濃霧に包まれた街、ヘルサレムズ・ロット。
その街のビルとビルの一角にそれはあった。
アスカは柵に頬杖をついてそれを静かに眺める。

「可愛い・・・」


That's Life!!! 幕間劇 #2「君に花束を!」


休暇をとっていたスティーブン・A・スターフェイズは、ヘルサレムズ・ロットの街を歩いていた。
日が落ちているとはいえ、街は賑わいを失わない。
大通りを歩くスティーブンの姿を人々が振り返る。
細身のスーツ姿で端正な顔立ちの男が両手いっぱいの花束を抱えて街を歩いているのだ。
行き交う人々が見惚れないはずがなかった。

「――くそ」

そんな外見とは裏腹にスティーブンは心の中で舌打ちをつく。
遡ること数時間前。
スティーブンは高級ホテルでおこなわれたパーティーに参加していた。
ライブラの副官として参加したパーティーではなく、一般人として参加したパーティーで参加者のほとんどが高給取りのサラリーマンか企業の社長という、とても浮かれたパーティーだった。
そのパーティーでおこなわれた余興のゲームでスティーブンは異界バラ100本を当てた。
当たった当初は、酒の力もあって盛り上がったが、いざこの花束を持って帰ろうと考えると虫唾が走るほど嫌気がさす。
一次会で帰宅を選んだスティーブンはこうして花束を抱えて街を歩かなければならなくなったのだ。
ゴミ箱かどこかにこの花束を放り投げて捨ててしまいたい。
そんなことばかり考えては、自宅までの距離を数えて歩く。
公園前の階段を上りながらスティーブンは良く知る人物を見つけた。
その人は、ベンチに横になりながら白い脚をゆらゆらと揺らし、自身の腕を枕にして寝ているようだった。
女ながらも無防備に寝るものだからスティーブンはついつい声をかける。

「そんなところで寝ていると風邪引くよ」

声をかけるとまるで、硝子球のような大きな瞳がぱちぱちと瞬きをした。

「奇遇ですね。こんなところで会うなんて」

無防備に公園のベンチで寝ていたのはアスカだった。
アスカは起き上がるとスティーブンの立ち姿を上から下、また下から上へと眺める。

「とりあえず、その花束についてわたしはつっこめばいいんでしょうか」

感情の起伏に乏しいアスカが淡々と言った。
自身よりはるかに年下の女に冷静にツッコまれたスティーブンは居たたまれなくなり、大きな溜息を吐くとアスカの横にどかりと座り、花束を抱えたままうな垂れた。

「いつもこうしているのかい?」

街頭を仰ぎ見ながらスティーブンはアスカに問いかける。
横目で見つめたアスカはいつもどおりの涼しい顔つきでスティーブンをじっと見つめていた。

「まあ、とくに何も無いときはそうですね。家に戻ってもやることないですから」

ふーんと気のない返事をしてスティーブンは異界バラの香りを嗅いだ。
すでに飲んだ酒は覚めているのに異界バラの甘い香りに頭がくらくらとする。

「でも、夜は危ないよ。外で寝るのはやめたほうがいい」

アスカはきょとんと目を丸くした。

「・・・そう、ですね」

思いもよらないアスカの生んだ間に、スティーブンは何かいけない事でも言ったのかと不安になって体を起き上がらせる。

「スティーブンさん、それ異界バラですよね」

すると気づけばアスカがスティーブンの抱える花束に興味があるのか、身を乗り出していた。
その距離は、さらさらとしたアスカの長い黒髪がスティーブンの腕をくすぐるほどに近い。
長い睫が白い肌色に影を落としているのが分かるほどだった。

「誰かに差し上げるんですか」
「パーティーの余興で当てたんだ。だから僕のだよ」

身を乗り出したまま、アスカは花束を眺める。
まるで子どもがショーウィンドウの玩具に見惚れているようだった。

「何、欲しいのかい?」

スティーブンの言葉にアスカの大きな瞳が一瞬輝いたように見えた。
待っていましたと言わんばかりにアスカは首を立てにぶんぶんと振った。
今まで沢山の女性にスティーブンは花を贈ってきたが、こんなに品も色気も無いシチュエーションは初めてだ。

「そうと決まればスティーブンさん!」

と言うとアスカは立ち上がって花束を抱えるスティーブンの手を引いた。
スティーブンが初めて触れたアスカの手はとても小さくて細くて冷たかった。


***


アスカに引かれて歩くこと数十分。
薄暗い路地に躊躇なくアスカは入っていくものだから、スティーブンは驚いた。
すれ違う人は、奥に入れば入るほど人ではなく異界人になっていった。
アスカくらいの年頃の女なら悲鳴をあげたくなるだろうが、彼女は怯える素振りを一度も見せず、それどころか歩きなれているようだ。
アスカの後姿に見惚れていると気づけば、奥ばったビルとビルの間にでた。
ビルとビルの空き地は木の柵で囲まれていて、とても薄暗く、壊れかけの看板には『牧場(ファーム)』と書いてある。
スティーブンがイメージする牧場は、広大な緑広がる土地に牛や羊が無数に飼育されているというものなのだが、目の前の牧場はそれとかなりかけ離れ、とてもチープなものだった。
花束を抱えながらスティーブンは眉間に皺を寄せる。
自分は今、来てはいけない場所にいるのではないか、一抹の不安と後悔に襲われた。

「おいでー」

そんなスティーブンを尻目にアスカは柵の向こう側に向かって声をかけた。
聞き慣れた声に誘われるように、薄暗い場所からのそのそとそれは姿を現した。
スティーブンの背丈以上あるその動物は、異界動物だった。
一見、羊に似ているように見えるが、凶悪な爪や牙がもこもことした毛皮から見え隠れしている。

「この子、異界バラが好物なんです。異界バラってお花屋さんで買うととても高価だからなかなか買えなくて・・・スティーブンさん?」

アスカとアスカに懐く異界動物に躊躇しているスティーブンにアスカは首をかしげた。
スティーブンは改めて思う。
今まで沢山の女性にスティーブンは花を贈ってきたが、こんなに品も色気も無いシチュエーションは初めてだ、と。


***


その一見凶悪な羊に似ている異界動物は器用に異界バラを一本一本、アスカの手から獲って食べている。
ときどき漏れる泣き声は、想像以上に可愛い声でアスカが愛でるのも少し分かるような気がしてきた。
スティーブンは自分が抱える花束から一本抜き取りアスカに渡す。
感情の起伏が乏しいアスカが、とても満足げに餌を与えるものだからスティーブンはもの珍しく、アスカを見つめた。

「いつもコイツに餌あげているの?」
「そうですね。あげられるときはあげています。なかなか好物はあげられないけれど。」

またスティーブンは花束から一本花を抜き取りアスカに渡す。
スティーブンから受け取ったバラをアスカは異界動物に差しだす。
その繰り返し。

「この子、明日出荷されちゃうみたいです。」

異界バラを与えながらアスカはぽつりと言った。
牧場なのだから家畜を出荷するのはあたりまえである。
アスカの愛でるこの動物も例外なく、出荷され誰かの食用となるのだ。

「最後に好物をあげられてよかった。スティーブンさんのおかげですね」

とアスカは小さく笑みを作った。
その笑みはとても繊細で儚く見えて、スティーブンは心を奪われた。
それと同時にうかれたパーティーの余興で当てたうかれた花束を捨てて帰りたいと歩いて嘆いた馬鹿な自分を恥じる。
スティーブンにとって女に贈る花束といえば、口説くための口実もしくは道具でしかないのだけれど、こういう『贈る』も悪くない、と満足げなアスカを見つめながら思った。
スティーブンの手に残る最後の異界バラ、それをアスカに渡す。

「この子が居なくなれば、ここともさようならです」
「―――アスカ」

スティーブンに呼ばれて、アスカは顔をあげる。
呼んだ彼女の名前に続く言葉を考えていなかったスティーブンは、目を泳がせながら言った。

「異界バラ、買いに行こう」

自分が何を言っているのか良く分からない。
酒の酔いなんてとっくに覚めている筈だけれど、スティーブンは自分の言動を酔いのせいにすることに決めた。









to be continued...




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