これは血界の眷属の記憶だ。
白衣の女が血界の眷属に笑声をあげる。
これは吸血鬼の記憶だ。
白衣の女が吸血鬼に涙を流しながら囁く。
これは呪いの根源の記憶だ。
白衣の女がまどろみの中、言う。

「貴方の諱名(なまえ)を私に頂戴。」



That's Life!!!



「哀れだな人間。お前たちの力は有限だ。限りがある。」

眷属はスティーブンとクラウスをぼおっと見下ろしながら言う。
手傷を負ったスティーブンとクラウスは、息絶え絶えに眷属を前に構え、戦闘による出血で体力の限界値に近づいていた。
その姿に血界の眷属は、哀れみの表情を浮かべる。

「それなのに、歯向かって来るのは、己の弱さに気づいていないのか。それとも、その弱さすらも分からずにいるためなのか。」

無表情のまま首をかしげると眷属は、手の中で鼓動を打つアスカの心臓を大切そうに眺めた。
それは、まるで宝物を愛でるかのようなだ。
鼓動を打つたびにアスカの心臓は眷族の手の中で溢れるように血を流していた。

「お前たち人間にはこの心臓がどう見える?」

黒い鎌のような影がスティーブンとクラウスを切り裂く。
二人は自身の能力で防ごうとするが、防ぎきることができない。
呻く二人を尻目に血界の眷属はただただ手の中の心臓を静かに見つめた。

「俺にはこの心臓が太陽のように見えるよ」

ずずずずず。
赤黒い血液が動き出す。
それは、地面のスティーブン、クラウスそしてアスカの鮮血が意識を持ったように動き出した。
鮮血が集まる先。

「―――アスカ!」

スティーブンが叫ぶ。
鮮血の海の中心にアスカは居た。

致命的な毒。
Lv.3

アスカの能力によって鮮血が意識を持ったように眷族に巻きつきじゅうじゅうと体を焼き溶かす。
鮮血を体をも溶かす猛毒へ変質させ、眷属の体を溶かしていく。
自身の体が溶かされつつも眷属の紅い瞳がアスカを捉えた。

「我が主と殺り合うつもりかい。アスカ!」

眷属は楽しそうに牙をむき出しに笑った。
焼け溶けた場所から眷属の身体は再生していく。
アスカの能力では眷属の動きすら止めることはできなかった。

「お前の心臓はここだ」

心臓を持つ手に眷属は力を入れる。
まるで風船のように膨らみ、掴まれた心臓は眷属の手の中で破裂しそうだった。
アスカの左胸に激痛が走る。
息苦しい。
眷属が掴む破裂しそうな心臓と共鳴するようにアスカは左胸痛み、のた打ち回る。

「ああぁああぁっがぁあっ!!」

心臓を潰されそうな痛みと苦しみをアスカは全身に感じた。
アスカの身体から心臓が取り出されていても、アスカの身体と痛覚は直結したままだ。
眷属が力を入れて心臓を掴めば、アスカは立っていることすら出来ない。
眷属は心臓を掴みながら言う。

「お前の生死は俺の手の中だ。」
「――・・・せない。」

もがきながらアスカは応える。

「――貴方に、わたしは、殺せない。わたしの心臓を潰すことも、わたしの首を落とすことも、貴方にはできやしない。・・・貴方にアリシアを二度も殺すことはできない!!」

眷属の動きがぴたりと止まった。
アスカの青い瞳が鋭く眷属を貫く。
暫しの静寂。
血界の眷属はアスカの言葉に目を丸くして驚いているようだった。

「・・・アスカ。お前は――――・・そうか。そうだな。」

何を考えているのか。
眷属は肩をゆらして笑い出す。
腹を抱えて笑う。
その笑い声は次第に大きくなり、世界の歪を呼んだ。
ひとしきり笑いこけると眷属はアスカの心臓を空に掲げた。
心臓から滴る血は、眷属の影にだんだんと同化していく。

「アスカ。努々忘れるな。この心臓も、お前の血も肉も骨も内臓も髪の毛一本ですら、それは俺のものだ。そのためのお前だ。誰にも渡さない。」

眷属は闇に溶けるように姿を消していく。
逃がさない。
スティーブンは傷だらけの体を無理やり叩き起こして起こすが、すでに眷属の姿は闇にのまれ、ブラッドベリ総合病院の屋上から姿を消していた。
残ったのは、傷だらけの4人だけ。
アスカは大きく一息つくと、何事もなかったように立ち上がってみせた。
身体の傷はたちまち癒えていく。

「――まいったなあ。」

アスカは左胸を撫でる。
どんどん熱を失っていく身体を左胸から感じることで、自分が人間と言う存在からまた遠のいていくのをひしひしと実感してしまう。
人としての温もりすらついに潰えてしまった。
残っている人間らしさとは何なのだろう。

「わたしの心臓、持ってかれちゃいましたね」

どうしましょうか。
とアスカは口角をあげ、溜息混じりに言う。
そんな彼女が堪らなく痛々しく見えて、スティーブンは人目をはばからずアスカを後ろから抱きしめた。


***


「なんなんですか!貴方たちは!」

屋上に居た4人を見つけたルシアナの第一声はそんな言葉だった。
屋上のヘリポートを確認するためにルシアナが屋上へ昇れば、傷だらけの4人がそこに居るのだ。
しかも入院患者であったアスカまでぼろぼろの血みどろでいるものだから、たちまち小さなルシアナたちは怒り出した。
しかし、彼女も医者なので処置室でクラウス、スティーブン、レオナルドの傷の手当はしっかりとおこなってくれる。
小さなルシアナたちに手当てされる男共の横でアスカは、大きなルシアナに関心の眼差しを向けられていた。

「心臓を血界の眷属に・・・」

ルシアナはアスカの左胸を撫でる。

「それが、心臓を取られても生きているんですよ」

診察用の椅子に座りながらアスカは、はははと乾いた笑い声をあげてみせた。
アスカに至っては一見、健康そうに見えるが、肌は青白く、唇は赤みを失っていた。
肌に触れば驚くほど冷たくなっているのが分かる。
体温を測ろうとすれば、体温計が測定不能のエラー音がけたたましく鳴った。
そう、彼女の身体は死人のように冷たくなっていた。

「アスカ君、具合が悪いとか、苦しいとかはないのかい?」

クラウスの言葉にアスカは首を横に振る。

「今のところは大丈夫です。寒いですけれど。」

と言うとアスカは、はははとまた乾いた笑い声をあげ、「参りましたねー」とわざとらしく嘆いてみせた。
その姿をスティーブンはただ静かに見つめる。
包帯を巻かれ、ガーゼを貼られながらスティーブンは、どかりと頬杖をつきながらアスカを見つめた。
レオナルドがアスカに何か話しかけるのだが、アスカは「うん、そうなんだよ。参りましたねー」と繰り返し笑顔をつくりながら答えていた。
その姿はまるで、アスカの心がすでにこの場所にないように思えてならない。

「アスカ、ひょっとして一人で血界の眷属の所へ乗り込むつもりかい?」

頬杖をついたまま、スティーブンはアスカを睨みながら真意をつくような言葉で言った。
その眼差しはとても冷たい。
するとアスカの笑みがみるみるうちに消えていく。

「ええ。わたしの心臓ですから。返して貰わないといけません。場所は分かっています。わたしの心臓ですから、どこに居るのかとかはすぐに分かります。」
「――それはどこ?」

レオナルドは恐る恐る聞いた。

「わたしの生まれた研究所だよ。――だから、貴方たちでは瘴気が強すぎて踏み入ることはできません。」
「駄目だ。それは駄目。」

飽きれるようにスティーブンは続ける。

「今の君ではみすみす、血界の眷属の術中に嵌りに行くようなものだろう。」
「そうかもしれませんが、わたしには心臓が必要なんです。生きるために。」
「だ、か、ら!俺たちがいるだろう!」

この分からず屋と言わんばかりにスティーブンは眉間に皺を寄せた。
今までに見たことも無いほど苛立っているスティーブンにクラウスは静かに溜息をつくと、諭すようにアスカに言った。

「多少の瘴気くらいは我慢できるだろうし、もし危険だとしたら活動時間を決めて行動すればいい。我々ライブラも研究所の資料はどうしても欲しいのだから、君の目的とおあいこと言っていいだろう。気にして貰わなくていい。」

それに我々は鍛えている、とクラウスはガッツポーズをアスカにしてみせた。

「――僕は、鍛えていないけれど、ほとんど一般人だけれど、アスカ。僕の目を使ってよ。」

レオナルドは少しはにかみながら言った。
思いも寄らない男たちの反応にアスカはきょとんと目を丸くする。
どうしたものか。
すると突然、後ろから覆いかぶさるように小さなルシアナがアスカに乗りかかられた。
アスカは思わずバランスを崩すが、その隙をつくように小さなルシアナはアスカの首にマフラーを巻いた。

「今の貴方では、下界は寒すぎるからこれを巻いていきなさい」

ふわふわの淡い水色のマフラー。
アスカはその暖かい感触を手のひらで感じながら言う。

「・・・ありがとうございます。」










第十九話 「Never say die.#3(死ぬと決して言うな)」
to be continued...







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