第十三話「排他の結界4」


3年前のニューヨーク大崩落。異界に侵食されつつ崩壊していたニューヨークは奇跡的に間に合った結界によって、紙一重で均衡を保っていた。虚の口から吹き出す瘴気によって霧の街、ニューヨークからヘルサレムズ・ロットに成り代わった現在、合衆国では、外界から街を監視する航空空母1隻および揚陸艦複数隻を常時、回航させなければならなくなった。
そのうち、揚陸艦1隻に搭乗する合衆国海軍兵士たちは約2千人。誰もが任務を持ち、それぞれの持ち場で作業を続けている。霧の中とは比べ物にならないほどの美しい青空に白い雲が広がっている。大海原ではとても眩しい。しかし、カリブ海沖に季節はずれのハリケーンが発生したらしい。近いうちに揚陸艦が航行する海域もハリケーンによる高潮で荒れるだろうが、不屈の海軍が保有する強襲揚陸艦の心配には及ばないだろう。
彼ら揚陸艦が命じられている任務はひとつ。衛星映像を使ったハリケーンの監視だ。その様なこと常人であれば、内地の気象予報士らに任せれば良いと誰もが思うだろう。そして何より、彼らの本来の従事すべき任務はヘルサレムズ・ロットの監視である。
しかし、内地のペンタゴンから命じられた特別任務であるために、揚陸艦に搭乗する兵士らは、疑いも無く、パソコンモニタ上の画面を睨むように眺め、人工衛星から撮影された写真と天気図を元に、そのハリケーンの進路を逐一監視し、内地へ報告を続けていた。

「大佐。」

迷彩服を着た女性兵士が、軍事衛星から送られてきた最新のデータ解析を見つめて、眉間に皺を寄せた。彼女が睨むパソコンモニタに映る情報は、衛星写真と気象情報である。大佐と呼ばれた男は、兵士らと交わしていたミーティングを中断して、女性兵士のパソコン画面を覗き込んだ。

「これは、どういうことです?大佐。」

モニター画面に映る映像に、大佐と呼ばれた男も言葉を詰まらせた。

「私たちは一体、何を監視しているのです?」

映し出された映像には、南米ジャマイカを覆うようにハリケーンが雲の渦を作っている。天気図に伴う気象予報では、北大西洋沿岸に発生したハリケーンは数日以内にニュー・ジャージー州へ上陸することが計算されていた。予測では。
実際に彼らが見る映像は、これまでの常識を大いに覆し想像を絶するものであった。

「左回りが右回りに」

大佐は、思わず呟く。地球の自転上、北半球に発生するハリケーンは左回りでなければならない。まるで、そのハリケーンは自然の摂理から逸脱した存在を自ら主張するように、雲の渦は右回りに巻いていた。
強襲揚陸艦は、内地の司令部からの特別任務を続行する。


***


ザップはスクーターのエンジンをフルスロットに吹かしながら、ヘルサレムズ・ロットの大通りを、レオナルドを後ろに乗せながら駆け抜けた。大通りの車どおりは激しく、なかなかアスカが乗るトラックに追いつけることができない。
ゴーグルを被ったレオナルドがザップの肩に手をついて、身を乗り出す。思わずザップのハンドルが揺らぐが必死に堪えた。

「ザップさん!アレ!」

レオナルドが向かい風に煽られながら、指差す先には大型トラックの荷台の上でアスカが戦闘を繰り広げている。蜂はしつこくアスカを追いまわし、レオナルドたちからは、アスカが防戦一方のように見えた。
トラックの運転手は荷台での出来事にはまったく気づいていない。トラックはアスカを荷台に乗せたまま、突然ウィンカーを切って右折してしまう。

「クソ!」

トラックの間を走行する車が数台、邪魔をして追いつくことができない。ザップは舌打ちをするとハンドルから手を離し、レオナルドを雑に背負うとシートに足をかけた。

「落ちるんじゃねーぞ」
「へ?」

ザップはスクーターを乗り捨てて、血法を器用に扱い、トラックの間を走行する車のボンネットを飛び移る。レオナルドを背負いながらであるが、あっという間に、トラックとの距離を詰めてザップはトラックの荷台に乗り移った。
走行中のトラックの速度にレオナルドは思わず、荷台から振り落とされそうに転がるが、体半分のところで落ちずに留まった。

「おい!クソアマ!」

ザップは血法で蜂を横に薙ぎ払い、燃やす。

「まさか、追いかけてくるなんて!」

アスカは目をまん丸にして、ザップたちの姿に驚いた。彼女の言うとおり、蜂の狙いはアスカである。わざわざ危険を冒してまで、ザップたちが追いかけてきたことにアスカは心底驚いているようだった。

「あったりめぇだ。てめぇに聞かなきゃならねぇことがあ―」

トラックがハンドルを大きく切った。荷台に乗っている3人の体勢が大きく崩れる。空から何かが降ってくる。黒い影。大きい。
トラックの運転席含む前輪が宙に浮く。その黒い影が荷台に空から降って来たからだ。

「戦闘型」

ザップはアスカが衝撃で身を屈めながら呟いたのを聞き逃さなかった。黒い影によってひしゃげた荷台は3人を吹き飛ばしていく。とっさにザップは一緒に吹き飛ばされるレオナルドの位置を確認し、血法で引き寄せた。
黒い影はまるで巨人のような姿をし。それは、人型であるが影であった。影の狙いは、やはりアスカだ。影はアスカの居場所を確認すると、アスカに向かって突進した。

ブラットフォーミング式血戦武器
城壁の大盾

アスカは巨大な壁を形成するが、影は木っ端微塵に軽々と破壊する。
ヘルサレムズ・ロットの街中は白昼の戦闘に騒然としていた。大型トラックをぺしゃんこにひしゃげ、ビル1階のカフェテラスは窓ガラスともどもアスカと影が動くと同時に破壊され尽くされる。

「ザップさん!クラウスさんたちを呼びましょう!」

慌てるレオナルドにザップは首を横に振った。

「駄目だ」
「はぁ!?なんで!!」

ザップはアスカの意見に耳を傾けようとはしない。それどころか、ザップの体はアスカの戦闘に向かっていた。ザップが考えていることが手に取るように分かるレオナルドはザップのジャケットを後ろから引っ張って制止する。それをザップは邪険そうに振り払った。

「クラウスさんを呼びましょう!」
「駄目だ。旦那がここへ来たら、あの女は本当のことを話さなくなる。だから駄目だ。」

血走ったザップの視線に思わずレオナルドは怖気づいた瞬間に、ザップはレオナルドを振り払ってアスカと影に向かって駆け出した。
巨人の影はまるで異界人だ。人の肉体からかけ離れた筋力、それに似つかわしくないほどの俊敏さ。標的と捉えたアスカをしつこく狙う執着。それはまさしく化物だ。

斗流血法
刃身の弐・空斬糸

ザップは血で形成した糸で影の動きを封じる。

「君はなんだい?口に似合わず、人助けが好きなのかい?」

巨人の動きを封じるザップに向かってアスカは、憎まれ口を叩いた。しかし、憎まれ口を叩く彼女も満身創痍。額や頬には汗が伝っている。アスカは手のひらから血液を器用に操り、口角をあげる。その技。

ブラットフォーミング式血戦武器
千の棘槍

地面から巨人に向かって無数の槍が突き抜け、巨体を串刺しにする。

「ざけんな。てめぇに用があんだよ」

しかし、巨人は血法で拘束されながら、無数に槍に串刺しになっても雄叫びをあげて踏みとどまった。攻撃は効いているが致命には至らない。ザップは両手で糸をしならせ、ビルの外壁に巨人を叩き付けながら引き寄せた。
巨人が起き上がる前まえに拘束していた細い糸を巨人から解き放ち、瞬時に手元に血液を凝縮させる。
この巨体を滅するには、肉塊をも両断する巨大な剣が必要である。

刃身の四 紅蓮骨喰

ザップの太刀が走り、巨人の脳天を狙って振りかぶる、が巨人は自身の腕を目の前に翳し、太刀筋を受け止めた。

「クソ!」

太い腕を斬り落とすとザップは地面に火花を散らせながら、太刀を再び巨人へ向ける。戦いは均衡状態。腕を一本、斬りおとされているのにも関わらず、巨人の動きは鈍くなることは無い。それどころか、巨人の影の腕はみるみるうちに再生していった。

「んだよ!こいつはよぉ!?」
「翳の森」

ザップの後ろでアスカが言った。アスカは血液で杖を作ると、重い自身の身体を起き上がらせ、巨人を睨んだ。

「翳の森。狩人狩りの使い魔だ。森の主はすぐ近くに居る」

アスカは高層ビルの屋上を見上げ、視線を細めた。そこに主が居ると言うのか、ザップは巨人の打撃を太刀で受け止めながらアスカの様子を伺う。
ザップがここまでアスカを追って来たのには理由があった。彼女に聞きたいことがある。ここで問わずしたら、もう二度と機会に恵まれないかもしれない。だが、ザップはアスカに問うことができなかった。

「君の言うとおり、わたしは『ろくな人間』じゃぁない。少なくともわたしは、君らと肩を並べることは許されない」

アスカは屋上をじっと睨みながらザップに言った。
ザップはアスカの言葉に中指を立て、反応する。するとアスカは、ザップの中指に初めて表情を綻ばせ、笑顔を作った。
アスカは身を屈めると、ザップとレオナルドを置いて野次馬で人が溢れる雑踏に飛び込み走り去ってしまった。するとビルの屋上から影がアスカを追うように飛び立ったのが見えた。巨人もアスカを追おうとするのをザップの太刀が遮る。

「へいへい。お前の相手は俺だぜ?」

低く唸るようにザップは言うと、太刀を構えた。


***


翳の森。
アスカの知る狩人狩りが使う使い魔たちの総称。人型や昆虫型、獣型。さまざまな形を模してそれは、標的を地の果てまで追いかける。まるで、それは狩りだった。野山でハンターが小動物を追いかけるそれに近い。
追われる獲物は死に物狂いで逃げるしかなかった。だからアスカは、逃げる。狩人狩りがすぐ近くに居る。奴は迫っている。
雑踏から路地裏へ、路地裏からビルや商店の屋根を伝いアスカはとにかく身を隠すために、逃げるしかなかった。
その一部始終を、狩人狩りフェリオル・ヘムハッドは夜のヘルサレムズ・ロットが眼下に望むことができる高層ビルの屋上で、双眼鏡片手に覗き込んでいた。暗闇の中でも対象を確認できる双眼鏡は魔術で強化されている特別のものだ。
フェリオルはまるで、自身の調教した猟犬が狩りをするのを楽しむ貴族のように、望遠鏡を覗き込んで居た。

「おお、逃げるのか。アスカ。まだ逃げるか。」

双眼鏡を覗き込むのに興奮しながらフェリオルは声をあげた。アスカはすでに新たな影に追われている。影の追尾を器用に避けながら逃げる様子を双眼鏡から覗くことができた。
フェリオルのトレンチコートの内ポケットの携帯電話が鳴る。双眼鏡から目を離すのを止めないフェリオルは、暫くその着信を無視していたが、鳴り止まないその着信に舌打ちをうつと嫌々に内ポケットから携帯電話を取り出して、応答した。

「もしもし。―ええ。はい。」

片手で双眼鏡を持って覗き込み、もう片方で携帯電話持ちながら応答する。フェリオルは通話口の相手に適度に相槌を打ちながら、足元にお座りしたままの狼に視線を送る。狼はその視線を合図に屋上のフェンスを軽々と飛び越えて、夜の夜景に溶け込んだ。

「―私は今、仕事中なのですが」

双眼鏡を覗き込みながらフェリオルは通話を続ける。覗いた先には未だにアスカを捕らえたままだ。
通話先の相手の言葉にフェリオルは大きな溜息をついて、肩を落とした。

「・・・―分かりました。」

と言うと一呼吸を措いて、フェリオルは通話を切った。

「どこの国も、役人ってのは、融通の効かない奴らばかりだな」

フェリオルは持っていた双眼鏡を高層ビルの屋上から投げ捨て、アスカが逃げる方向に背を向けた。


***


アスカは野山で獣に追いかけ回される小動物のように、ヘルサレムズ・ロットの街中を走って逃げた。
人ごみを掻き分け、建物の間を駆け抜ける。走った先に道がなければ、飛び越えて新たな道へ走り去る。
アスカの後ろには、夜の暗闇より暗い人影がすでに迫っていた。奴らはアスカを捕らえようと攻撃を仕掛ける。影らは幾度も逃げるアスカの脚を斬りおとしてでも止めようとしてきたが、それらもアスカは、器用に回避して逃げ続けた。
しかし、幾ら走り続けても影たちはアスカを追いかける。それは逃げるアスカにとって、行き着く先の無い巨大な森を迷子のように迷走している感覚に近い。アスカの体力はそろそろ限界に近づいていた。
影が後ろからアスカの銀髪を掴み、力いっぱい引き寄せられ、アスカは脚を止めてしまう。アスカが脚を止めれば、すぐさま影がアスカを求めて取り囲んだ。

ブラットフォーミング式血戦武器
執行者の大鎌(ウネ・クショナー・サイズ)

振り向きざまにアスカは血液でてきた両手持ちの大鎌を奮う。大鎌の一振りで取り囲んだ影たちは一瞬で煙となって消える。
しかし、すぐさまにどこからともなく、影は現われて再びアスカを取り囲んだ。

「クソ!」

アスカは大鎌を振りながら、悪態を吐く。
じりじりと影らに追い詰められてアスカはいつの間にかビルの屋上のフェンスに背中を預けながら、影たちと相対していた。
フェンスの網の合間から地上を見下ろせば、夜にも関わらず賑わい続ける繁華街が見えた。地上で行き交う人々も頭上を見上げれば、アスカが追い詰められているのが見えるだろうが、夜ともなれば誰も見上げる者は居ない。アスカは人知れず、人ならざる者に追い詰められていた。
迫り来る影を薙ぎ払うように大鎌を横に振った。影が消滅するのを飛び越えるように、一匹の狼がアスカに向かって飛び込んできた。狼の姿にアスカは思わず驚いたように金色の瞳を見開く。

「強襲型!」

狼はあっという間にアスカとの間合いを詰めて、牙を剥き出しに飛び掛ってくる。
黒い狼。
アスカに強襲型と呼ばれた黒い狼は鋭い爪と牙をアスカに向け、アスカの大鎌もひらりとかわして、狼の身体能力の高さを知らしめた。
動くたびに狼はタテガミをひらひらとさせていると、狼は体を歪ませ、瞬時に姿を変えて獣の四足歩行から、二足歩行の人型の姿に変わり、レイピアのような鋭い剣を持ってアスカを責め立てた。
アスカと戦いながら狼は変幻自在に姿を変えて、アスカの隙をつくように攻撃を加える。アスカも防戦一方であり、益々、狼の影に追い詰められて行った。
狼の攻撃をかわす度にアスカの身体は悲鳴をあげ、身体は鉛のように重くなっていく。意識が朦朧となりつつ攻撃を受け流すと、狼の突きの攻撃によってビルの屋上のフェンスが勢い良く吹っ飛んだ。
アスカは人型となった狼と地上へ真っ逆さまにもつれながら、頭から落ちて行く。落ちながらもアスカは、目を見開いて狼の剣を自身の血戦武器で防ぐ。地面が迫っている。

ブラットフォーミング式血戦武器
獅子の鎧(アルマー・ウニゥレウ)

落下しつつ、アスカの両手から血液が意識を持ったように彼女の身体を覆い始め、覆った白い血液はまるで、中世の鎧を身に纏うようにアスカの全身を覆った。
アスカは人型となった狼の首元を掴んで、自身の下へ組敷く。地上が迫る。繁華街の大通りから外れた路地裏のコンクリートがアスカたちの目前に迫っていた。
轟音と土煙と共に二人は地上へ落ちた。血液の鎧を身に纏い、狼を下にして落下の衝撃を緩和してアスカは、ほぼ無傷で生き延びることができた。ぽろぽろと薄い石がはがれる様に、アスカの血液の鎧は朽ちていく。アスカに押し潰されるようにして地面へ叩きつけられた狼は、煙のように消滅して行った。
アスカは、立ち上がると鉛のように重たく軋む身体を引きずるようにして、再び走り出す。遠くで遠吠えが聞こえる。新たな狼がアスカを追随しようとしていた。
逃げなければ。
脚を一歩踏み出せば、口の中が血の味がした。
再び唸りを上げる狼の影がアスカに迫る。

「アスカ!」

悲鳴に近い声でアスカの名を呼び、その声の主はよろけたアスカの身体を抱き寄せた。アスカの身体は、路地のあちらこちらに刻まれた白線を越える。
娼館ジェナザハード。アスカが踏み込んだ先、そこはロビンの領地であった。
アスカを追いかける狼が白線を越えたアスカに向かって突っ込んで来る。

魔術・排他の結界

娼館を中心に白いペンキで描かれた線。その線は結界と言う名の『境界線』であった。繋がってこそ見えるが、線の外側と内側は別の空間へ切り取られて居る。この結界は主の因果において、認める者しか侵入することができない。認められぬ者は、時空の歪に引き裂かれる。

「・・・ロビン」

頭かから排他の血界へ突っ込んできた狼は、頭と胴体を真っ二つに引き裂かれ、絶命した。
アスカは煙となって消えていく狼の首を横目で見つめながら、排他の結界の能力者であるロビンの顔を抱きかかえられながら見つめた。
血みどろになった手でロビンに触れれば、着ていたロビンのガウンにべっとりと血がついた。
口を開けばごぶりと口から赤い血が溢れ、アスカは体勢を崩して地面に向かって倒れた。

「エミール!香炉を早く!!」

ロビンは慌てて娼館の中に居るエミールを呼ぶ。ロビンに引き摺られながら娼館に帰って来たところでアスカの意識は遠のいていく。全身の筋肉は強張り、遠のく意識は鉛や岩のように重い。
誰かがアスカの名前を呼ぶ。それがロビンだったのかエミールだったのかそれとも別の誰かだったのか。その声はとても懐かしい声で、アスカはその声の主が無性に恋しくなった。


***


こんなやつらをアスカという元・牙狩りは相手にしていたのか。
ザップは煙となって消滅していく巨人の影を見つめながら思った。
ザップ自身、自分の能力は他者より優れていると自負しているうえ、他者からも一目置かれている人間であることを理解していたが、巨人の影をスマートに倒せなかったことが、彼に困惑と苛立ちを抱かせて居た。
大崩落後、ニューヨークがヘルサレムズ・ロットに成り代わってから、人影を相手にするのは初めてだった。影は狩人狩りの使い魔だという。

「ザップさん!」

物影に隠れていたレオナルドがザップに駆け寄る。レオナルドの顔を見てザップは彼がアスカと一緒に居たのを思い出した。

「おい。陰毛頭。おめぇ、あの女に義眼のことをバラしてねぇよな?」

ザップの言葉にレオナルドは、ぶんぶんと首を立てに振って応えた。
狩人狩りに追われる人間には、追われるだけの理由がある。それが、ザップが師匠に育て上げられ、牙狩りとして振舞ってきたザップの理解だった。

「あの女に、おめぇが神々の義眼の保有者だと絶対に気づかれるなよ」
「・・・ええ。分かっていますよ」

しかし、もうアスカはレオナルドの能力に既に気づいているのかもしれない。クラウスやスティーブンと肩を並ばせるほどの、一流の牙狩りだった彼女には、レオナルドの能力を見抜くのは容易いことのはずだ。
レオナルドはアスカとの会話を思い出して、彼女に申し訳ないと思いつつ、嘘をついたことを思い出した。上手く騙せているとは到底思えないが、アスカに対してのレオナルドの感じた直感はやはり正しかったのかもしれない。
ザップはくたびれたように瓦礫の山に腰を下ろすと、目の前に一台の黒塗りの車が停車した。その車は二人にとってとても見覚えのある車だった。

「ザップさん」

黒塗りの車から一人の老執事が降り立ち、背筋を伸ばして二人の前に立った。

「今の戦闘。どうして起きたのか詳しく聞かせて頂きませんか」

ザップらの前に立つのは執事ギルベルト。彼は先ほどのザップの戦闘をGPSと監視カメラを使っていて追っていたようだ。
ザップに有無を言わせないほどの威圧感を含ませながら、ギルベルトは笑顔を浮かべつつ立っていた。

「アスカ、について聞かせて貰います」


***


独特の香りが充満している娼館の一室。その部屋は香炉から立ち昇るお香によって、煙で白く霞んでいる。香炉から立ち昇る煙は、甘いような苦いような鼻をさすような香りがして、その香りはアスカの吸う煙草の香りと一緒であった。
ロビンは身を屈めて、床の上に蹲る。彼女の膝の上にはアスカが頭を預けていて、アスカは床の上でロビンを見上げるように横になっていた。ロビンのウェーブがかかった髪がアスカの頬をくすぐる。アスカはその髪を下から掬い上げると力が宿らない笑顔を作った。

「フェリオルにこの場所を気づかれた」
「アスカ」
「やはり、奴はわたしの邪魔をする」
「アスカ」
「邪魔をするのであれば、奴を―・・・」

ロビンはアスカの言葉を遮るように膝の上の頭を、背中を丸めてぎゅうぅと抱きしめた。そして、声を絞り出しながらアスカに言い聞かせる。

「アスカ、私は貴方を救う方法をなんとしてでも見つけだす。貴方がそれを望まなかったとしても。」








to be continued...




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