「あ!アスカだ!」

と子どもの声で呼び止められてアスカは振り返った。
正午過ぎのヘルサレムズ・ロットの街中での出来事だった。

「こんにちは、アスカ」
「ヴェデッドさん、こんにちは。ガミエル、エミリーダもこんにちは。」

そこに居たのは、スティーブンの自宅で家政婦をしているヴェデッドとその子どもらだ。
買い物帰りのようで大きな袋をウェデッドは抱えていた。
特に目立つのはガミエルが持つ大きなロボットの玩具とエミリーダが抱える大きなくまのぬいぐるみだ。
アスカはそれがもの珍しく、しげしげと腰を低くして見つめた。

「大きな玩具だね。どうしたの?」
「もらったの!」
「貰ったの?」
「うん、サンタさんからのプレゼントだよ!」

ああ、とアスカは喉を鳴らした。
そして辺りの街並みを見回す。
ヘルサレムズ・ロットの街は異界と交わりながらもニューヨークだった頃のクリスマスの面影を残して、異界人も人間も関係なく、クリスマスと云う日を謳歌していた。
しかし、浮世に無頓着のアスカは今日がクリスマスということがすっかり頭の中から抜けていて、今朝スティーブンに夜の予定が空いているか確認の電話がかかってきたのはこのためか、とアスカはクリスマスの飾り付けを眺めながら思った。


That's Life!!! 番外編 「あんたのどれいのままでいい」


ライブラ事務所でスティーブン・A・スターフェイズはパソコン画面を見つめたまま固まっていた。
すべての時が止まって、自身の血の気が引いていくのを感じる。
今日はクリスマスだ。
イベンド好きのヘルサレムズ・ロットの住人は、クリスマスというイベントに乗じて騒ぎを起こすに違いない。
そんなことは分かりきっているし、スティーブンの考えの想定範囲だった。
もし騒ぎが起きたのなら、ザップやツェッドに押し付けて自分はできるだけ、なんとしてでも今日という日のうちに帰宅をしようと考えていた。
彼がこんなにも一生懸命になるのは、アスカと今晩の約束を取り付けたからだ。
アスカは今まで、世間の行事ごとには遠い場所に居た。
そのせいか、浮世に対して恐ろしいほど彼女は無頓着で、昨日の電話越しではクリスマスという日など頭の中にないようだった。
だからせめてスティーブンはクリスマスという日の過ごし方を彼女に教えてやりたいと思った。
が、すべての計画が一件のメールで全てひっくり返ってしまった。
スティーブンはそのメールを読み終えると、キーボードに向かって全身の力が抜けたように頭から突っ伏してしまう。
その冷血漢らしからぬ行動にその場にいたザップやレオナルドが思わず驚いて、部屋の隅っこに逃げてしまうほどだ。

「おい、レオ。ありゃあ、なんだ・・・」
「な、なんかあったんすかね・・・」

怯える二人を尻目にスティーブンは重い体を必死に起き上がらせながら、もう一度パソコン画面に向かった。
メールの相手はライブラの活動資金源であるスポンサー社長の娘だった。
スティーブン自身が人脈を使い社長の娘を抱き込んで、資金を集めた経緯があり、そのため社長の娘のお誘いは、スティーブンは絶対に断れない。
メールの内容は活動資金集めを口実にしたクリスマスの夜のディナーの誘いであった。
クリスマスの夜に大人の男女が会ってやることは一つだ。
スティーブンは自身が蒔いた種とはいえ、己の不甲斐なさを強く悔やみながら社長の娘にメールの返信を打ち込み始めた。


***

それが数時間前の出来事。
クリスマスのイルミネーションが少しずつ灯りだした夕方、スティーブンは繁華街を例のスポンサー社長の娘と闊歩していた。
こんなに女のつける香水が気持ち悪いと思ったのは、スティーブンは初めてだった。
腕を組む左腕に女の豊かな胸を押し付けられるほど、自身の男の部分がたちまち萎えていくのが手に取るようにわかる。
大事なスポンサーの娘であるから、粗末に扱ってはしてはいけないと良く理解しているのにも関わらず、態度はとても淡泊になってしまう。
それでも女はとても満足げにスティーブンの横顔を見上げていた。
女の顔を見つめつつ、これからおこなわれるだろう情事にスティーブンは飽き飽きしながら心の中で溜め息をつく。
アスカと約束をそのままに、スティーブンは別の女と会っている。
本来ならアスカとの約束をキャンセルしなければならないのに、彼女と会いえるチャンスを自ら手放したくなかったのだ。
その中途半端な自分の心にも反吐が出た。
アスカに会いたい。
こんな興味もない女よりも、彼女がいい。
そう思ってクリスマスの雑踏を歩いているとスティーブンは、良く見慣れた姿を見つけた気がした。
しかし、こんな高級ブティックが並ぶような通りに彼女が居るはずがない。
青い硝子玉のような瞳と目が合った。
それは、今この場を誰よりも見られたくない人。
今一番、スティーブン・A ・スターフェイズという男が求めている女だ。

「アスカ」

その青い瞳は一瞬だけ驚いたように瞳をぱちぱちと瞬きさせると、何食わぬ顔でスティーブンの横を横切った。


***


「ごめんなさい、アスカ。買い物に付き合わせてしまって」

ガミエルとエミリーダもお気に入りの玩具を持って飛び回り、ウェデッドとアスカは大きな紙袋と買い物袋を二人抱えて繁華街を歩いていた。

「いいんです。この高級ブティックが並ぶ通りを横切ると近道になるので、帰るときおすすめです。」

と言うとアスカはウェデッドに自身が持っていた紙袋を渡す。
道端で偶然出会ったウェデッド家の買い物にアスカは、付き合うことになった。
子どもたちの洋服やら学童道具やらを買い込んで一日を過ごした。

「アスカ!プレゼントありがとう!」

と言ってガミエルとエミリーダはアスカから貰ったカラフルなプレゼントを翳しながら飛び跳ねる。
そんな健気な子どもたちを見つめつつアスカは満足げに微笑むのだが、ウェデッドはアスカの顔を不安げに覗き込んだ。

「どうしたの?アスカ、さっきから元気ないようだけれど」
「え?」

ウェデッドが言っている意味が分からなく、アスカは自身の顔を指さしながら頭に疑問符を浮かべた。
何かあっただろうか。
思い当たる節があっただろうかと、思い返す。
心が妙に重たく感じるのは、きっと道端でたまたまスティーブンを見つけたからだ。
スーツ姿のスティーブンは綺麗な女性を連れていた。
よく見かけるこの光景であるのに、何故か非常に胸が重たく苦しい。
そんなことを考えながら、帰路に向かうウェデッド家の後姿をアスカは、見えなくなるまで見つめた。


***


俗にいうこれを「待ちぼうけ」と言うのだろう。
アスカはスティーブン宅の大きなダイニングテーブルの一番端の隅の席に腰かけて居た。
とても広くて大きなこの家は、一人でこの家の主を待つには少し持て余してしまう。
大きな窓から望むヘルサレムズ・ロット夜景は、どれも宝石のようにきらきらとして見えた。
時刻は深夜の0時手前。
年に一度のイエス・キリストの生誕祭があと数時間で終わろうとしている。
ライブラでの仕事量はアスカとスティーブンとでは、雲泥の差ほど業務量には差があった。
きっと仕事が忙しいに違いない。
と考えつつもアスカは脳裏に嫌に焼きついた道端ですれ違ったスティーブンと女の姿を思い浮かべた。
今晩はこのまま帰ってこないかもしれない。
テーブルに頬杖をついてアスカはただただ考える。
なんだかとても面白くない。
スティーブンと女が歩く光景を思い出せば出すほど、不快な気持ちになっていく。
そんなことを考えているとインターフォンが鳴った。
アスカは鳴るインターフォンの対応におろおろと戸惑っていると、インターフォンがますます盛んに鳴り響く。
あまりにもインターフォンが押されるので、しょうがなく玄関ドアを開くとそこにアスカも見上げる大きな男が立っていた。
この家の主、スティーブン・A・スターフェイズだ。

「アスカ!会いたかったぁ」

きょとんと自分を見上げるアスカと顔を見合すなり、覆いかぶさるようにスティーブンはアスカを抱きしめた。
抱きしめるなんて言葉は聞こえがいいだけで、覆いかぶさり乗りかかられるアスカは、自分よりはるかに重たく筋肉質な男の身体に倒されないように踏ん張った。
ご機嫌に嬉しそうにスティーブンは頬をアスカに擦り寄るのだが、じょりじょりとした髭が痛くてしょうがない。
そしてかなり酒臭い。

「スティーブンさん、貴方・・・」

アスカは眉間に皺を寄せながら酔っ払って上機嫌なスティーブンを引き離そうとするが、スティーブンはぐぐぐと笑みを浮かべながら顔を近づけてきた。

「ああ、やっぱり、お酒くさい」

思わず、スティーブンに対して苦悶の表情を浮かべるアスカは、抱きつくスティーブンの身体を押しのけた。
しかし、押しのけるとスティーブンはぐらりとよろけてひっくり返りそうになるので、慌ててアスカはそれを引き止めようと体を支えたが、簡単に一緒に床へへたり込んでしまった。
気がつけば、玄関ドアを背に床にへたり込んだスティーブンの胸の中にアスカは居た。
酒が入りスティーブンの白い肌が少しだけ紅潮していて、顔も火照っている。
こんなに酔っ払うスティーブンをアスカは初めて見た。
今までどんなに酒を飲んでも、表情に出さない彼がふらふらになってまともに歩けなくなるまで飲んで帰ってきたのだ。
アスカは大きな溜息を吐く。

「もう、こんなに酔っ払って来ちゃだめじゃないですか」

と言ってアスカは、スティーブンが身につけていたマフラーに手をかけ、解いていく。

「アスカ、僕はきみにあいたかったんだ」

とろんとした表情のままスティーブンは言う。

「待っていてくれたんだ。うれしい」
「―――コート、脱ぎましょう。スティーブンさん」

マフラーを外したアスカは、今度はスティーブンのコートに手をかけた。
スティーブンの着衣を脱がすその様は、情事のときの行為を連想してしまいアスカは顔を赤らめる。
その初心な姿がスティーブンには一際、愛らしく見えてますます顔を緩めた。
自身の上司のあられもない姿に躊躇しながらもアスカはコートとジャケットを脱がし終わった。
アスカの手は、今度はスティーブンの首元へ伸び、細くて小さな手でスティーブンのネクタイを解き、ワイシャツのボタンをおずおずと外していく。
スティーブンの赤い瞳と目が合った。
とろんとしたスティーブンの瞳は、表情とは裏腹に熱を持っていて、男を感じる。
そんな眼差しからアスカは必死に視線を反らすと、スティーブンの体を背負い込むように抱き起こして、ふらふらとよろけながら寝室まで運んでいった。

「僕はきみのためにがんばったんだ。褒めてよ」
「え?」

寝室のベッドの前まで運んだときアスカの耳元ではあと溜息混じりにスティーブンは呟いた。

「今晩、君と居る約束を取り付けてすごくうれしかった。だけれど、嫌な女にその予定を上書きされちゃったんだ」

嫌な女とは昼間にすれ違った際に見かけた女なのだろう、とアスカは思った。
酔っ払ったスティーブンをベッドの上にスティーブンを転がした。

「その女と夜を過ごすってことは、その女とヤらなきゃならない。それは僕にとっては凄くいやな事だったんだ」

転がされながらベッドの上で大の字に仰向けになりつつ、スティーブンは続ける。

「だから、死ぬほど酒をのんで、相手が呆れて捨てて帰るまで酒をのんできた」
「―――スティーブンさん、靴、脱ぎましょ」

スティーブンの言葉をひとつひとつにアスカは、息を飲む。
自身の顔も火照っていることを悟られないように顔を隠し、革靴を脱がせようと手を差し伸べたところをスティーブンにその手を掴まれて止められた。

「クリスマスの夜を一緒に過ごすのは君がいい。アスカじゃなきゃ、だめだ」

耳を塞ぎたくなるほどの愛の言葉を囁かれてアスカは、恥しくなって思わず顔を塞ごうとする。
が、その腕を引っ張ってアスカをベッドの上へ引き寄せると、スティーブンは自ら革靴と靴下を脱いでアスカを抱き込んだ。
酒のせいか、熱を帯びたスティーブンの赤い眼差しがアスカへ降り注ぐ。

「―――それなのに、なんで無視したの」
「気づいていたんですか・・・」
「当たり前。」

とスティーブンに言われアスカは分が悪そうに瞳を伏せた。
どれが正しい対応だったのかアスカは考えを巡らせるが、アスカの乏しいコミュニケーション能力では正しい対応は不可能だと自ら思う。

「アスカ、どんな気分だった?僕の姿をみて」

アスカの胸にスティーブンは額を寄せる。
まるで大型犬が飼い主に体を摺り寄せる様にその姿は似ていた。
スティーブンの催促にアスカはおずおずと答える。
その感覚はアスカが生まれて初めて感じる心の感覚だった。

「―――胸が重たく苦しくなって、なんだか、とっても面白くない。」

と顔を赤らめながらぼそぼそと言うアスカにスティーブンは嬉しくなって、ぎゅうううっと力いっぱい抱きしめるとベッドの上にアスカを押し倒した。
ぼおっとアスカは寝室の天井を見上げる。

「スティーブンさん・・・」

すうすうと寝息が聞こえる。
アスカを抱きしめながらスティーブンは夢の中。
酔っ払って絡まれて、ベッドに押し倒されて、抱き抱えられたまま眠られる。
どれも一方的ではあるけれど、アスカにはそれがどうしても嫌になれなくて、むしろ心が温かく、幸せな気分になれた気がした。
時刻は0時過ぎ。
クリスマスの夜は静かに幕を閉じる。


***


悲鳴混じりにスティーブンは目を覚ました。
と同時に自分の声が二重に頭の中に響いて頭を抱えてしまう。
カーテン越しの窓から日差しが差し込み、朝焼けのヘルサレムズ・ロットの街並みが窓の外から望むことができる。
気づけば朝だった。
朝だと言うことは、クリスマスはとうに終わっているということだ。
昨晩、アスカと玄関先で会うことができたところまではスティーブンは覚えているが、それ以降の記憶が朧げで不確かなことばかりで、二日酔いの頭を抱えてしまう。
着替えもせずに寝てしまったばかりに、昨日の仕事着のまま、スティーブンはベッドの上から降りた。
一緒にベッドに入ったアスカの姿が辺りに見当たらない。
スティーブンは二日酔いでぐらぐらする頭を押さえながら、アスカを探すために寝室を後にし、ダイニングルームへ向かう。
しかし、そこへ降りてもアスカの姿は見当たらなかった。

「ああ、起きました?スティーブンさん」

キッチンからひょっこりと顔を出すアスカにスティーブンは目を丸くして驚いた。
その表情をアスカは怪訝そうに見つめる。

「そんな驚かなくたっていいじゃないですか」
「いや、すまん」

帰ってしまったと思った。
きっとアスカにとって昨日の晩は散々なクリスマスの夜だったに違いない。
彼女を待たせた上に、相手が酔っ払って帰ってきたなんて、普通の女なら怒って帰ってしまうだろう。
それなのに、アスカはいつもと代わらずにっこりと笑みを作りながら自分の前に立っているではないか。
それが嬉しくて、申し訳なくて、スティーブンはアスカを抱きしめて髪がぐちゃぐちゃになるほど撫で回した。

「わわわ!スティーブンさん!」

牛乳が入ったマグカップ片手にアスカは声をあげる。
ひとしきり撫で終えるとぼさぼさの黒髪の隙間からアスカは青い瞳をスティーブンに向けた。
硝子球のような宝石のような青い瞳に、スティーブンの姿はしっかりと映っている。

「スティーブンさん、メリークリスマス」

その笑顔がスティーブンは堪らなく愛らしく見えて、何もかもふっとんでしまうくらい愛おしかった。
そして、彼女と彼女の笑顔に自分の感情も言動も心もかき回されてしまっているのに気づく。

「一日、遅れだよ、それ」
「いいじゃないですか。先に寝ちゃったのはスティーブンさんですよ」

それでもスティーブンは構わないと思う。
彼女の笑顔をずっと近くで見て居たいから。








「あんたのどれいのままでいい」 了
20171226





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甘夢、クリスマスネタ(間に合わず)そして無駄に長い。
本編執筆当時から書きたかった酔いどれスティーブンを書きたかっただけの話です。


金城IKKI

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