That's Life!!! 幕間劇 「雨に濡れた日は」



天候が安定しやすいヘルサレムズ・ロットにも稀に天候が崩れ、雨が降ることがあった。
今朝の天気予報では、雨の心配はないと言っていたけれど、今日は生憎の土砂降りだった。
スティーブンは車の運転をしながら空を見上げる。
どんよりとした鉛色の雲はまだまだ低く広がっていて、車のワイパーは一生懸命に雨を払いのけようとしているが、あまり効果はなさそうだった。
車が停車する。
信号は赤。
雨になるといろいろ億劫になる。
たとえば、外を移動するときは傘が必要になるし、泥はねでスーツは駄目になる。
水溜りに足を突っ込めばお気に入りの革靴だって手入れが必要になるし、とにかくスティーブンにとって雨の日は、面倒なことがもっと面倒に感じるほど嫌な気分にさせた。
信号が青に変わる。
スティーブンはゆっくりとアクセルを踏んだ。
すると歩道に土砂降りの中、傘もささずに歩いている女を見つけた。
さすがヘルサレムズ・ロット。
土砂降りなんて気にも留めずに外を歩き回る、気の振れた人間もいるもんだとスティーブンは思うのだが、その女が良く知る人間だと気づくのに時間はかからなかった。
スティーブンは慌てて急ブレーキを踏み、路肩に車を停車させ後部座席から傘を取り出すと、土砂降りの中、車を降りた。

「アスカ!」

土砂降りの中、傘をささずに歩いていたのはアスカだった。

「スティーブンさん、こんにちは。」

突然、現われたスティーブンにアスカはきょとんとしつつ挨拶を交わす。

「どうしたんですか。この土砂降りの中で。革靴濡れちゃっていますよ」

とアスカに言われ、自分が水溜りに足を突っ込んで、革靴とスーツの足元が泥で汚れてしまっているのに気がついた。
傘を差して外へ出ること、雨で革靴とスーツを汚すこと、これらの雨の日の嫌なことをすべてこの一時でやってのけてしまっていることに、スティーブンは心の中で大きな溜息をついた。
土砂降りの中、傘もささずにかなりの時間歩いていたのだろう。
アスカはずぶ濡れだった。
おおきめのパーカーも雨の重さで重そうであるし、白いTシャツも濡れて肌が透けてしまっている。

「どうしたって、こっちの台詞だよ。傘も差さずに。」

スティーブンの言葉にアスカは、恥ずかしそうにはにかんで見せた。

「いやあ、実は道に迷ってしまいまして。気づいたら雨にうたれてしまいました」

彼女が言うには、知り合いと一緒に歩いていたが、その知り合いに置いて行かれて帰り道が分からなくなってしまった、ということらしい。
スティーブンは大きく溜息をつくとアスカに傘を差し出した。
大きな傘であるけれど、二人で入るには少し小さい。
恋人同士のように肩を並べられれば、別なのかもしれないが。
スティーブンは自分が着ていたジャケットをアスカに羽織らせると、アスカの手から傘を取り上げた。

「とりあえず、僕の車に乗って。君の家の近くまで送ってあげるから」

と溜息混じりに言うスティーブンの背中は、傘からはみ出して濡れていた。


***


アスカを車の助手席に乗せるとキャビネットからタオルを取り出して、ずぶ濡れのアスカに渡す。
妙な空気感。
よくよく考えれば、プライベートでアスカと車内で二人っきりになったのは、初めてだったことにスティーブンは気づいた。
雨に濡れたアスカは少し、艶っぽく見える。
首筋に纏わりつく黒い長髪と下着がうっすらと浮かぶ濡れたTシャツ。
意識しない男の方がおかしいい。

「なんだか、わたしのせいでスーツだとかいろいろと駄目にしてしまいましたね」

とアスカは後部座席で放り投げられたままのジャケットを見つめながら言った。
雨に濡れた自分の身体で助手席が濡れるのを気にしているのか、アスカは少し落ち着きがないように見える。
車は赤信号でまた停車をする。

「雨の中に君を置いていく知り合いとは、もう付き合わない方がいい」

ふいにスティーブンの口からこぼれた言葉にアスカは目を丸くした。
そのこぼれ出た言葉にスティーブンも驚いて、言葉を詰まらせる。

「そうですか?」
「ああ」
「そう思います?」
「ああ」

考え込むように目を泳がせると、アスカは振り続ける雨を車の窓から眺めた。

「そうなのかもしれませんね。」

というアスカの表情はスティーブンからは見えない。
湿った髪がアスカのからだに絡むように纏わりついていた。
しばらく車を走らせるとアスカとよく待ち合わせをする通りに出た。
ここまで来ればアスカは一人で帰られるだろう。
だが、スティーブンの胸の中で何かがつっかかる。
漠然的に彼女を車から降ろしたくなくないなと思ってしまう。
アスカを引き止めてしまいたい。

「スティーブンさん」

車窓から望む景色を眺めながらアスカは口を開いた。

「もうこの辺で大丈夫です。ありがとうございました。」

路肩に車をよせるとスティーブンはハンドルに乗りかかるように、うな垂れた。
そして降りたいというアスカを横目で見つめる。
外は土砂降りだ。
また濡れながら彼女は一人、道を歩くのだろうか。
浮かぶその光景はとても寂しそうに思えた。
せめて彼女がこれ以上、濡れて帰らないように。

「・・・スティーブンさん?」
「傘を貸すから差して帰りなさい」

スティーブンができるアスカのためにできる唯一のことだった。

「次ぎに会うときに返してくれればいいから」

目をまん丸にして傘を受け取ったアスカは「ありがとうございます」と言うと、小さく笑みを作って見せた。
車を降りて大きな傘を差して歩くアスカの姿をスティーブンは見えなくなるまで、車の中から眺めた。
雲の切れ間から太陽の日差しが差し込む。
ヘルサレムズ・ロットの雨の日は、静かに終えようとしていた。








「雨に濡れた日は」 了
20171201

ヒロインを置いて行った知り合い→異界人モロス(血界の眷属)
Grimoire .
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -