That's Life!!!



バイクから飛び降りたアスカは、道路へ転がりながら着地した。
レオナルドは慌てて急ブレーキをかけて、振り返る。
アスカは道路の真ん中でむくりと立ちあがると血界の眷属と対峙していた。
眷属が追いかけていたのはアスカだ。
レオナルドは確証を得た。

「アスカ!!」

レオナルドは声をあげるが、アスカは振り向かない。
数メートル先のアスカの口元が動く。
彼女が何を言っているかはレオナルドの元まで聞きこえない。
しかし、アスカが何をしようとしているのかは察しがついた。
アスカは走り出す。
血界の眷属はそれを追いかける。
レオナルドはバイクのエンジンを再びフルスロットにして、今度はアスカと血界の眷属を追いかけた。
まるで猫のような身のこなしでアスカはヘルサレムズ・ロットの街を駆け出す。
裏路地という裏路地、ビルの合間を走り抜けるため、体の大きな血界の眷属も思うようにアスカに追いつくことが出来ない。
そして、バイクで追いかけるレオナルドもアスカに追いつくことができないでいる。
血界の眷属の鋭い攻撃がアスカの髪をかすめる。
長い腰まである黒髪がばさりと頬のあたりでばらばらに散った。
どんなに血界の眷属がアスカに攻撃を加えても、アスカは器用にそれを避け、致命傷を避ける。
たまに血界の眷属とアスカは何か話しているようにレオナルドから見え、まばらに彼の元に彼らの声が聞こえた。
まるで獣をアスカが窘めているようなイメージの会話だ。
レオナルドのスマートフォンが鳴る。
相手は副官、スティーブンだった。

「遅いです!早く来てください!」
『君の移動を今、GPSで追っている!しかし、どうにかして大通りには出られないのか?このままでは、到着まで時間がかかる!』
「それは無理です!今、僕は血界の眷属に追われているんじゃなく、追いかけているんです!」
『はあ!?』
「血界の眷属はアスカを追っているようで、僕は今、アスカと血界の眷属を追いかけているんです!!」
『おい、お前、今、アスカって―――』

思わず口に出た彼女の名前に電話越しにスティーブンは反応する。
やはりアスカに読まされた書類に書かれていたサインは、スティーブン本人のものだったのか。
二人の関係についていろいろスティーブンに確認をとりたくなるレオナルドだったが、それをぐいっと飲み込んで我慢する。

『本当にアスカはそこに居るのか!?』
「ええ、いますよ!今、血界の眷属に追いかけられている!」

言葉に詰まっているスティーブンの姿が電話越しながらも分かる。

「とにかく、僕はこのまま追いかけます!だから早く、僕を追いかけてください!」

というとレオナルドは電話を切った。
バイクを猛スピードで走らせ、アスカを追いながらレオナルドはアスカの最後の言葉を思い出した。
最後に会うのがキミでよかった。
最後。

「アスカ、まさか―――」

浮かんできた言葉を否定したくともしきれない苛立ちを感じながら、レオナルドはバイクのハンドルを強く握った。


***


走る。
走る。
走る。
数十メートル先まで血界の眷属が迫っている。
眷属の狙いは血界の眷属の『偽者』としてのアスカだ。
アスカは身を屈める。
頭上を眷属の爪が走っていった。
長い黒髪がぱらぱらと散ってゆく。
それでもアスカは脚を止めない
言葉を忘れた眷属はアスカという偽者を求めるだけだ。
眷属の爪がまた走る。
アスカの右肩をかすめた。
走る。
走る。
飛ぶ。
アスカは自身の前に一人の幼女が走っている姿をみた。
いつも彼女はアスカの先を行く。
走る。
走る。
眷属の爪がアスカの左脇腹を貫いた。
口角から血が流れるが、アスカはそれでも脚を止めない。
走る。
走る。
アスカは幼女を追いかける。
それは錯覚だ。

ねえ、失敗作。

幼女はアスカを呼んだ。
これは白昼夢だ。
アスカは走りながらルーシーを見た。
あの日を見た。
走れば走るほど霧がどんどんと濃くなっていく。
これ以上、進むと異界側に行き着いてしまうほどに人間が理性をもって行動できる限界が近い。
アスカは開けた場所まで走りきると立ち止まって血界の眷属と向き合った。
崩落前は小学校だったのだろうか、構築と破壊を繰り返した空き地には昔の面影はほとんど残っていない。
逃げ回ったお陰でアスカの身体は傷だらけで、立っているだけで足元には、血溜まりができていた。
血界の眷属は無数にある瞳でアスカを嘗めるように見つめ、近くまで歩み寄る。

「・・・フェイカー、食ベタイ。オイシイ?」

アスカは口角を上げ不敵に笑う。
大詰め、終幕。
例えるならばどの言葉が似合うのだろう。

「おいしいよ。食べてみる?」

ぎざぎざの歯が一本一本、アスカの目で確認することができるほど大きく肥大した血界の眷属の口が開く。
その姿はアスカをすっぽりと覆い隠す。
これでいい。
アスカは思った。

―――いいわけないじゃない。この失敗作。

アスカは眷属の向こう側に車の眩いヘッドライトを見た。

ブレングリード流血闘術。
エスメラルダ式血凍道。

「111式 十字型殲滅槍」
「絶対零度の槍」

血界の眷属がアスカの目の前から吹き飛ぶ。
そこにクラウス・V・ラインヘルツとスティーブン・A・スターフェイズが居た。
眷属がけたたましく悲鳴をあげる。
何がどうなっているのか。
出血のせいか混乱する頭のせいか、アスカはよろけながら地面に腰をついた。
―ピロン。
クラウスのスマートフォンの通知が鳴る。
車のヘットライトの横にレオナルド・ウォッチがスマートフォンを握り締めて立っていた。
神々の義眼。
それは、血界の眷属から目を離さない。

「憎み給え 許し給え 諦め給え 人界を護るために行う我が蛮行を。」

クラウスは静かに淡々と唱える。

「グリャトリカ・ムゾムフ・ベロニカ・ギル・ソラトリューニュ。貴公を密封する。―――ブレングリード流血闘術999式 久遠棺封縛獄」

一瞬のことだった。
赤い鮮血とともに血界の眷属は十字に封印されていく。
人の手によって血界の眷属が打倒さているところをアスカは初めて見た。
人間は血界の眷属に劣位に価すると思っていた。
それが彼女の中で覆った瞬間だった。
血だらけの傷だらけのアスカをスティーブンが溜息混じりに見下ろす。
アスカはそれをただただ黙って見上げることしかできない。
彼との約束を破ったのはアスカだ。
咎められてもしょうがない。

「アスカ!!」

それを割って入るようにレオナルドがアスカのパーカーの胸倉を掴んだ。

「なんでだよ!」

呆気になりつつ、視界いっぱいの今にも泣き出しそうなレオナルドの顔をアスカはただ呆然と見つめた。
血界の眷属に傷つけられた傷口が痛む。

「最後とか言うなよ!ふざけんな!」

ああ。
怒っているのか、彼は。
泣きながら怒る人って本当に居るんだな。
と胸倉を掴んで騒ぎ立てるレオナルドに感心しながらアスカは、口角を上げて意識を手放した。


***


古時計の秒針の音だけが響く。
ジョン・クロサキはベッドサイドのライトを点けて、床に臥せていた。
命を繋ぐチューブの気泡がはじけ、繋がれた命の残り時間をクロサキは静かに数える。
クロサキは昼間の来客者のことを思い出した。
クラウスとスティーブン。
彼らはアスカのことを知っていた。
アスカは未だに生きている。
彼女のことを思い出すだけで、クロサキは胸が高鳴った。
アスカという存在は、クロサキの生き方を肯定してくれる存在。
彼や彼の研究が『間違っていなかった』と証明してくれる唯一の存在。
年老いて身体に自由がなくとも、クロサキは胸の奥が激しく燃え盛るのが分かった。

「―――久しぶりだな。君のお陰で、私は百年と長生きしてしまった。」

クロサキは部屋の隅に向かって声を放った。
部屋の隅の影からそれは現われ、影は一歩一歩とベッドに歩み寄る。
懐かしむような瞳を浮かべてクロサキは言う。
それはまるで独り言のようにも見えるが、確かにそれはここに居る。

「・・・やっと、私の寿命を終わらせてくれるのかね」

オルゴールが鳴る。
その音色はクロサキにとっても聴きなれた懐かしい音色だった。

「哀れな吸血鬼よ。壊れたオルゴールをいつまで大切に持っている」

影は黙ったまま。

「いくら求めたとしてもお前の望みは叶わない」

クロサキの瞳孔が開く。

「――・・・何をやったとしても、過去はとりもどせない・・・」

息をひと吹きすると、クロサキは静かに動かなくなっていった。
けたたましく医療器具が鳴り響く。
一人の研究者の寿命がここで終わる。
呪いによって引き伸ばされた長くて途方も無い一生が終わる。
機械仕掛けのオルゴールは音色を奏でた。
吸血鬼はそのオルゴールを大変大切にしていた。
奏でる旋律は歪んだ音色。
その音色が吸血鬼である彼のすべてだった。










第十四話 「Nothing comes of nothing.#4(無から生じるものは何もない)」
to be continued...




Grimoire .
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -