ひとりの女を殺した。
その女はまだあどけなさが残る女で、ライブラの構成員だった。
彼女がライブラの情報を金に変えていたのはとうの昔から知っていた。
しかし、情報を売る行為がついに機密情報まで触れてしまっては放っておくことはできなかった。

「後は我々が処理します」

女の亡骸をぼおっと眺めていたらいつの間にかファン・タイホンが後ろに立っていた。

「ああ、よろしく頼む」

誰かを傷つけ、誰かを殺めることはヘルサレムズ・ロットに来る以前から慣れていた。
そして、この街に住みだしてからは当たり前になっていた。
しかし「仲間を殺める」ことについては、どんなに心を冷たく凍えさせようとしてもスティーブン・A・スターフェイズは慣れることができずにいる。


That's Life!!! 番外編 「night gets deeper」


「何も貴方が気に病むことはありません」

淡々とスティーブン直属部隊に属するファン・タイホンは、上官のおこなった行為を肯定するために口を開く。
それが彼の敬愛の言葉だと知るスティーブンは、ファンの言葉に耳を傾けた。
霧深いヘルサレムズ・ロットの街の夜はとても暗く深い。
月が昇り月明かりはあるものの、外界に居たときよりも月明りは弱々しい。
スティーブン・A・スターフェイズは自宅近くの駐車場でぼおっと月を見上げていた。
その横には直属の部下であるファンが暗がりに佇む。

「彼女が機密情報に手を出したとき、こうなることは決まっていた。言うなれば、彼女が望んで選んだ行末です」
「ああ」

ファンの言うとおりだ。
どんな組織でも一定の規律は必要であり、この有象無象が集まるライブラでは規律だけではなく、粛清も必要だとスティーブンは心底に思う。
組織人として規律のボーダーラインを超えた人間を誰かが罰し糾弾しなければならなかった。
クラウスにできないことを副官であるスティーブンが粛々とおこなっているだけのことである。
しかし、どうも後味が悪い。
相手が女であること。
相手にまだ少女のあどけなさが残っていたこと。
そして、何より仲間であったということ。
心の奥深くに押し隠していた何かが渦を巻いて心と頭の中を滅茶苦茶にしているような、腹の底から気持ち悪いと感じる感覚に襲われる。

「まさか、アスカと重ねているわけじゃ、ないですよね」

ファンの言葉にスティーブンは目をまん丸にして驚いて見せた。

「なぜ、そう思う?」

そのスティーブンの表情にファンは溜息を吐いた。
他人の心や考えを見透かすことは簡単にできるのに、何十にも重ねた鉄火面のせいでどうもスティーブンは己の心の動きには鈍感である。
ひょんなことで他人に指摘されて気づくことがおおいのだ。
ファン・タイホンの言葉はそのうちの一つだった。

「・・・顔に書いてありますよ」

とファンは上官に冷たい視線を送る。

「一時の遊びだったとはいえ、あの生娘は貴方の裏の顔を少しだけ垣間見ている。私はそんなあの女が、貴方の重荷の一遍を払いのけてくれればいいなと思っています。」
「そんな大それたことを」
「いいえ。我々にできる荒事はとても単純で簡単な事ですが、我々では心に血を通わせた人の傘になることはできません」

アスカならそれが出来る。
ファンはその言葉を言い残すと暗がりに消えて行った。
駐車場に一人残りスティーブンは月を見上げた。
霞がかかった月の明かりでは、暗闇の中人の影を作るほどの力はどこにもく、真夜中というだけあって辺りはとても静かで遠くの自販機のジーという機械音だけが辺りに響いていた。

「心に血・・・ね」

ファンの言葉を撫でるようにスティーブンは呟いた。
スティーブンは一人肩を落とすとポケットからスマートフォンを取り出して、電話帳を広げた。


***


「こんな真夜中に呼び出すなんて、嫌な上司だ」

と自転車をこぎながら駐車場へやってきたアスカは、開口一番に言った。
眠っていたのだろうか、彼女の黒い髪はぼさぼさで、目をしょぼしょぼとさせていた。
アスカは自転車から降りるとスティーブンにコンビニ袋を差し出した。

「悪いですけど、ギネスしか売ってなかったので、ギネスビールで我慢してくださいよ」

わたしは貴方のパシリですか、と口を尖らせながらアスカは、スティーブンが寄りかかる車止めにひょいっとジャンプをして腰掛けた。
スティーブンに缶ビールを渡すとアスカはコンビニ袋に手を突っ込んで自分用の飲物を取り出す。
アスカがペットボトルの炭酸飲料の封を切っているを見て、スティーブンは渡された缶ビールの封を切った。

「なにかあったんですか」

缶ビールを口につけていると、アスカは街頭だけが灯る駐車場を眺めながら言った。

「深くは聞きません」

アスカはスティーブンとの心の距離の取り方を弁えていた。
それは初めて彼女と出会ったときから今まで変わらないことの一つだった。
それがスティーブンにはとても心地よく、有り難いと思うこともただあったが、時に寂しくも感じた。

「僕ってさ、わかりやすい?」
「うーん、どうでしょうか」

アスカは困ったように顔を歪めた。

「貴方が仕事でもないのに、こうやって呼び出すのは少し珍しいなって思って」
「仕事以外で呼び出されるのは嫌かい?」

無性に君に会いたいと思った。
スティーブンはアスカの横顔を眺めながら心の中で呟く。

「いいえ」

スティーブンの問いにアスカは、はにかみながら首を横にふった。
二人のいる駐車場はヘルサレムズ・ロットの雑音が嘘のように遠のいていて、とても静かだ。
まるで世界に二人しかいないような錯覚を生む。

「終わりに立ち会うということは、とても辛いことです」

だから人は何かに縋ろうとする。
たとえば、神という存在に。
たとえば、母や父という存在に。
たとえば、最愛の人という存在に。

「あなたがどんなものに立ち会ったかは聞きませんが、わたしを必要としてくれたことは正直に嬉しい」

と言ってアスカは青い硝子玉のような瞳をスティーブンに向けてほほ笑んだ。
アスカはスティーブンに手を伸ばす。
細くて白い指がスティーブンの髪に触れた。

「貴方はどうしようもない人ですから、わたしが一緒に居てあげますよ」

と言ってアスカはスティーブンの頭を自身の腕の中に引き寄せた。

「まさか、君からそんな言葉が聞けるなんて思わなんだ」
「そうです?わたしは案外、優しいんですよ」

アスカの胸の中の温もりを感じながらスティーブンは瞳を閉じる。

「キスしていい?」
「お酒くさいのは、ちょっと・・・」
「ケチだな」

スティーブンが持っていた缶ビールが泡を零しながら地面に転がった。
二人の影が重なる。
静けさが広がる駐車場に二人だけ。
夜が深くなる。
深くなる。







「night gets deeper」 了
20171229



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この話を書くためにB2B2巻を読み返したのですが、ミットナイトブルー最後のファン君とスティーブンのやりとりに怖さを感じております。
あまりに我がなさすぎて、スティーブン怖い・・・
ヒロインは一応、スティーブンの私設部隊を持っているのを知っていたり、えぐいことをやっていることも知っていたりする設定なので、こんな話に。


金城IKKI






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