唇を重ねると彼女の小さな口から甘い吐息が漏れる。
吐息すら逃したくなくて、もっと深く唇を重ねた。
小さな身体で必死にスティーブンの欲求に答えようとする彼女を自分の中に留めておきたくて強く抱きしめる。
この両手を離してしまったら今すぐにでも、消えてなくなってしまいそうな儚さがアスカにはあった。



That's Life!!! 幕間劇 #3「Sugar Cube」


ミルクを入れた鍋をコンロにかける。
スティーブンはコンロにかけた鍋を上からぼおっと眺めた。
すると次第に温まったミルクの気泡をつくりはじけていく。
その様を眺めながらアスカの唇の感触を思い出した。
三十路を過ぎ、スティーブン自身も歳をとったと自負してきた。
それなのに、キスひとつで心臓が爆発しそうになる感覚はファーストキスを喪失した時以来で、正直、戸惑ってしまう。
アスカにキスをしたのは二回。
一回目は衝動的に重ね、二回目は彼女を落ち着かせるために重ねた。
しかし、二回目のキスは今までのどんなキスよりも胸が苦しかった。
彼女を繋ぎとめていたいと本気で思った。
鍋の中のミルクが煮えたぎっているのに気がついて、スティーブンは慌ててコンロの火を止める。
煮えたミルクをマグカップに二人分注ぐとスティーブンはリビングに戻った。
広いリビングの隅っこにアスカはブランケットを被って丸くなっている。
スティーブンが混乱しているようにアスカも混乱しているのだろう。
アスカはスティーブンの姿を見ようとはしなかった。

「僕、嫌われちゃった?」

溜息混じりにスティーブンは言う。
スティーブンの言葉にアスカは慌てたように顔をあげた。
泣きはらした目は充血して、頬も赤みを帯びている。
スティーブンはアスカにホットミルクが入った二人分のマグカップの片方を差し出す。
やつれきったアスカはブランケットを肩にかけながらマグカップを両手で抱えるように受け取った。

「お互い、落ち着こう」

それがスティーブンの本音。
彼女と少し距離を置くようにスティーブンはソファに座る。
今、彼女に近づけば疚しい男心が勝って、いつもの余裕がある振る舞いが出来なくなりそうだった。
アスカは丸まりながら、ふうふうとマグカップに息を吹きかけて口をつける。
その姿がただただ愛らしくてスティーブンは小さく笑みを作った。

「笑わないでください」

スティーブンの笑みに気づいたアスカは口を尖らせ、ぼさぼさの頭を軽く整えながら泣きはらした顔をブランケットで隠した。

「何で?」

スティーブンは意地悪くアスカの細い腕をとって、自身の正面へ立たせる。
ブランケットはふわりと床に落ち、アスカの大きな青い瞳が上からスティーブンを見下ろした。
硝子細工のような青い瞳は、スティーブンに少し戸惑っているようにも見える。

「よく見せて」

口角をあげながらスティーブンは言う。
スティーブンの腹の奥の熱いものがアスカを見ているとふつふつと沸いてくるようだった。
しかし、スティーブンの真っ直ぐな視線にアスカは、思わず両手で顔を隠す。

「なんで、駄目なの?」

アスカの気持ちを分かりきっているかのようにスティーブンは言う。
するとアスカの白い肌がみるみるうちに桃色に染まっていく。

「スティーブンさん。やめてください。」
「だから何で?」

両手で顔を覆うアスカの手を振り払ってしまう。

「貴方にそうやって見られると・・・恥ずかしいんです」

紅潮させながら俯くアスカの顔。
ああ、なんて堪らない。
自分が好いた女の恥らう姿がスティーブンの心臓をきゅゅうっと締め上げた。
もっと恥らう姿をみたい。
彼女はどんな表情を浮かべて自分を受け入れてくれるのだろうか。
心臓がばくばくと弾んでいく。
スティーブンはアスカをぐいっと引き寄せた。
アスカの長い黒髪がスティーブンに覆いかぶさる。

「アスカ」

どれだけの愛の言葉を並べてもこの気持ちを代弁することはできない。

「見せて」

アスカの頭を引き寄せると、唇を静かにやさしく重ねた。
唇を重ねたままアスカを引き寄せれば、踏ん張りが効かなくなったアスカの身体は簡単に体勢を崩し、スティーブンに上に覆いかぶさった。
唇を重ねる角度を変えればアスカから甘い吐息が漏れ、小さな喘ぎ声が零れだす。
スティーブンに翻弄されるがまま、アスカは唇を重ね、舌を絡めた。
このまま、どうにかしてやりたい。
唇を重ねながらスティーブンは考える。
このまま、唇を下へ下へ這わせ、彼女に触れたい。
もっと彼女を知りたい。
感じたい。
溢れる欲求と重なるように、アスカの涙を思い出した。
彼女の悲痛な叫びにも似た涙を思い出した。
そして、彼女を守りたいと思った。
それは漠然的で浅はかな考えかもしれない。
しかし、スティーブン・A・スターフェイズにとってはとても重要なことで、秘密結社ライブラが掲げる「世界平和」と同じくらい純粋なことだった。
涙を流す彼女をもう見たくない。
スティーブンはアスカの唇から自身の唇を無理やり剥がすと、アスカの髪をわちゃわちゃと掻きまわした。
きょとんと目をまん丸にしたアスカの顔がそこにある。

「アスカ」

アスカの細い指に自身の指を絡め、彼女の胸にスティーブンはおでこを摺り寄せる。
するとアスカはスティーブンの頭をやさしく撫でた。

「スティーブンさん」
「―――もう寝よう。もう疲れた」

なでなでとスティーブンの頭を撫でながらアスカは静かに頷く。
スティーブンの中の疚しい男心は、アスカの撫でる優しい指先の感覚に諭されるのであった。
その晩、二人はソファで一緒に寄り添いながら眠った。









to be continued...




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