それは、異界と現世が交わった大崩落が起こる約5年前。
ルーマニア、トランシルヴァニラ地方某所。
牙狩りたちの狩りは人知れずおこなわれていた。
不滅の存在、血界の眷属。
人類もとい牙狩りたちにとって血界の眷属は滅すべき唯一無二の存在であったが、その理想はとうに及ばす。
彼らに傷一つつけることすら叶わない。
その絶体絶命の存在と対峙しているにも関わらず、クラウス・V・ラインヘルは瞳に燃え滾る炎は絶えることを知らなかった。
しかし、それは彼だけであって周りの皆もというわけではない。
血界の眷属狩りに向かったチームはすでにクラウスただ一人を残すだけであった。
クラウス自身も使える血量は残りわずか。
しかし目の前に対峙する血界の眷属は、弱るどころか牙狩りの血をすすり強くなるばかりだ。
インカムからクラウスの盟友、スティーブン・A・スターフェイズの声が入る。

『撤退だ!クラウス』

しかし、クラウスはスティーブンの制止に首を横に振った。

「いいや。まだやれる。まだ戦える」
『馬鹿を言うな!もう君のチームは君しかいない!無茶を言うな』

クラウスは姿勢を低くし構えた。
血量からして与えられる攻撃は一撃。
渾身の一撃を与えればひょっとしたら滅せるかもしれない。
この血界の眷属はなんとしても倒さなければならない。
クラウスはぎりっと奥歯を食いしばる。

ブレングリード流血闘術
111式 十字型殲滅槍

巨大な十字架が血界の眷属を押しつぶす。
血界の眷属の身体はまるで熟したトマトを上から押しつぶしたように破裂した。
倒したか。
しかし、その期待も虚しく、即座に血界の眷属の体は再生していく。
その光景を見てクラウスは鼻で笑った。
極度の貧血。
もう立っていることすら叶わない。
よろけるクラウスに向かって血界の眷属は鋭い爪を首元めがけて走らせた。

「なにぼさっとしてんの」

その攻撃の間に一人の女が入る。
鋭いレイピアような剣でその血界の眷属の攻撃を塞ぎきる。

「ほらほら!撤退!撤退!」

血界の眷属が怯んだ隙に、女は大きなクラウスの体を担ぐと退路に向かって走り出す。
クラウスは女の登場に翡翠色の目を丸くして驚いてみせた。

「どうして、君がここに!」

重たいクラウスを引きずるように担ぐ女をクラウスはよく知っていた。

「アスカ、どうして!」

その女はアスカという。
クラウスとは幼い頃から知り合いであり、幼馴染であった。
家柄もとてもよく似ていて成人を過ぎた二人が血界の眷属専門の退治屋、牙狩りになるのは必然。
大人になったアスカは、血界の眷属の本場といっていいルーマニアという国で牙狩りを生業にしていた。

「どうして、どうして、うるさい!喋れるならアンタも少しは歩いて!」

アスカは額に汗を浮かばせながら叫ぶ。
自身よりはるかに大きい負傷した男を担いでいるのだから叫ぶのは当たり前である。
クラウスは混乱する頭で、自身の措かれている状況を思い返す。

「駄目だ。俺はまだ戦う!」
「馬鹿なことばかり言わないで!何のためにわたしがここに居ると思ってんの!」

血界の眷属からの攻撃をアスカは器用に自身の能力で交わしていた。
『ブラッドフォーミング式血戦武器』の使い手。
それが彼女の能力。
自身の血を凝固活性化させさまざまな武器に変質させる。
彼女の血と能力によって作成された武器は骨のように白く何よりも硬い強固な武器となった。

「とにかく、わたしはアンタをここから救出するよう命令されてんの!」

血界の眷属の攻撃が走る。
クラウスを抱えながら攻撃を回避するのは難しく、すべて避けきることができない。
アスカの身体ががくりと一瞬だけ沈んだ。

「・・・あんたをここで死なせる訳にはいかないんだから!」

ぽたぽたとアスカが歩く後に血の痕が残る。
その光景を見てクラウスは声をあげようと口を開く。
が、それを遮るようにアスカが歯を食いしばりながら言う。

「いいから黙ってなさい!」

出口が見える。
赤いパトランプや牙狩り関係者の姿が見える。
絶望から望む一筋の光だ。
瀕死の状態のクラウスを抱えながらアスカはそこへ飛び込む。
出口の外には救急車やパトカーが止まっていた。

「クラウス!アスカ!」

ぼろぼろの二人にスティーブンが駆け寄る。
アスカは自身の何倍もある巨漢のクラウスをスティーブンに投げた。
その一瞬、クラウスの手がアスカの背中に触れた。

「さっさと救急車にのせる!」

と鬼の形相でアスカはスティーブンに指図する。
瀕死状態のクラウスは救急車のタンカーに乗せられながらも、アスカの背中に触れた手のひらを見つめた。
手のひらにはべっとりと血が付着している。
アスカの血だ。
クラウスはその手を眺めながら救急車に乗せられると意識をゆっくりと手放した。
意識を手放す中、閉まる救急車の荷台を名残惜しそうにアスカが見つめていた。


***


その事件の一件後、クラウスは一命をとりとめ牙狩りへ復帰したのはすぐのことだった。
しかし、いくらクラウスがアスカと再会しようと連絡をとっても彼女と連絡が一切つくことはなく、アスカの消息はついにルーマニア牙狩り支部からも消えた。
本来なら、すぐにでもクラウスも彼女を探したいところだったが、さまざまな退治依頼と大崩落したニューヨークの跡地、ヘルサレムズ・ロットの面倒を見ることになりその願いを叶えることはついにできなかった。
あれから5年。
クラウス・V・ラインヘルツは異界と現世の均衡を保つための秘密結社ライブラを取り仕切る牙狩りとなり多忙な日々を過ごしている。




この物語は、狩人を狩る狩人と呪いの物語である。







第一話「5年前、ルーマニアにて」
to be continued...





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