That's Life!!!



異界人と人間で溢れる街路地をアスカは器用に通り抜け歩いていく。
誰かが誰かを殴る拳をするりと通り抜け、時には誰かが誰かを食らいつく牙を何食わぬ顔で通り抜けていく。
アスカにとってヘルサレムズ・ロッドの街は歩き慣れた街だった。
きっと霧の向こう側よりも歩き方を心得ている。
暫く街中を歩くとアスカは路地裏に入って行った。
アスカが進む道、歩けば歩くほど、すれ違う輩の柄は悪くなっていくばかり。
形容し難い姿の異界人たちがアスカの横を横切っていく。
しばらく歩くとアスカは、薄暗い路地の一際暗い地べたに座り込み、今は亡き球団、NYヤンキースの帽子を深く被りなおした。
するとしばらくして、暗がりの影が蠢きながら感嘆の声が鳴った。

「こんな時間に来るなんて珍しいじゃないか」

その影は低く地面に響くような声をしていた。

「いつぶりにここに来たのかな」
「貴方から仕事を最後に斡旋してもらってからだから、数ヶ月ぶりだと思う」

その影の声にアスカのつんとした表情が少し和らいだように見えた。

「そうか、そうか。ちゃんと生きているのかね?」
「ええ。一応、首は繋がっているし、心臓も動いている。お腹も空くし・・・恐らく、これを一般的に云われる『生きている』と言っていいんだと思う。」

何かが腐った鼻をつんざくような臭いがこの路地にはひどく広がっているが、アスカはちっとも嫌そうな素振りは見せず、まるでそれらが香ってすらいないような、とても平然としていた。
そして、アスカは小さく口元も緩めて笑顔を作る。

「貴方に会いに来ました。ミスタ・モロス」

蠢く影の中には腰を丸めた老体の異界人がいた。
その老人の姿はとても醜く、異界人ですら恐れおののき逃げ帰ってしまうだろう。
気が緩めば影と同化し、闇に溶け込んでしまいそうでもあった。
ミスタ・モロスと呼ばれる異界人は灰色のマントと体を丸く折りたたみながら、アスカと向き合うように座る。

「また、コロシの斡旋でもせがみに来たのかい?」

いいえ、とアスカは首を横に振り、

「実は、非正規雇用者から正規雇用者になりました」

とアスカは少し自慢げに言ってのけた。
その言葉にモロスは感心したように喉を鳴らし、目を細める。
生きるために様々な仕事をアスカはモロスから請け負って生活してきた。
しかし、アスカのように崩落以前の記憶がなく、識字力も無い人間に請け負える仕事は少なく、ほとんどが一回きりの裏家業の仕事だった。
そんな中のスティーブンとの雇用契約だ。
アスカがモロスに自慢する姿も愛いらしいものがある。

「話せば長くなるのですが、ある組織の末端に所属したみたいです」

秘密結社ライブラのスティーブンの私兵になった事こそ伝えはしないが、アスカは嬉しそうにモロスに言う。
アスカと異界人・モロスの関係はとても長く濃い。

「アスカ、君とはとても長い仲だ。どこの組織に関わっているかは君のために聞かないが、しかし、やはり、とても心配ではある」
「ええ。だから貴方に会いに来ました」

アスカは帽子のつばで隠しながらも、モロスに笑顔を作って見せた。
この二人の関係を語るには、ヘルサレムズ・ロットという街がこの世界に出来たときまで遡らなければならない。
アスカという記憶喪失少女がどうやって、崩落直後の有象無象が蔓延るヘルサレムズ・ロットで生きてこられたのか。


***


「大崩落が起こる以前のニューヨークで数十年に渡って秘密裏におこなわれていた研究―――・・・」

秘密結社ライブラのアジトとしているビルの高層階。
クラウス・V・ラインヘルツとスティーブン・A・スターフェイズは、重苦しい空気の中、他のライブラメンバーを排除した上で密談を交わしていた。
クラウスとスティーブンが覗き込む書類は、牙狩り本部が調査報告として極秘配布している資料だ。
その資料はつい最近まとめられたもので、どの話をとっても、二人にとって始めて聞くものばかりだった。

「おい、クラウス。こんなことが人智の中で出来ると思うかい?」

スティーブンの言葉にクラウスは押し黙る。
人間のDNAを元に直接術式を書き込む方法で生まれたといわれる血界の眷族という存在。
長年人類にとって倒すべき存在として君臨してきた宿敵を倒すために、手段を選ばない人間をクラウスもスティーブンもよく知っていた。
そして、自分たちもまたそうであると理解していた。
血界の眷属を倒すためには、血界の眷属を知る必要がある。
その探求こそが血界の眷属を追う者達を阻む大きく厚い壁であり、追求の果ての真理でもあった。
探求のための追求が血界の眷属の研究が遥か昔のニューヨークで秘密裏におこなわれていたらしい。
それが、ニューヨークが消えて無くなった今、明るみになってきたというのだ。

「―――いつしか、その研究と研究者たちは理を踏み外し、血界の眷属の偽者を作り出すことに心酔していった。」

クラウスは軽蔑した冷たい視線を資料に送り、拳を握った。


***


「ミスタ・モロス。」

いったいどれほどの時間、アスカは裏路地に居たのだろう。
気づけばだいぶ日も傾き始めていた。
アスカはモロスと一日中世間話をしていた。

「わたしに読み書きを教えてもらえませんか」

思いついたようにアスカは言った。
初めてアスカから言われた言葉にモロスは驚いてみせた。
今までモロスがアスカと付き合ってきて初めて彼女から『読み書きを覚えたい』という言葉を聞いた。
これはいくら老体のモロスでも素直に驚いてしまう。

「なぜ?」
「いや、わたしの上司から雇用契約書を渡されたのですが、読むことができずに困っているのです」

このままだといろいろと騙されてしまうような気がして、とアスカは真剣な眼差しで言った。
しかし、モロスは少し考え込むと首を横に振る。

「残念ながら、わしに人間語は教えてやることはできん。」

異界人のモロスにとって異国語のような人間語は、話すことができても教えることはできないと考えたのだ。
そしてモロスは続ける。

「それは、人間に教えて貰うべきだ。何故ならば、君は人間だからね」

拍子抜けしたようにアスカは目をまん丸にしてみせる。
その隙にモロスはアスカの頭を撫でると影に身を隠してしまった。
もう彼の気配を感じることは出来ない。

「・・・それは、困りました。」

アスカは残念そうにうな垂れてみせた。










第四話 「Spare the rod and spoil the child.(可愛い子には旅させよ)」
to be continued...





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