最終話 「That's Life.(それが人生)」



「―――というわけで、だな。旧ニューヨークシティでおこなわれた血界の眷属研究および『偽者』研究について報告は終了。事件は万事解決!」

あれから1ヶ月が経った。
至って普段と変わらない秘密結社ライブラの日常が続く。
旧ニューヨークシティでおこなわれていた血界の眷属研究と呪われた研究者たち、そして、非人道的な血界の眷属の偽者研究と、それを手引きしていた血界の眷属の存在。
人界で未踏の研究領域にまであと一歩まで近づいたとされる偽者研究についての報告が、牙狩り本部はどうしても必要だった。
そのために潜ったヘルサレムズ・ロット最深部にある研究所。
これらの始終をスティーブンはライブラ主力メンバーを集め、1ヶ月前の出来事として報告書とともに説明をおこなった。

「なんで俺も連れて行ってくれないんすかー、スティーブンさん」

スティーブンの報告を聞き終えると報告書を手にしてザップはソファに凭れかかりながら言った。
1ヶ月も経ちスティーブンたちの戦闘の怪我も癒えたのだが、まだ頬や腕には絆創膏や包帯が残っていた。

「こんな陰毛頭つれて行くなら、俺も連れてってほしいすよ」
「ははは、誰が陰毛頭だい!」

机の上に広げられた資料を読み込んでいたチェインがひとつの資料を取り出した。

「スティーブンさん。この研究日報に残っている、実験体489号についてですが日報どおりだと、彼女ってまだ生きているんじゃ―――」
「そう、それ。君が思うとおり彼女は生きている・・・が、彼女は3年前の大崩落時に死んだ、と言う事にする。」

という意味深なスティーブンの言葉にチェインだけではなく、ザップとレオナルドは首をかしげた。
スティーブンは溜息をつきながらライブラリーダーを横目で見つめた。
見つめた先のクラウスは大きな体を丸く小さくさせながらパソコンに向かっていた。

「―――-よし!」

真剣にミーティングをしているスティーブンたちを尻目に、クラウスはご機嫌にパソコンからプリンタへ印刷送信した出力を待つ。
しばらくしてプリンタから刷きだされた出力用紙を確認すると、ミーティングの横を素通りしギルベルトを呼んだ。
どうやら外出をする気らしい。
ライブラリーダーの行動に呆気にとられているとクラウスは振り返り言った。

「スティーブン、そろそろ行こう。――あと、レオもついて来て」

と言って先にクラウスは先にギルベルトを連れて降りていってしまった。
突然のことでレオナルドは戸惑っているとスティーブンと目が合った。

「えええ!な、なんすかスティーブンさん」

レオナルドに対して、露骨に嫌そうな表情を浮かべるスティーブンが居た。


***


スティーブンに呼び出されたアスカは、いつものカフェに居た。
あの一件の後、アスカはスティーブンと連絡を取り合っていなかった。
アスカはスティーブンと私兵としての雇用契約を結んでいたつもりが、スティーブンが作成した契約書が体を成してなかったことが分かった以上、彼と連絡を取り合う関係ではないと思ったからだ。
スティーブンから貰った携帯に久しぶりに彼からの着信がついていたので、通話をしてみると彼にいつものカフェに呼び出された。

「うーん・・・」

カフェでアスカはスティーブンを待っていると、彼女の思いも寄らない展開が広がり、思わず眉間に皺を寄せて唸ってしまった。

「――圧が凄いです・・・」

カフェにやってきたのは、スティーブンだけではなくライブラリーダーのクラウスと友人のレオナルド。
アスカと対面するように2人がけのソファ席にその3人は狭そうに座りだしたではないか。
クラウスはいつもどおり涼しい表情を浮かべているが、その隣に無理やり座ろうとしているスティーブンとレオナルドはかなり辛そうに見えた。
特にレオナルドはほとんどソファに座れて居ない。

「怪我の調子はどうだい?包帯は外れたように見えるが・・・」

クラウスは優しくアスカに問いかけた。
怪我の治りは普通の人間よりは早いものの、血界の眷属の庇護が無くなったためか、以前の再生能力ほどの治癒力はアスカにもうなかった。

「ええ。ほとんど治りました。でも、まだルシアナ先生には、心臓を診てもらっています」

血界の眷属を封印した後、アスカは意識を失い、ブラットベリ総合病院へ担ぎ込まれた。
「こんな手術初めてですよ!」と言いながら、血界の眷属に引き抜かれた心臓を元の左胸に戻してくれたのはルシアナ女医だった。
彼女はものの見事にアスカの心臓をあるべきところへ戻してくれた。

「そうか。それはよかった。今日、君をここに呼び出したのは、君に報告をしたいと思ってね」

クラウスはアスカに血界の眷属研究および偽者研究の報告書を牙狩り本部に上申することを伝え、その中で牙狩り本部が本格的に研究所に調査に入ることが決定したことを伝えた。
これで秘密裏に半世紀にかけておこなわれていた研究が、牙狩り界隈で白昼のともに晒されることになる。
晒されることによってアスカの中で失うものもあるはずだが、失う以上に得るものがきっとあるはずだ。
特にアスカが断罪して欲しいと望んだ偽者研究は、禁忌研究として扱ってくれるはずだ。

「ありがとうございます。わたしに出来ることはとても少ない。貴方にいいようにして貰って構いません。」

とアスカはクラウスを青い瞳で真っ直ぐと見つめた。
青いアスカの瞳は以前にも増して宝石のように輝いているように見える。

「そ、こ、で、なんだが」

急にクラウスはもぞもぞとしだした。
クラウスの姿にアスカは怪訝そうな眼差しを浮かべていると、スティーブンが溜息混じりに口を開いた。

「今日の本題はこっち。きっとクラウスの口から聞いたほうがいい。僕は前科持ちだからね」

クラウスはアスカの目の前に1通の書類を取り出して見せた。
文字が読めないアスカはその書類も怪訝そうに見つめる。

「君にライブラ構成員の一人になってもらいたい。私たちと契約をしてくれないかい」

突然のクラウスの言葉にアスカは、レオナルドに助け舟を求めるように見つめた。

「いや、僕も初耳だよ。アスカ。」

助け舟を求めたレオナルドもアスカと同じ状況で混乱しているようで、アスカはくらくらとする頭を抑えながら、読めない文字だらけの書類を眺めた。
そんな二人を尻目にクラウスは嬉しそうに話を進める。

「君の能力はスティーブンから聞いている。悪い点もね。でも、それを差し引いても君の血界の眷属に対する知識はとても貴重だ。知識を分けて貰いたいと思う。血界の眷属を呼び寄せ易い君の体質は以前のままだ。我々と行動を共にしていた方が安全だ。」

アスカはテーブルの上の書類をじっとみつめた。
スティーブンの顔を見上げると彼と目が合った。
そして目を反らす。

「レオ君、これ本当?」

アスカはレオナルドに書類を確かめるべく、差し出した。

「――なぜ、レオナルドに・・・」
「僕に八つ当たりしないでくださいよね」

アスカから書類を受け取るとレオナルドは、代わりに書類をアスカのために読み上げた。
クラウスが自分を一緒に連れてきたのはこのためだ、とクラウスの考えにレオナルドは今はじめて気づいた。
スティーブンとクラウスの二人だけでは、アスカを納得させるのは不可能だろうが、レオナルドが同席すれば話は違ってくる。

「この書類はクラウスさんが作ったものだから真っ当な雇用契約書だよ。アスカが不利になるようなことは何も書いていない。しかも、月に支払われる活動資金が僕のより、はるかに高い・・・ひどい」

クラウスはずいっと身を乗り出した。

「君に力になって貰いたい」

アスカは青い瞳をぱちぱちと瞬きさせ、クラウスの圧に推されるように書類にサインをするために手を伸ばす。
クラウスの圧に巻かれるアスカはまるで借りてきた猫のようで、スティーブンは口元を思わず綻ばしてしまう。
彼の思惑どおりに事が運んでほっと胸を撫で下ろしたことは、アスカは知らないし、一生知らなくていいとスティーブンは強く思った。


***


それからまた数週間後。
レオナルドは時間が経つにつれて表情が引き攣っていく秘密結社ライブラの副官に戦慄を覚えていた。
秘密結社ライブラに新しいメンバーが加わると決まれば、歓迎会という名目の酒盛り会は必須だ。
クラウス手製の「歓迎会のお知らせ」を片手にライブラ構成員たちは宴会会場へ集まっていた。
しかし、肝心な主役が会場に現われないのだ。
否、主役は到着すらしていない。

「レオナルド、アスカにちゃんと会場地図を渡したよな?」
「そりゃ、もちろん渡しましたよ。スティーブンさんが書いたイラスト付きのものをね」

というか、スティーブンさんこそ、しっかりとアスカと連絡とっておいて下さいよ。
酒盛りの準備をして待つ構成員たちを眺めながらレオナルドが珍しく、上官に悪態をつく。
そろそろ礼儀正しく酒盛りを待つ構成員たちも痺れを切らす頃合だ。
するとレオナルドのスマートフォンの着信が鳴った。
着信相手はアスカからだった。

「もしもし、アスカ?」

会話を始めたレオナルドの表情がみるみると青ざめ、恐る恐るスティーブンを見上げた。

「スティーブンさん。大変です。」
「は」
「アスカ、道に迷って、自分が今どこに居るのかすら分からないって――」
「はあ!?」

スティーブンの悲鳴にも似た声が会場に響き渡った。


***


「まいったなー。この角を左に曲がるぽいんだけど・・・これが、違うんだよね」

乗っている自転車を止めてアスカは、「歓迎会のお知らせ」を片手に地図と実際の道を見比べる。
レオナルドから貰ったチラシ片手に自宅から出発したが、なぜかどうも辿り着けない。
同じ道をぐるぐる回っている自覚はあるのだが、これを俗に言う「道に迷う」というものなのだろうとアスカは静かに納得していた。
しかし、道に迷っていることにアスカは不思議に焦りだとか不安さが涌いてはこなかった。
空を見上げる。
初めて見上げた空を綺麗だと思った。
夕焼け空の黄昏色がヘルサレムズ・ロットの街を橙色に染めている。
今まで見てきた空の色と同じ色ののはずなのに、今日見上げた空の色は特別な物の気がしてならない。
何故だろうか。
何故だろうとどうでもいい。
見上げた空が綺麗だと思い、特別なものに感じているのだから、素直に自分の気持ちを受け止めようとアスカは思う。
今までそうしてこられなかったし、そうしてこなかった。
今の自分ならば、自身の心を素直に受け止めることが出来るような気がする。
アスカは、チラシの地図をぱちんと指で叩いた。
クラウスの地図に手書きでスティーブンが、文字が読めないアスカのために書き加えたイラストのおかげで結果的に道に迷ってしまった。

「いやあ、まいったなあ」

心にもないことを呟いて、アスカはまた自転車に跨った。
そして胸いっぱいに深呼吸をし、今までの過去もこれからの未来もすべて引き連れて、黄昏時の太陽の日差しに向かって自転車を漕ぎ出す。
彼女のでこぼこ道の人生はまだ始まったばかり、道に迷いもするだろうし、躓きもするだろう。
しかし、それが人間だ。
彼女と彼女らが焦がれた「人間」に違いない。
そう、それが人生。
このヘルサレムズ・ロットでアスカは生きる。











「That's Life!!!」 FIN
20171217




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