血界の眷属の『偽者』研究の新たな事例として紹介した方法をアリシアは自ら立証した。
自身の卵子と精子バンクで手に入れた精子を掛け合わたのち、核分裂を始める数十時間の間に血界の眷属のDNAに触れさせ、偽者を合成する。
誰もが無謀と思えたこの方法で完璧な偽者をアリシアは作り上げた。
アリシアは実験体でありながらも、自身の遺伝子を持つ子らに名を与えた。
ルーシーとアスカ。
アリシアにとって大切な実験体であると同時に、大切なわが子であった。
二人の赤子を両腕で抱きかかえるようして、アリシアは子をあやす。
つい数時間前に実験室で別の赤子を殺めてきたばかりの女とは思えないほど、穏やかな表情を彼女は浮かべていた。

「見て。」

アリシアは血界の眷属に赤子らを見せた。
アリシアの研究で使われる血界の眷属のDNA(血)はすべて彼のものだった。
彼がアリシアに分け与えた自らのDNA(血)、それを使って沢山の実験体が生まれては死んでいった。
そして、彼女が抱く二人の赤子も彼のDNA(血)に刻印された魔術式を使って生まれた子どもだった。
アリシアの大切な大切な子。

「この子たちはわたしの子よ。」

血界の眷属は静かにその赤子らを見下ろす。
触れれば簡単に殺せてしまうだろう赤子を血界の眷属は優しくなでた。



That's Life!!!


アスカに何を見ても直視するなと言われたレオナルドであったが、それは到底難しい。
神々の義眼は、研究所に残る残滓を漏らすことなく彼に見せ付けてきた。
死んで倒れているはずの白衣たちが、まるで生きているようにレオナルドには見える。
レオナルドの前で忙しなく白衣たちは日常を送っていた。
そこに黒髪の少女が居た。
少女は青い瞳でレオナルドを睨むように見つめている。
彼女がアスカだとレオナルドにはすぐに分かった。
しばらくして少女は白衣たちに羽交い絞めにされる。
何か少女は騒いでいるようだが、何を言っているのかはレオナルドには分からない。
分かるはずもない。
これはただの過去を見ているだけなのだから
しかし、レオナルドはそれらから目を離すことはできなかった。

「――レ―――オ―――」

レオナルドは羽交い絞めにされるアスカをじっと見つめる。
何か訴えかけている。
かけられている。
レオナルドは目を離すことができない。

「レオ!!」

クラウスに肩を揺らされ、初めてレオナルドはその光景から目を離すことができた。

「レオ君」

神妙そうな表情を浮かべながらアスカはレオナルドの顔を覗き込んだ。

「何か見えたの?」

アスカの問いにレオナルドは首を横に振った。
君の過去を見ているなど口が裂けてもレオナルドは言えない。

「レオナルドには、ここは深すぎる。常人なら気がふれてしまってもおかしくない場所だ。」

とスティーブンはレオナルドに対して言った。
アスカはレオナルドの手をとると氷のように凍えた手で強く握り締めた。
そしてレオナルドの名を呼ぶ。

「レオ君、今、君の眼で見えているものはすべて過去だ。3年前にここで起きた過去の出来事。終わったことなのだから、君にはどうしようもできないし、どうしようかなんて考える必要もない」

レオナルドはアスカの後ろに金髪の幼女が立っているのを見た。
これは過去だ。
心の奥でそう唱える。
幼女は自身よりはるかに大きい立ち姿をする血界の眷族を見上げていた。

「もう、わたしが乗り越えた過去なんだ。レオ君」

眷属は口角をあげると金髪の幼女の幼女の左胸に爪をたて、心臓を引きずり出した。
そこ光景はアスカの左胸を取られた光景ととてもよく似ていたが、アスカと違う様が続いた。
心臓を引き抜かれた金髪の幼女は、苦しみもがきながら姿を次第に変えていくのだ。
まるで鬼のような。
まるで屍喰いのような。
レオナルドは、屍喰い化した彼女がルーシーなのだろうと思った。
血界の眷属はルーシーから心臓を引き抜くと彼女を屍喰い化させた。


***


血界の眷属にはなぜ、アリシアが死んだのか良くわからなかった。
なぜ、人間はこんなに脆いのだろうか。
走れば息を切らし、転べば血を流す。
食事を取らなければ死ぬし、眠らなくても死ぬ。
感情に意識をとらわれ、自滅をすることがある。
なぜ、人間はこんなに脆いのか。
腕に触れれば、血を流し、首に触れれば、窒息をする。
腹に触れれば、嘔吐し、足に触れれば、骨が折れる。
なぜ、人間はこんなに脆いのか。
それは人間の命に限りがあるからだ。
限りがあるから終わってしまうのだ。
だから、死なないようにした。
己を暴く研究を死ぬまでさせるために、死ねない身体にした。
それなのに、なのに。
雨が降るニューヨーク・マンハッタンの街路地でアリシア・ベンジャミンの遺体は見つかった。
外傷はなく、警察は自然死と結論付けた。
雨がうちつける中、血界の眷属は息絶えるアリシアの亡骸を静かに見つめ、考える。
彼にはなぜ、アリシアが死んだのか良くわからなかった。


***


「アリシア・ベンジャミンが死んだ後、血界の眷属は彼女を取り戻そうと考えました。血界の眷属の力をもって彼女を蘇らそうと考えた」

そのために必要とされるのは、死者蘇生も許される優れた魔力と彼女に酷似しているだろうと思われる血縁者の心臓と肉体。

「わたしとルーシーにはその適正がありました。わたしたちは彼女の血を分けた子であり、血界の眷属の偽者でもあったから。」

永久の命を与えたはずの、アリシア・ベンジャミンは血界の眷属の能力外の何かが働いた結果、死んだ。
なぜ、アリシアが死んだか眷属には理解ができなかったうえに、受け入れことなど到底できなかった。
だから、彼はアリシアを蘇らせようと思った。
失ったものを取り戻すために。
もう一度、彼女と巡りあうために。

「彼がわたしを生かし、囲いつづけたの事も、わたしの心臓を引き抜いたの事も、すべてアリシア・ベンジャミンを生き返らせるためです。」
「アスカ」

スティーブンにアスカは満面な笑みを作った。
しかしその笑みは、スティーブンにはとても強張った笑みに見えた。

「わたしの心臓をとったということは、彼はアリシアを取り戻すということを決めたということです。」

あと必要なのは、肉体だけ。
アスカは3年前に思いを馳せる。
血界の眷属に心臓を引き抜かれたルーシーの成れの果て。
この研究室が3年前のままだというのならば、きっと屋上もあのままなのだろう。
アスカは研究室を出て屋上に向かった。


***


血界の眷属は自身の手の中で脈打つ心臓をじっと眺める。
彼はこの心臓が太陽のように見えると言った。
二度と眷属を照らすこと無い太陽が彼の手の中にある。
諱名(名)を失った血界の眷族は一人、待つ。
彼女の肉体が戻ってくるのを。
そして、もう一度おこなおう。
3年前は失敗したが、異界と現世が交わった今ならば、きっと取り戻すことができるだろう。
血界の眷属は自身を留める鎖と再会するために、ひとり待ち続けていた。











第二十一話 「Over shoes, over boots.#2(毒を食(くら)わば皿まで)」
to be continued...







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