That's Life!!!




ヘルサレムズ・ロットの早朝は、霧が太陽の光を反射し、きらきらと空を輝かせて見せる。
すると騒がしい街がなぜか少しだけ平穏に感じることができた。
スティーブン・A・スターフェイズは、朝食を外でとるために清清しい太陽の日差しを浴びながら路地を歩いていた。
いつもならば、ミセス・ヴェデッドの作る朝食を食べてから出勤するのだが、今日は少し特別だ。
人を呼びつけ、カフェで朝食をとろうと思っているのだ。
待ち合わせのカフェは、この街がニューヨークであったときもすこぶる人気は良かったが、ヘルサレムズ・ロットになってからは、異界人にも人気の店となり、常に人間と異界人で込み合っている店となっていた。
呼びつけた人はちゃんと来てくれているのだろうか。
スティーブンは落ち着かない気持ちを必死に抑えながら、カフェを覗き込んだ。
すると目が合った。
呼びつけた人。
彼女はもう、律儀に窓際の席に座ってスティーブンを待っているようだった。

「待った?」

爽やかに言うと慣れたようにテーブルに向かう。
スティーブンの正面には、大きめのテーブルにちょこんと向かうアスカがいた。
彼が呼びつけた人というのは、アスカだった。
アスカは早朝にも関わらず、いつもどおりの整った顔つきで、少し大きめなNYヤンキースの帽子を被り、いつもどおりのパーカーを羽織っている。

「いいえ。待ちましたが、それほど待っていません。」

とアスカは首を振る。
窓越しの日差しがアスカの白い肌をよりいっそう白く際立たせてみせた。

「はじめて来るお店だったので、少し探しましたが―――」

アスカは窓越しを指差した。

「あのモニュメント。あれのお陰ですぐに探せました。」

アスカは文字が読めない。
スティーブンが電話で彼女を呼びつけたときに、店名は口頭で伝えることができたが、看板名と店名が合っているか彼女だけでは判断がつかない。
だからスティーブンはこの店を待ち合わせの店に指定した。
文字が読めないアスカでもすぐに見つけられるように。
このカフェの玄関先には個性的なモニュメントが立っていて、一種の観光名所みたいになっていた。

「今度から、この店を僕たちの待ち合わせ場所にしよう。」


***


朝食の注文を済ませるとあっという間に、テーブルの上が料理で埋まっていく。
エッグベネディクトにサラダにブラックコーヒー。
スティーブンは自分の注文が一通り揃うと、広げていた新聞を畳んでテーブルを眺めた。

「君、朝からそれ食べるの・・・?」

アスカの目の前には、アスカの顔くらいのパンケーキに生クリームがたっぷりの料理が置かれていた。

「――どんな料理か分からなくて、写真がついていたのがこの料理だけだったんです」

大きなパンケーキを前にしれっとアスカは言い、ナイフとフォークを持ってアスカは器用に、パンケーキを口に運び始めた。
識字力が低くてもナイフとフォークは上手く使えるアスカの様をスティーブンは、ぼっと見ているとパンケーキを捌くアスカと目が合った。

「どうして、わたしを呼び出したんですか」

青い瞳がとても印象的だ。
長い黒髪も相成って、まるで黒猫のようだ。
野良猫にちかい。

「君のこの前の仕事の評価しようと思ったのさ。上司として。」

コーヒーをすすりながらスティーブンは、アスカの食いっぷりを見つめる。

「上手く能力の制御の仕方を覚えたみたいだね。」

スティーブンの言葉にアスカのナイフとフォークの進む手がぴたりと止まる。
アスカの能力は自身の血液を毒やウィルスに変質するという能力。
変質した毒は人間や異界人にもよく効いて殺傷能力も非常に高い。
しかし、その能力にも大きな欠点があり、それが脳裏に過ぎったのか二人の間に沈黙が走る。
沈黙を破ったのはアスカの上司、スティーブンだった。

「以前の作戦のように、なられては困るからね。」

それは初めてスティーブンの元でアスカが暗殺をおこなったときだった。
暗殺なんて名ばかりで、ほぼ格闘戦。
アスカの能力、致命的な毒とは名ばかりではなく、相手の体を溶かすほどの強烈な力をアスカは発揮した。

「あのときは、僕がガスマスクをつけないと君に近づけなかった」

アスカの顔がみるみるうちに赤くなる。
必死に彼女はそれを隠そうとしているが、隠しきれて居ないその姿がスティーブンにとっては、可笑しくてしょうがない。

「それに、死体と一緒に毒にやられて、君もぶっ倒れていたんだもの!」

ガハハとスティーブンは笑いこけた。
戦闘中、相手は能力の毒で倒すことができたが、敵を倒すための毒にアスカ自身も侵され、病院送りが事の真相。

「あの失態はたまたまです。換気が悪い室内だったから・・・!」

アスカの能力の大きな欠点は、自身に抗体がないがために自身にも毒が効いてしまうことにあった。

「貴方に言われたとおり、自分の能力の制御方法を覚えました」

Lv.1 対象者の日常生活を妨げる程度の能力
Lv.2 対象者の始終の自由を奪い去る程度の能力
Lv.3 対象者を殺める程度の能力
Lv.4 自身から1m以内の人間を殺める程度の能力
Lv.5 自身を毒・ウィルス媒体にし、半径3キロ圏内を死界にする程度の能力
とアスカは数えるように言った。

「・・・レベルが上がるほど強烈だね」

スティーブンの言葉にアスカは不満そうに、もう同じ失態はしませんから、と言い、膨れ面で外を眺めた。
長いまつげに影がおちる。
一見、ごく普通なアスカという女が、他者を瞬殺できる猛毒やウィルスを体内に所持していると誰が思うだろうか。

「僕はね。君に捨て身になってまで、能力を使って欲しくはないんだよ」

アスカのするどい瞳がスティーブンを見つめ、しばらくして瞳を伏せた。
そして、何か言いたそうに口を開くが、すぐに噤む。

「・・・そろそろ時間じゃないんですか」

しんっと透き通ったいつもの声でアスカは言った。
腕時計を見ればそろそろ出勤の時間だ。
スティーブンは新聞を脇に挟むと残ったコーヒーを飲み干して、席を立つ。
それからと言うものの、二人の間に特に会話はなく、スティーブンが店を出るまでアスカは彼と目を合わすことは無かった。









第三話 「Learn to walk before you run.(走るより前に歩き方を学べ)」
to be continued...





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