白衣たちが慌しく走り回るにはいつも理由がある。
忙しなく動き回る白衣たちをルーシーとアスカは真っ白い廊下に佇み、眺めていた。
二人はとても対照的で、ルーシーは小さな身体ながらも敵意丸出しに白衣を鋭く睨むが、アスカはすらりとした長身の身体をがたがたと震えさせながら白衣たちを見つめている。
しかし、どんなに対照的な二人でありながらも、彼女たちには白衣たちが慌しく動く理由が分かっていた。
白衣が悲鳴をあげる。
人だかりの中心にそれは居た。
実験体の成れの果て。

「ねえ、失敗作」

ルーシーはアスカを呼ぶ。

「もし、失敗作がああなったら。あたしが、アンタを殺してあげる」

実験体の成れの果て。
それは、実験体の重度の研究負荷とDNAに刻まれた魔術式の拒否反応による起こる屍喰い(グール)化だった。
同じ実験体のナンバリング保持者である以上、屍喰い化はルーシーとアスカにとって他人事ではなく、遠くない未来の姿を同じ実験体たちに見せつけられている気がした。

「もし、あたしがああなったら。アンタがあたしを殺しなさい」

白衣たちは屍喰い化した実験体を、魔道拘束具を使って捕まえる。
醜い醜い屍喰い化した実験体の断末魔の悲鳴が研究所に響き渡った。

「白衣たちに殺されるくらいなら、失敗作に殺された方がまだマシよ」

ルーシーは唾を吐き捨てるように言った。



That's Life!!!


ブラッドベリ総合病院の屋上から黄色いスリッパがゆらゆらと地上へ落ちてゆく。
それは白い二本の脚がブラットベリ総合病院の屋上でゆらゆらと揺れていたからだ。
アスカは病院の屋上で大の字になって寝そべっていた。
両足はぶらぶらと屋上から垂れ下がり、宙を掻いている。
履いていた黄色いスリッパの片足を落としてしまっても、気に留める素振りはまったくない。
仰ぎ見る空は霧のせいか、どんよりと曇っていて鉛のように重く感じた。

「ジョン・クロサキはいい研究者でした。実験体をモノとして捉えることは聞こえが悪いかもしれませんが、下手に慣れ慣れしくされるくらいなら、モノとして扱われるくらいが丁度いい距離感だったんです。」

と言うとアスカは屋上から脚をぶらぶらとさせながら起き上がった。

「わたしは貴方たちに何を話せばいいのでしょうか」

とアスカは空を見上げながら言う。

「我々は、ニューヨークにあったとされる血界の眷属研究がおこなわれた研究所を探している。」

ブラットベリ総合病院の屋上にはクラウス、スティーブン、レオナルドが居た。
アスカの言葉に口を開こうとするスティーブンをクラウスが首を振って制止した。
スティーブンやレオナルドは彼女を知りすぎている。
彼女がどのようにしてヘルサレムズ・ロットを生きてきたか。
彼女がどのような女性なのか。
知りすぎ、そして近くに居すぎていた。
だから、彼らの代わりにアスカと対峙することをクラウスは自ら進んで選んだ。

「君はその関係者と聞いた。研究所の場所を知っているね」

クラウスの言葉に背中を向けたままアスカは押し黙る。
表情が見えないために彼女が何を考えているのかまったく分からない。
背を向けたまま、アスカは静かに答えた。

「――ええ、知っていますよ。わたしが生まれた場所ですから」

風が吹く。
短く切りそろえれたアスカの髪が風になびいた。

「そこへ案内してもらいたい。」

アスカの小さな背中に向かってクラウスは言う。

「いいでしょう。――だけれど、貴方たちはそこへは行くことはできない。」

アスカはクラウスに背を向けたまま立ち上がる。
後ろ手に手を組み、総合病院の屋上から望む下界を眺めた。
普段どおりのヘルサレムズ・ロットの街がそこにある。
日常そこにある。

「あの研究所は大崩落で異界と現世の最も曖昧な場所まで落ちてしまった。人間では立ち入ることは絶対にできません。」

アスカは口角をあげて振り返った。
青い瑠璃色の瞳がまっすぐとクラウスを見つめる。

「わたしなら、入ることができる。わたしは人間ではありませんから」

と言って作ったアスカの笑みはとても寂しいものだった。

「わたしは貴方たちライブラにすべてをかけたい。貴方たちにわたしの生まれた意味を裁いてもらいたい。それは、血界の眷属の『偽者』研究は、人類において最大の禁忌であり、わたしのような忌み子を二度と産んではいけないから」
「・・・忌み子?」

クラウスの翠色の瞳が見開かれる。

「血界の眷属研究の発端はアリシア・ベンジャミンと一人の血界の眷属の出会いからすべてが始まる。」
「アスカ君。君は・・・」
「血界の眷属の『偽者』はアリシアの研究者としてではなく、女として、子を持ちたいとい願望から生まれた研究でした。それは、一人の血界の眷属との子を持ちたいと願った結果。」

クロサキが語った女研究者としてのアリシア・ベンジャミンと、アスカが語る母親としてのアリシア・ベンジャミン。
それは一人の人間の二つの顔。
どちらも確実に実在していたある女の話。

「『偽者』という存在は、わたしという存在は、アリシアと血界の眷属の混血児・・・『子ども』なんです。」

アスカの忘れていた、閉ざされていた過去の記憶。
その記憶はすでに寸分の狂いもなく彼女の中で蘇っていた。
自身が生まれた意味と存在すべき理由も思い出す。
しかし、どんなに記憶を巡らせても人間としての存在理由はどこにも見当たらない。

「わたしが、貴方たちの代わりに研究所まで戻りましょう。裁くために必要なものがあるのならば、それらを持ち帰りましょう。・・・しかし、その前に、わたしは『貴方』と対峙する必要がある」

アスカの青い瞳がまっすぐと向かう先。
それはそこに居る。
黒い塊となってそこに居る。
その黒い殺意にクラウスとスティーブンが反応し、レオナルドの神々の義眼が開いた。
アスカの父なる存在。

「血界の眷属。」

彼が歩けば、歩いた跡には瘴気が滞留し、彼が手を振れば、振った軌跡は夜となる。
彼が声をあげれば、その声は世界に歪を生み、彼が見つめれば、その眼光は断頭台への道しるべになる。
そこに居る眷属は、そういう存在。
圧倒的な威圧感にクラウスとスティーブンは息をのみ、その威圧感の理由を知るのに時間はかからない。
あれは、まぎれもなく長老級の血界の眷属。

「俺はね、人間。荒事は好きではなくてね。ただ、大切にしていた宝物を返してもらいたいだけなんだ。どうだろうか、ここにいる君たちには、俺は滅せまい。穏便にその人形をこちらへ返しては貰えないだろうか」

眷属は屋上の中心で佇みながら言う。
スティーブンとクラウスは眷属とアスカの間に割って入るように佇んだ。
答えは最初から決まっているではないか。

「アスカ。お前もそうなのかい」

スティーブンとクラウスの正面に居たはずの眷属がいつの間にか彼らの後ろに立ち、アスカの正面で彼女を見下ろしていた。
黒い獣のような影がアスカをじっと見つめる。

「アスカ、お前はこの世界では生きていけない。霧の外へ出たのならばお前は屍喰いになるだろう。霧の中とて、我々同族に一生狙われ続けるだろう。お前という存在はそういう存在だ。だから俺はお前を隠し続けた。秘匿し続けた。誰にも渡さないために。お前がそうやって人の形を象っていられるように」

眷属は淡々と言葉を並べるように言う。

「秘匿から逃げ出すということは、どういうことか分かっているだろう」

眷属の手がアスカに伸び、アスカの細い首を締めあげた。
ぎちぎちと首を締めあげ、声をつぶされながらアスカは口を開く。
叫ぶように言う。

「――たとえ、そうだとしても、わたしは決めたんだ。もう、貴方の言いなりにはならないと。わたしの身体の中に人間としてのDNAが残っているのならば、それに賭けようと。」

アスカの青い瞳が生まれて初めて意思を持った。

「わたしがわたしであれと望んでくれる人がいる。だから、わたしは人間として生きたいと思った。そこにそれ以上の理由も糞もあってあるものか。」

ブレングリード流血闘術。
エスメラルダ式血凍道。

狩人たちが眷属に向かい飛びかかる。
アスカを守るため、アスカの意思を守るため、狩人は鬼に立ち向かう。
しかし、その攻撃は闇に喰われ吸収されるだけだ。

「駄目だ!」

レオナルドが悲痛な声を上げた。
神々の義眼で彼は絶望を見た。

「俺には数千の名があるが、しかしそのどれをとっても俺を語ることのできぬ名だ。」

眷属はレオナルドを見る。
すでに眷属はレオナルドの能力を見抜いていた。
そして、にいっと牙をむき出しに笑う。

「レオ!」
「クラウスさん。駄目だ!」

この血界の眷属には諱名が無い。








第十七話 「Never say die.#1(死ぬと決して言うな)」
to be continued...







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