玩具箱をひっくり返したような光景がここにある。
天変地異、天地創造。
その言葉がもっともふさわしい光景が今までにあっただろうか。
ニューヨークの街は崩落をつづけていた。
たくさんの人の悲鳴が聞こえる。
たくさんの人が死んでいく。
まるで玩具箱をひっくり返してはしゃぐ子供のように幼女は笑いながら眺めていた。
両手は血に汚れ、着ていた白いワンピースは紅く染まっている。
醜く醜く。
その幼女の姿は愛らしかった面影はなく、鬼のような姿をしていた。
屍喰い。
彼女が堕ちた先の姿だった。
アスカはその姿をただただ静かに見つめる。

「姉さん」

幼女の姿をした鬼に向かってアスカは呟く。
手には白杭と木槌。
小刻みに震える手を押さえながらアスカは強く握りしめる。

「わたしに出来る唯一のこと」

幼女は振り返る。
ルーシーは振り返る。

「アスカ、そろそろ終わりにしよう。」



That's Life!!!


血界の眷属はアスカの首を絞めあげ、小さなアスカの身体が宙づりになっている。
スティーブン、クラウスの距離から血界の眷属はそう遠くない。
だが、二人は動けずにいた。
膠着状態が続いていた。
血界の眷属の手の中でアスカは呻く。

「スティーブン」

クラウスは静かに言う。

「早まるな。」

スティーブンの心の中を覗いたようにクラウスは言った。

「今動けば、ここに居る全員が即座に殺される。待つんだ。」

とクラウスは苦虫を潰したような表情を浮かべる。
近いようで途方もなく遠く感じる距離に標的は居た。
この距離を埋めなければ、アスカを助けることができない。
膠着状態の二人を前に眷属はアスカの細い首を絞める手に力が入る。
太い幹を折るような鈍い音。
食いしばる口元に泡をためながらアスカが大きく呻いた。

「今、お前の首の骨を折ったよ」

眷属は口角をあげる。

「それなのにお前は生きている。何故だろか」

胸騒ぎがする。
スティーブンは自分の体に力籠るのを感じた。

――そう、実験体を使って血界の眷属を殺す方法を探した。

クロサキの言葉を思い出す。
これ以上、眷属の思い通りにさせては駄目だ。
スティーブンの頭の中を警報がけたたましく鳴り出した。
動かなければ、今動かなければ。

「スティーブン!動くな!」

頭の中の警報がクラウスの言葉を聞こえづらくさせる。
アスカが悲鳴を上げた。
右腕の肘から指先が溶け落ちてアスカの足元へ転がる。

「右腕を落としたのに、」

溶け落ちたはずの右腕が肘から生えるように、みるみるうちに再生していく。

「お前の腕は元通りだ。何故だろうか」

眷属の紅い瞳がアスカを見つめ、まるで狩りで仕留めた野兎を掴むようにして眷属はアスカの首を絞め上げ続けた。

「――それは、俺の魔術式(のろい)をお前に分け与えたからだ。お前は人間じゃあない。寸分の狂いもなく。違えることなく、俺の魔力を蓄えた人の形したただの偽者。」

彼の表情から彼の考えていることを読み取ることはできない。
一切の感情が籠らない声色と眼光。
眷属はアスカを掴む手の逆の腕を空へ掲げる。

「魔力の炉を返してもらうぞ。アスカ。」

掲げられた腕はそのままアスカの左胸へ。
鮮血。
心臓を掴み取るようにその腕は、アスカの身体を貫通する。

「ぐぁっ・・・・!!!」

ぼたぼたと血がアスカの足元へ血溜まりを作る。
アスカの口からは吐き出す程に血が溢れ、貫通する眷属の手から滝のように血流れ出した。
眷属はにいっと笑みを作ると貫通した左胸から腕を引き抜く。
アスカの心臓を掴み取ったまま。
眷属の手の中でアスカの心臓は、大きく脈を打っていた。

エスメラルダ式血凍道

眷属は血まみれのアスカを投げ捨て、自身を屠る一撃のために構える。
スティーブンが動くのと同時にレオナルドは投げ捨てられたアスカに向かって走った。
眷属は紅い瞳を輝かせ、牙をむき出しに闘争の笑みを浮かべる。

「貴様か人間。アスカに『人間性』を与えてくれたのは!!」

絶対零度の槍

スティーブンの攻撃を受けながら瞬時に再生していなす。
眷属の鋭い影がスティーブンへ駆ける。
それは死神の首狩り鎌に似ていた。

ブレングリード流血闘術
117式 絶対不破血十字盾

その鎌をクラウスの血闘術の盾で受けきって防ぐ。

「なあ、人間よ。なぜ、お前たちはアスカに構う。アレは心臓がなくとも生き続ける。この心臓も身体なくとも鼓動を打ち続ける。死ぬことはない。」

眷属の手の中のアスカの心臓は血をどくどくと流しながら鼓動を打っていた。
どくんどくんと脈を打ち続けている。

「そんな物に情けをかけてどうする。そんな物のために命を張ってどする。」
「どうする、だと?」

スティーブンは口角をあげて鼻で笑った。

「そんなことは、どうだって関係ない。彼女が救いを求めたから救うだけだ。守るだけだ。お前のような化物には分からんことだろうがね」

スティーブンは血界の眷属に対して真っ直ぐな眼差しで言い切った。
目の前の絶望に怯むことなく。
秘密結社ライブラの副官。
その男。

「――そうか」

眷属はつぶやく。
黒い渦が湧く。
彼は闇そのものだった。

「お前から殺そう。」


***


ニューヨークが崩壊した日。
わたしは、姉を殺した。
それが彼女との約束だったから。
どちらかが屍喰いになったら、なっていない方がなった方を殺す。
それが姉妹の約束だった。
血と血の約束だった。


***


身体が凍える。
アスカは蹲りながら吐血し続けた。
血界の眷属に開けられた左胸の穴はすでに閉じている。
心臓もないのにアスカの身体は動いていた。
生きていた。
しかし、吐血が止まらない。
朦朧とする意識の中、血界の眷属とスティーブン、クラウスが戦っているのが見える。
彼らではあの血界の眷属を倒すことはできないだろう。
このままでは殺される。

「アスカ!!」

悲鳴にも近い声でレオナルドはアスカを呼んで駆けつけた。
血の海の中でアスカは蹲っている。
レオナルドはアスカの肩を抱くと、安全な物影へアスカを連れて行こうと引っ張るが、アスカはそれを拒否する。

「――レオ、君」

アスカはレオナルドの頬を撫でた。
撫でた頬にはアスカの血の痕が残る。

「キミの目ではわたしはどう見える?」

彼女の言葉にレオナルドは目を見開いて言葉を失う。
レオナルドの神眼は真理を見通す。
アスカが何者なのか、それすら見抜くことができる。

「キミは分かっていたでしょう。私が普通の人間じゃないってこと」

レオナルドは神々の義眼でアスカを見つめた。
泣きたくなるほどの綺麗な赤色のような、赤紫色のようなオーラをアスカは身に纏っていた。

「アスカ。俺は君の友達になれるかな」

血らだけの顔に浮かぶアスカの大きな瞳に、きらきらと涙が溜まる。
アスカは踏ん張りがきかない両脚を無理やり立たせ、レオナルドに笑みを作って見せた。

「・・・キミはやっぱり優しいね」
「――行ったら駄目だ。」

彼女が何をしようとしているのか、レオナルドは気づいたようでアスカの腕を掴む。
行かせるわけには行かなかった。
彼女のためにも、戦っているスティーブンのためにも。

「でも、それでも、行かないといけないときがあるんだ。」

アスカはレオナルドの手を振り解いた。









第十八話 「Never say die.#2(死ぬと決して言うな)」
to be continued...







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