クラウス・V・ラインヘルツという男は、良家の育ちの血筋の良さからどんなときでも落ち着き払い、時には優雅ささえ感じることができる男である。
そして一度、心に決めたことは頑なに曲げることも折れることも無い信念の持ち主でもある。
たとえそれが至極個人的な身勝手なことであったとしても。
クラウスは高級ホテルのレストランで牙狩り本部の活動資金を融資するという富豪の男と会食をしていると、ふいに呟いた一言で富豪の男は激昂し、持っていたグラスの中身をクラウスの顔面めがけてかけられた。
激昂した富豪はクラウスに向けてしばらく罵詈雑言を浴びせるのだが、クラウスの翡翠色の瞳は一切揺らぐことなく、濡れた手元のディナーを眺めたままだった。
この話は大きなクラウスの図体が無駄に目立つ夜のことだ。


5万打達成記念リクエスト小説
血と骨 幕間劇 「君のとなり」
※本小説は長編本編より前のお話です。



「クラウス、アンタもいい加減、楽な生き方を学んだほうがいいと思うのよ」

ルーマニア某所。
高級ホテルのラウンジで幼馴染であり同じ牙狩りを生業にしているアスカに、指で指されながら指摘をされて、クラウスは大きな体を小さく丸くさせながら気を落とした。
男に水をかけられずぶ濡れになったクラウスは、鍛え上げられた肉体が少々みすぼらしく見える。
富豪の男をクラウスに紹介したのはアスカだった。
ルーマニア随一と言われたこの富豪の男は、よき牙狩りの理解者であり、法外な金を持っていた。
クラウスの牙狩りの活動を支援してくれるスポンサーになってくれる思い、世界中を転々としていたクラウスをわざわざルーマニアに呼んで紹介したというのに、結局破談してしまった。
アスカの言葉にクラウスは小さく「すまない」と平謝りを繰り返すばかりで、アスカは飽き飽きしたように大きな溜息を吐くとホテルのコンシェルジュに渡された大判のバスタオルをクラウスの頭にかけた。

「何を言って彼を怒らせてしまったのかは知らないが、あぶく銭を自ら溝に捨てたのはいただけないな」
「すまん」

慣れたようにアスカはバスタオルを使ってクラウスの頭の雫をぐちゃぐちゃと掻き回しながら拭いていく。
ずぶ濡れの大男がホテルのラウンジで視線を奪われるほどの美女に頭を拭かれているというのは、とても目立った。

「君の紹介で君の友人の気分を害してしまったことはとても悪かったと思っている」
「それならば、彼に謝ったのかい?」
「いいや」

クラウスは翡翠色の瞳をアスカに向けて首を横に振る。
彼が自身の失態を理解しているのにも関わらず、謝罪をしないといことは己の行動心理が誤っていないと思っているからなのだろう。
そう思ってしまえば、てこでも動かないということを知っているアスカは、クラウスの真っ直ぐな視線に深い溜息を吐いた。

「ラインヘルツ家に恩を売りたい輩は世界中に掃いて捨てるほどいるだろうが、アンタの磐石の心構えも時として軟化させるべきだ」
「ああ、分かっている」

心にもないことをクラウスはアスカに言ってみせた。

「時として、アスカ。君はあの男とこのまま交友を深めるつもりかい?」
「深めるって大そうな言い草だが、彼はわたしたち牙狩りルーマニア支部の大切なスポンサーだからね。付き合いは続くだろうよ」

クラウスの表情が一瞬、面白くなさそうに歪んだのでアスカは思わず疑問符を頭に浮かべた。

「クラウス。これからの今晩の予定は?」
「本当ならばこのホテルで一泊と考えていたのだが、彼もこのホテルに泊まっていると聞く。・・・これから別の宿を探すしかないな。」
「ははは。それは可哀想な話だ!自業自得というやつだ」

アスカはクラウスにからからと笑って見せた。
大きな口で声をあげて笑うアスカがクラウスはとても好きだった。
明るい彼女の笑顔はすべての暗闇を吹き飛ばしてくれるような気がして、幼馴染である彼女の笑顔に幾度となく救われてきた。
アスカはクラウスからバスタオルを取り払うと、大きな手をとってぐいっと引っ張った。

「ちょうどいい。哀れな君に案内したい場所がある。宿探しついでについて来るといい。」

アスカの手は、クラウスの冷え切った手のひらにしんと染み渡るほど暖かな手のひらだった。


***


冬場のルーマニアはとても雪深く、中世の面影を色濃く残す街並みに白銀の雪がさらに街並みを美しく際立たせた。
アスカの先導でクラウスは大きなボストンバックを下げながら街路地を歩んでいく。
はあっと息を吐けば白く立ち込める白い煙越しに、クラウスはアスカの背中を見つめた。
クラウスよりもずっと小さく華奢な彼女の背中にルーマニア国もとい世界の命運が背負わされていることに誰が気づくだろうか。
ルーマニアは古くから吸血鬼の伝承が多く残されている国である。
そのためか、血界の眷属が多く出現する国でもあった。
牙狩りルーマニア支部のメンバーはクラウスもよく知っている顔ばかりであるが、アスカの御家はルーマニアに古くかわら伝わる牙狩り一族でもあり、そのためかとても目立っていた。
アスカが振り返る。
長い銀髪の髪はルーマニアに降る雪の色に似ている。

「ここだよ、君に一度見せたいと思ったんだ」

気づけば、ひと悶着あった高級ホテルからかなりの距離を歩いていた。
そこは、ちょっとした上り坂の先にあり、車一台分が駐車できるスペースからは、市街地の夜景を一望できる場所だった。
きらきら輝く蝋燭のような明かりは、この街に住む人々の生活の息吹を感じることができる。
灯りは白銀に反射し、宝石のように輝きを増していた。

「わたしが守っている街さ」

とアスカは自慢げに言う。

「美しいな」

たくさんの血を流してでも守りたいものがある。
それは先祖代々脈々と受け継がれている揺ぎの無い、彼女たちの信念に違いなかった。

「あの男になんて言われたんだい?お人好しであるアンタが他人を怒らせるだなんて相当のことだと思うよ」

アスカの金色の瞳にクラウスの小さな心臓は射抜かれたように固まる。
クラウスは眉間の皺をさらに寄せるとぽつりと答えた。

「君のことを馬鹿にしたのだ。あの男は」

クラウスは嘘を吐いた。
彼はアスカのことを一言も馬鹿になどしていない。
蔑むどころか彼はアスカを褒めていた。
そんな彼の心理にアスカに対する下心があったかどうかは、クラウスには図ることはできないが、理不尽にも友人としてとても不愉快だった。

「――ほう」
「それでつい、言葉が出てしまった」

得体も知れない不愉快さに戸惑いながら、クラウスは思わず彼を煽るような言葉を口走ってしまった。
しかし、後悔はしていない。
他愛も無い自尊心でアスカの友人を一人奪ってしまったことをクラウスは心のうちでアスカに謝った。

「クラウス」

アスカの鋭い金色の眼差しは、クラウスの内情をすべて見透かしているように感じ、その眼差しに見つめられると、昔からクラウスは冷汗を掻きながら固まってしまうのだ。
クラウスの盟友であるスティーブン・A・スターフェイズはそれを「蛇に睨まれた蛙」だと例えた。
ちなみに蛙というのがクラウスだ。
アスカは白い肌を赤く悴ませながら小さな手で、大きなクラウスの手を握った。
冷たく悴んだアスカの手をそれでも温かいとクラウスは思う。

「君とわたしの付き合いはとても古い。こうやって君と友人で居られることをわたしは、光栄に思うよ」

何か胸がぎゅううううと締め付けられる。
クラウスを見上げるアスカの瞳に、戸惑いの表情を浮かべる自身の姿をクラウスは見た。
携帯の着信が鳴り響く。
アスカは身体をクラウスから翻すと、携帯電話に応対した。
その立ち姿は、今まで一緒に居た友人の姿ではなく、牙狩りの狩人の姿だ。
ひとしきり応対すると着信を切りながらアスカは振り返る。

「事件だ。市街地に化物が現われた。君も来てくれるだろか」
「ああ、もちろん」
「それは心強い」

と言うとアスカはクラウスに手を差し出す。
どんなときもクラウスに手を差し伸べるのはアスカだった。
そして幼いときから差し伸べられた手を取るのがクラウス。
二人の関係を語るにはそれに尽きるうえに、揺ぎ無い普遍的なものだとクラウスは思っている。
あの事件が起きるまでは。







to be continued...




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5万打達成記念リク「幼馴染の強気令嬢とパーティで一悶着」
パーティーでもなければ、幼馴染と喧嘩もしてませんが、リクをイメージして書きましたのでどうか、どうかお許しいただければと思います。


金城IKKI
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