
しかし、クラウスにはすでにギルベルトの言葉は届いていなかった。
まさか、どうして。
とクラウスの頭の中をその言葉が駆け巡る。
それを知ってか知らずかスティーブンは、古い友人と再会を喜んだ。

「久しぶりじゃないか。いままでどうしていたんだい?君と最後に会ったのは何年ぶりだっけ?」

スティーブンの問いに、アスカは巻煙草を咥えつつ、一つずつ答えていく。

「久しぶりだね。スティーブン。ちょっと世界旅行をしていてね。最後にあったのは5年前くらいかな」
「――アスカ」

静かにクラウスはアスカの座る前に歩み立つ。
翡翠色の瞳が静かにじっと上からアスカを見下ろしていた。
その瞳の奥には熱が籠っている。

「そこから立ちたまえ。」

ふうっと独特の香りをする煙を吐きながらアスカは口角をあげる。

「あんたはそう言うと思ったよ」

沈黙。
クラウスの翡翠色の瞳はアスカを静かに見つめた。
彼女にいいたいことは山ほどあった。
だけれど、どの言葉も彼女の姿を見るとすべて吹き飛んでしまう。
変わり果てた彼女の姿。
クラウスに立てと言われたアスカはわざとらしく大きなため息をつくと立ち上がった。
カツンッ――。
左手で杖をつきながらアスカは立ち上がる。
首に掲げた大きな十字架のネックレスが大きく揺れていた。

「――骨?」

思わず、レオナルドの口からこぼれ出した言葉。
杖は白くまるで人骨のような素材をしていた。
杖をつくアスカに思わず、スティーブンとクラウスは目を合わせた。
その視線にアスカは鼻で笑うとギルベルトの持つ紅茶セットのカップとポットを手にもつと、自分で紅茶を注ぐ。

「ヘルサレムズ・ロットには初めて来たのだけれども、とても気に入ったよ」

カップを持ちながらアスカは振り返る。
銀色の彼女の髪の毛は、光にあたるとまるで真っ白い雪のように見えた。

「しばらく、滞在することにしたからよろしく。クラウス。迷惑はかけないよ」

というとカップの中の熱々の紅茶をアスカは一気に飲み干した。
しばらく見ないうちにアスカは変わった。
多少の気性の荒さは昔からあったものの、聡明さや気立ての良さをアスカは持っていたことをクラウスはよく知っている。
しかし、目の前に居る再会したアスカはまるで別人のようだった。
腹のそこにどす黒い何かを忍ばせて居るような、得たいの知らない誰かに変わってしまった。
クラウスはライブラの事務所を去るアスカの背中を見つめながら最後に彼女と会った5年前を思い返した。


***


「クラウス、アスカと再会したのに嬉しそうじゃないね」

アスカが去った後、レオナルド、ザップを無理やり外回りの仕事を押し付け、出払わせた後、ギルベルトの淹れた紅茶を飲みながらスティーブンは言った。

「そう見えるかい?」
「ああ、見えるね」

ソファに座りながらスティーブンは頷く。

「まず、アスカと会話した後からの君の表情が、いつも以上に恐い。」

とスティーブンにからかわれ半分に言われ、電源の切れたパソコンの液晶画面に映る自分の顔を、クラウスは見つめるが、至っていつもと変わらい顔がそこにあるだけだった。

「僕はアスカが失踪した5年前、血眼になって君がアスカを探していたのを良く知っているよ。そりゃ、幼なじみが突然、音信不通になったんだ。何か事件に巻き込まれたとか心配するだろうさ」

まるでスティーブンはクラウスに諭すかのように言った。

「そして、彼女は突然現われた。どうして素直に喜んでやらないんだ。クラウス。」

どうして。
スティーブンの問いにクラウスは考える。
彼の言うとおり、本来ならばクラウスは両手を広げて彼女との再会を喜ぶべきなのだろうが、それが不思議とできなかった。
それは、きっと。

「アスカのあの変わりようを見たろう、スティーブン」

クラウスが再会の喜びを拒否したのではない。
アスカがそれを避けたのだ。
まるで敵対しているかのような立ち振る舞い。

「君もまだ子どもだね。クラウス。女は5年もあれば変わるさ」

とスティーブンは喉を鳴らしながらクラウスを笑った。


***


高層ビルの屋上。
アスカは風に煽られながらも外を見つめていた。
巻煙草の煙が風に揺れる。

「いい街だ。ヘルサレムズ・ロットは」

テレビのニュースで見たニューヨークの崩落シーンを思い出す。
まるでそれが嘘だったような街並みが眼下に広がっていた。
霧の外では奇跡のような出来事もこの街の中では、当然の出来事なのだ。

「隠れるにはもってこいだよ。ここは」

アスカは杖を突いた。








to be continued...




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