That's Life!!!


アスカは暗闇の中、踞って身を丸くしている。
身体はがくがくと震え、歯をかちかちと鳴らす。
辺りは暗闇だ。
なにもない。

「アスカ」

誰かが呼ぶ。

「ねえ」

その声はアスカにとって、とても聞き慣れた馴染んだ声だが、誰の声だったのか思い出せない。
誰だったか。
アスカは顔をあげる。
大きく見開く瞳。
そこには異界に侵食されつつあるニューヨークの街が広がっていた。
目を塞ぎたくなるほどの天変地異。
そんな中、アスカを呼ぶ幼女は、玩具箱をひっくり返してはしゃぐ子どものように笑った。

「この、失敗作。」


***


目を覚ますと目の前に天井が広がっていた。
ふかふかのベッドの上。
ここはどこだと辺りを見回すと医療器具が辺りを取り囲んでいた。
身体を起きあがらせると激痛が襲い、思わず声が漏れ、朦朧としていた意識が次第に鮮明に蘇っていく。
何故、自分がここにいるか思い出す。

「気分はどう?」

ドアを開け病室に入りながらスティーブンが言った。
誰かと電話していたのか、手元にはスマートフォンが握られていた。
彼も負傷しているようで、包帯とガーゼで頬や頭を手当てされている。
スティーブンはベッド脇の椅子にどかりと座って、アスカを覗きこんだ。

「全身が痛い・・・」
「それは、分けないさ。腹に風穴あけられていたのだもの」

そういえば、血界の眷属に滅多刺しにされたうえに、腹に風穴を開けられたのだったと、アスカは痛む腹に触れながら思い返していた。
生きた心地がしない。

「2、3日、入院だそうだ。安静にしているんだな」

と言うとスティーブンは脚を組んで新聞を広げ読み出した。
その姿をアスカはただただ見つめる。
そして広がる沈黙。
数分経ってからその沈黙を破ったのはアスカだった。

「スティーブンさん、わたしの力不足でした」

思いもよらないアスカの言葉に新聞から目を離し、スティーブンはアスカを見つめた。

「どうした?君らしくない」
「いえ、一応上司に謝罪を・・・」

スティーブンのスマートフォンが鳴る。

「仕事に戻った方がいいんじゃ、ないんですか」
「あえて言うけれど、僕も怪我しているんだよね」

自分の包帯をスティーブンは指差さして、アスカに見せた。
しかしアスカはじっとスティーブンのスマートフォンを見つめ続ける。

「分かったよ、アスカ。夜にまた覗きにくる。それまで、しっかり安静にしているように」

と言うとスティーブンは鳴り響くスマートフォンを片手に忙しなく病室を後にした。
スティーブンが居なくなった病室はとても静かだ。
アスカはベッドに横になりながら窓の外のヘルサレムズ・ロットを眺めた。
窓の外は至って変わらない街並みが広がっている。

「―――失敗作」

アスカは薄れてゆく夢を思い出していた。


***


スティーブンが病院を出て大通りを歩いていると、黒塗りの車が正門のど真ん中に停車しているのが目に入った。
その車にスティーブンは近づき、後部座席に乗り込む。

「怪我は大丈夫かい?」

スティーブンが乗り込んだ車の後部座席にはクラウス・V・ラインヘルツが既に乗っていた。
運転席には、老執事・ギルベルト。

「まあ、なんとか。それよりクラウス」

スティーブンが乗り込んだ後部座席は、足の踏み場もないほどの大量の資料で溢れていた。
彼がライブラのアジトからスティーブンと合流するまで読み込んでいた資料たちだ。
几帳面なクラウスがこれほどにも読み散らかすのはとても異常だ。
クラウスが読んでいる資料は、どれも同じ案件を扱ったもの。
ニューヨークでおこなわれていたと言う『血界の眷族研究』

「研究所跡地を早く探した方がいい。」

スティーブンは苦虫を奥歯で潰すように言った。

「ニューヨークでおこなわれていたという血界の眷族の『偽者(フェイカー)』を生む研究。その重要参考人を見つけたのかもしれない。」

クラウスは静かにスティーブンを見つめる。

「クラウス。僕に彼女が救えるだろうか」


***


アスカは病院の屋上に居た。
屋上に干してあった大量のシーツが風にたなびく。
アスカはそろそろと腹に巻かれた包帯をはずし、細い指で自身の腹を撫でた。
先ほどまであった腹の傷が跡ものこらないほど綺麗に治っている。
ヘルサレムズ・ロットの医療技術は異界基準。
大概の怪我は治ってしまう。
しかし、この治癒の早さは異常だ。
アスカは分かっていた。
この傷がなぜ治っているのか。
アスカは空を見上げた。
霧かかった空だけが変わらずにあの日のままだ。
大崩落の日のまま、空だけは変わらずに灰色がかった色をしていた。


***


深夜の日付が変わった頃にスティーブンはアスカの病室へやってきた。
病室のほとんどが消灯し、寝静まっている。
スティーブンが病室に入るとアスカはベッドサイドの電気をつけて待っていたようで、寝ずに起きていた。

「傷口の調子は?」
「痛みますが、大丈夫」

スティーブンはベッドの横に椅子を置くと腰掛けた。
アスカはすでに少し眠そうに、目をしばしばとさせている。

「すまん。遅くなった」

いえ、大丈夫ですとアスカは言うがこれは少し辛そうだ。
ベッドサイドの橙色のライトがアスカに陰影をつけ、長い睫に影をつけた。
それをぼっとスティーブンは見つめているとアスカと目が合った。

「解雇ですか」
「へ?」
「解雇されると思って、一日過ごしていました」

と言うとアスカは目を伏せた。
長い黒髪が顔にかかり、これ以上の表情が上手く読み取れない。

「負けたうえに、怪我まで負って、弱い奴は要らないと言われると思っていました」

アスカは押し殺したような小さな声で言う。
その姿が何故かとてもスティーブンには、意地らしく可愛らしく見えた。
スティーブンは鼻で笑うとアスカの頭に向かって手のひらでチョップを送った。

「君は良くやってくれた。こうしてお互い生きているのだから良しとしようじゃないか」

と言うと頭の上の手のひらを返して、スティーブンはアスカの頭を撫でた。

「スティーブンさん、」

俯いていた瑠璃色の眼差しがスティーブンをまっすぐと射抜いた。

「貴方がいつものままで、よか―――っ」

ベッドが軋む。
座っていた椅子が倒れた。
スティーブンは身を乗り出してアスカが言葉を言い切る前に彼女の口を自身の唇で塞いだ。
彼女の絶望的な状況をどうやって救うべきか、その作戦を脳裏で考えながら。










第八話 「One cannot put back the clock.#3(時計は逆には戻せない)」
to be continued...




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