That's Life!!!



これは、実験体488号と489号の最後の記憶だ。
白杭をルーシーの胸に打ち込む。
地面に組み敷いた屍喰い化した彼女に理性は無く、醜い獣のような愚かさだけが残る。
白杭を打ち込む。
暴れる彼女を押さえつけながら、アスカはただただ杭を打ち込む。
約束したのだ。
出来損ないの失敗作であるアスカに唯一できること。
ルーシーを呪われた運命から開放してやること。
そして『約束』を守りきること。
それが双子の妹としてできる唯一のことだった。
涙をながしながらアスカは、ルーシーに白杭を打ち込む。
自身の片割れが獣のような雄たけびを上げて、己の命を絶つだろう白杭から逃れようとする。
アスカは自分が持つ全身全霊の力を持ってそれを押さえつけた。
ああ神よ。
この世に神がいるというのであれば、
どうしてこのような仕打ちを我々双子にさせるのか。
わたしたちはただ生まれてきただけなのに。
奥歯をぎちりと食いしばり、アスカは再び白杭を打ち込む。

「―――アスカ」

ルーシーが愛おしそうに、血を分けた妹の名を呼ぶ。
思わずアスカは、振り上げた手を頭の上で止めた。
そこで優しい微笑を作るのはアスカのよく知る姉だった。

「約束を守ってくれて、ありがとう」

アスカは大粒の涙を流し、啜り泣きながら姉の胸に最後の白杭を打ち込んだ。
これはルーシーとアスカの最後の記憶だ。
双子の姉妹の最後の記憶。
血界の眷属は静かにルーシーの心臓を握りつぶした。


***


「わたしは生きるんだ。なんとしても。人間として生きたいんだ。」

アスカは走り出す。
そのためには、心臓が必要だ。
温もりが必要だ。
心が必要だ。
屍喰いが再び眷属の動きを封じる。
アスカは人工的に作られた血界の眷属だった。
血界の眷属の偽者。

「人間の真似事は止めだ。なあ、偽者よ!」

血界の眷属の鎌が地面すれすれを走り、アスカの足元を狙う。
アスカは細い身体を翻すとその鎌を避け、血界の眷属の間合いに飛び込んだ。
互いの赤い瞳が交差する。
アスカの左腕がはじけ飛ぶ。
眷属の炎がアスカの左腕で爆発したのだ。
アスカの肉体の再生速度は血界の眷属ほど速くは無い。
しかし、腕は癒えて再生していった。
血界の眷属の動きが止まる。
アスカの屍喰いたちが眷属の動きを封じるが、瞬時にそれらは黒い炎で焼き尽くされる。
獲った。
血界の眷属の手がアスカの首へ伸びる。
病院でアリシアから貰った水色のマフラーが宙を舞った。
眷属の手はアスカの首を捕らえた。

「わたしの心臓かえしてよ・・・!」

首を掴まれながらもアスカは口角をあげる。
アスカの笑みに血界の眷属は舌打ちをつくと後ろの気配に気づいた。

「この、人間風情が俺の邪魔をするな!!!」

ブレングリード流血闘術
エスメラルダ式血凍道

「32式 電速刺尖撃!!」
「絶対零度の剣!!」

氷と十字架が眷属の身体を貫く。
眷属は攻撃を受けて身を一瞬ふらつかせるが、食いしばってそれらを受け止める。
アスカの首を絞める力が増す。

「お前のその人間性が憎い。もっと早くお前を壊していればよかった」

眷属の影が蠢く。

「―――まずい!」

クラウスが眷族の影の動きに気づくが、すでに遅い。
その影は無数の槍となって、何にも構わず串刺しにしていく。
クラウス、スティーブンの体を、アスカの身体を串刺しにした。

「俺はアリシアを取り戻す。なんとしても―――」

血界の眷属には彼女が必要だった。
何も無い世界に一つだけ佇む標石。
それがアリシアという女だった。

「・・・―――太陽の日の眩さよ。草原をかける風の香りよ。あの山脈の先に何を見るのか」

しんっと辺りが鎮まりかえる。
血界の眷属の動きがぴたりと止まったのだ。
屋上の扉の前にレオナルドが立って居た。
レオナルドは古書を読み上げる。
それは、アリシア・ベンジャミンから預かった本だった。

「駆ける風に背中を押され、遠くで呼ぶ父に手を振り答える」

血界の眷属の表情がみるみるうちに歪んでいく。
初めて見る表情にアスカは、躊躇する。

「旅路は東へ。歩む足を止めてはならない。」
「――――貴様ぁぁぁっ!!!」

掴んでいたアスカを投げ捨てて、血界の眷属は一直線にレオナルドに向かって突進する。
血界の眷属をレオナルドの元に行かせてはならない。

「ブレングリード流血闘術 39式 血楔防壁陣!」

クラウスの十字架が血界の眷属の動きを封じるが、それを突破される。

「エスメラルダ式血凍道 絶対零度の地平」

スティーブンは地を這う氷を放つが、それも間に合わずに突破される。

「何があろうとも、歩むこの足を止めてはならない。振り返ってもならない。この旅は永劫に続くのだから。―――あの日に還る旅路。もう冬が近い。冬支度をする季節だ」

レオナルドは神々の義眼を見開いて血界の眷属の姿を見つめた。
鎖が解ける音がする。
この鎖はある女が、広大な時の海をたゆたゆことを宿命付けられた愛する者のために、留まることができるように、縛り上げた鎖だった。

「―――見えた!」

レオナルドは神々の義眼で血界の眷属の諱名を見た。
アリシアが残した古書には、血界の眷属の根源が書かれていた。
彼が彼として存在していた遠い昔の記憶。
それを眷族に読み聞かせることによって、諱名は蘇った。
レオナルドに向かって血界の眷属の大鎌が振り下ろされる。
目を反らしてはだめだ。
この諱名を詠みきらなければ、誰も救えない。
大鎌が一直線にレオナルドに向かう。
すると、レオナルドと眷属の間に両手を広げてアスカが飛び込んだ。

「やらせない――!」

振りかけた眷族の鎌がアスカの姿に躊躇する。
アスカの姿に血界の眷属はアリシア・ベンジャミンを見た。
最愛の姿を彼は見た。
―――ピロン
クラウスのスマートフォンの通知が鳴る。

「憎み給え 許し給え 諦め給え 人界を護るために行う我が蛮行を。」
「――いつからだ。いつから俺は。」

アスカを前にして血界の眷属は呟くように言う。
すでにその眼差しに闘志は宿ってなどいない。
まるで森に迷ってしまった子どものように、血界の眷属の眼差しは震えていた。

「いつから俺は化物になってしまったんだ。答えろ―――!」

血界の眷属はアスカの頬を優しく撫でた。

「答えてくれ、アリシア」

吸血鬼に転化された時か。
違う。
村を、街を壊した時か。
違う。
人間という限りのある生き物に焦がれるようになった時か。
いつ、いつ。
俺は化物になったというのか。
血界の眷属は苦悶する。

「インサン・リッシュ。貴公を密封する―――」

血界の眷属の瞳にはアリシアが映っていた。
彼はアリシアが哀れな女だと思った。
哀れな女であり、人間らしい人間だと思った。
それがどんなに愚かで非力な存在であろうとも、彼が渇望し、焦がれる『人間』だった。
眷属の瞳の中のアリシアは、白い手を伸ばし、優しく鬼の迷い子を抱きしめた。

「ブレングリード流血闘術999式 久遠棺封縛獄!!!」

クラウスのナックルガードが赤く輝く。
アスカは、おいおいと泣きながら身体を丸くする黒く大きな獣を抱きしめた。
すべてが終わる。

「――――おとうさん」

愚かな父と母のために最期まで、アスカは抱きしめることをやめなかった。


***


「つまらないと思わない?」

図書室で本を読みながらルーシーは言った。
彼女が何を読んでいるかアスカは覗き込むが、文字が読めないアスカには本の内容は難しく、ただ首をかしげた。

「窮屈なのよ。この部屋も、この建物も、すべて」

ルーシーは本を閉じて壁掛けの液晶に映る外の風景をじっと眺めた。
映像は、外界の風景を繰り返し繰り返し垂れ流していた。

「本で読むに外の世界は、光で溢れていると言うわ」

ルーシーはとても賢く優れている実験体だった。
そのため、彼女自身も己の役割をよく理解していた。
理解しているからこそ、彼女の苛立ちや怒りを抑え切れずに居た。
ルーシーは舌打ちをひとつ打つと、アスカを睨んだ

「きっと、外の世界は馬鹿で無能なあんたに、お似合いでしょうよ」
「――え?」

怖い姉の口から発せられた言葉にアスカは目を丸くして驚いた。
ルーシーは、八重歯を晒しながら笑顔を作る。

「心臓、ちゃんと返してあげたから―――」

いってらっしゃい。あたしの可愛い妹。


***


目を開くと見慣れた天井が広がっていた。
ふかふかのベッドと枕。
ベッドの錯誤しには輸血液と大きな窓。
アスカが思うに、ここは自分が以前、入院していた病院とベッドだ。
ブラッドベリ総合病院。
アスカは、徐に起き上がってみると、声が漏れるほどの激痛が身体を走り、痛くて痛くてベッドの上で丸く蹲ってしまった。

「―――あっ」

『痛い』と感じる。
久々の感覚にアスカは素直に驚いた。
そして、瞳をきらきらと輝かせながら、アスカは自分の身体を撫で回し、包帯越しに感じる肌の温度に心を躍らせた。
熱で火照った身体がとても恋しいと感じた。
次にアスカは、確かめるために左胸に手を添える。
そのとき、病室のドアが開いた。
怪我を負ってあっちこっちに包帯を巻かれたスティーブンが病室を覗き込んだのだ。

「アスカ、目を覚ましたかい。気分は―――」
「スティーブンさん!」

青い瞳をきらきらとさせながらアスカはスティーブンを見つめた。
すると、どうしたと言わんばかりにスティーブンは目をぱちぱちと瞬きさせた。
アスカは嬉しさのあまりベッドから飛び降り、体中の怪我を忘れて自身より大きいスティーブンに飛びついて抱きついた。

「わたしの心臓、戻ってる・・・!」

と言って嬉しそうに笑って抱きつくアスカをスティーブンは、目を丸くして受け止め、服越しに感じる人肌の温もりにスティーブンも安堵したのか、自身もボロボロの体で愛おしそうにアスカを強く抱きしめ返した。











第二十四話 「Where there's a will, there's a way.#2(決意あるところ道はあり)」
to be continued...







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