That's Life!!!



早朝、アスカとスティーブンはブラッドベリ総合病院の総合待合に居た。
開院時間になっていないブラットベリ総合病院は、とても静かで昼間の騒がしさは嘘のようだった。
アスカは待合の長いすに座ってそわそわとしている。
腕の輸血液はすでに外され、代わりに点滴が繋がっていた。

「なんなんですか、あの子は」

壁に寄りかかっていたスティーブンの足元にいつのまにか、小さなルシアナ女医が居るのに話しかけられて初めて気がついた。
あの子と言うのはアスカのことだ。
昨晩の緊急処置が終わって処置室から出てきたときの第一声も『なんなんですか、あの子は』だった。

「あの大怪我じゃあ、普通の人や異界人なら出血多量もしくは、外傷性ショックで死んでいますよ。昨晩も緊急処置している横で傷口が治っていたし・・・」

そんなルシアナに苦笑いを浮かべながらスティーブンは昨晩と同じ返事をする。

「まあ、ここはヘルサレムズ・ロットだからねえ」

いつのまにか小さなルシアナたちがアスカの周りを取り囲んで、思い思いにアスカを観察しだしていた。
慌ててスティーブンは、長いすの後ろからアスカを抱き隠すように割ってはいる。

「ここは、ヘルサレムズ・ロットだ、か、ら、ねえ・・・先生っ!」

すると、どうしたのとアスカが大きな瞳をぱちぱちさせてスティーブンを不思議そうに見つめた。
ブラッドベリ総合病院の入り口の自動ドアが開く。
その音にアスカはまるで小動物のように反応し、スティーブンを押しのけ、小さなルシアナたちを飛び越えた。

「やあ、レオ君!待っていたよ!」
「アスカ!もう身体は大丈夫なの!?」

アスカが待っていたのはレオナルドだ。
挨拶を済ませるとアスカは、がらがらと点滴を引きずりながら、売店に駆け寄る。
その姿をスティーブンは目で追っているとレオナルドと目が合った。
互いに睨みあう。
牽制しあう男ふたりにまったく気づいていないアスカは、軽い足取りで売店から戻ってきた。
腕に抱いているのはスケッチブックとサインペンだった。

「レオ君に文字を教えて貰おうと思ってさ」

とアスカは目をきらきらとさせながらレオナルドに言う。
その始終を見ながら、ふとスティーブンは思う。
自分と会話するときのアスカとレオナルドと話をしているときのアスカの雰囲気が違う、と。
レオナルドと話をしているときは、自分と一緒にいるときの彼女と違って普段以上に愛らしく感じる。
少女的な愛らしさがアスカから溢れていた。

「―――なんですか、スティーブンさん」

長いすの上にスケッチブックを広げる二人の間に入るように、スティーブンはしゃがみこんで満面な笑みを浮かべていた。
レオナルドの目が冷たい。

「いや、レオナルド君の語彙力がどんなものかなあ、と」
「スティーブンさん・・・?」
「僕のことは気にしなくていいんだ、―――さあ、続けてくれたまえ!」

そんな二人を尻目にアスカは鼻歌を歌いながらスケッチブックに単語を羅列させていく。
遠くの廊下で小さなルシアナが小さな悲鳴をあげて大きく転んだ。


***


「疲れています?」

病院の診察時間が始まりいつもの賑わいを取り戻したブラッドベリ総合病院は、あちらこちらで小さなルシアナが飛び回っていた。
いつのまにかアスカの文字勉強会も終わっていて、レオナルドは異界人と話しこんでいた。
スティーブンは空いていた待合の椅子にうな垂れていると、その顔をアスカが覗き込んだ。

「・・・次から僕が文字を教えるよ」
「ええ!それは結構です。変な言葉教えられそう。」

そんなに僕って信用ない?とスティーブンは大きな溜息をついた。
だらけていた体が余計にとろけたように見える。

「信用は、最初からあまりないですね」
「それ、ひどい」

うな垂れるスティーブンにアスカはからから笑うと

「嘘の雇用契約書つかませた罰です」

と言った。
こんなにリラックスしている彼女を見るのは、スティーブンは初めてだった。
その姿を見ているだけでスティーブンは幸せな気分になった。

「もうだいぶ時間が過ぎていますけど、仕事は大丈夫なんですか」

時間はもう昼前になっていた。

「一応、ここでクラウスと待ち合わせするつもりなんだが―――」

と目を配らせていると入り口の自動ドアから赤い大男が入ってくるのが見えた。
クラウスは他の何にも気に留めず、一直線でスティーブンの前まで来て佇む。
徒ならぬクラウスの様子にスティーブンは息を呑んだ。

「スティーブン、大変だ」

急いで来たのか、クラウスの呼吸が少し速い。

「ジョン・クロサキが死んだ」

スティーブンは言葉を無くす。

「ここに来る前に情報が入った。亡くなったと。事件性は無いらしい。自然死だ」

まだ彼に血界の眷族研究について聞くべきことは山ほどある。
重要な話も、アスカについての話も聞けていないじゃないか。
スティーブンは思わず体に力が入り、奥歯がぎりぎりと鳴った。

「―――そんな・・・」

スティーブンの横でアスカが小さく呟いた。
クラウスの言葉をきいて一番ショックを受けているのはアスカだった。

「クロサキは死ねない体のはず。それなのに、どうして―――」

アスカの何かに怯えたように震えていた。
みるみるうちに白い肌から血の気が引いていくのが分かった。

「・・・殺したのね。」

とアスカが言ったのをスティーブンは聞き逃さなかった。









第十六話 「Don’t cry over spilt milk.(こぼしてしまった牛乳を嘆くな)」
to be continued...





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