わたしは姉さんのように沢山は持ち合わせていなかった。
だから誰もわたしに興味など抱いてはくれなかった。
幼少期のわたしはいつも一人。
でも不思議なことに泣いていると知らない間に、友達ができていた。
その友達は一晩だけの限られたものだった。
友達を見てお母様は言った。

「それは屍喰い(グール)っていうんだよ。」



That's Life!!!



「お前は人間ではない。だからといって血界の眷属でもない。ならばお前はなんだ。アスカ」

鬼は黒い塊となってそこで蠢く。
モロスの問いにアスカは黙ったまま。
しかし、拳銃を持つ手が震えている。

「無尽蔵の魔力を持つ人の形を模ったただの偽者。お前はそれだ」

がくりとアスカは拳銃を持つ手を下し、拳銃を手放した。
自動式拳銃がアスカの足元に転がる。
それをアスカはただ眺めた。

「相手が同族であれ、人間であれ、誰にも渡さない。お前のその血も肉も骨も内臓も髪の毛一本ですら、それは俺のものだ。お前のその力は俺のものだ。」

形なくしてモロスは暗闇に潜む。
もう、その姿は影でしかない。

「アスカ、お前はここでは生きてはいけられない。だからお前はもう一度、俺の元に戻って来る。何故ならば」

お前は俺だから。
血界の眷属の気配がなくなる。
広いリビングにはアスカが一人佇むだけ。
アスカは奥歯を噛みしめながら、天井を仰ぎ見た。

「スティーブンさん、帰って来るの遅いな」

止まっていた時計が動き出す音が聞こえた。


***


「当時の研究所は偽者を作り出すことに成功し、血界の眷属という存在に近づけたことで慢心していたのかもしれない。我々にとって実験体の彼女らは他の研究で使うマウスやモルモットと同じ存在と捉えていた。だが、それは間違いだった。」

クロサキは淡々と当時の研究についてクラウスとスティーブンに話し続ける。
血界の眷属研究と禁忌といえる偽者研究について。
老いながらも奥深くに小さな熱を持つクロサキの眼差しがスティーブンと重なった。

「アレも所詮、化物だったというわけだ」

少女たちが拷問のような実験にかけられていたことを想像する。
白いワンピースを着て笑うアスカの姿を思い出した。
まるで使い捨ての道具のように扱われる少女たちを想像する。
今朝、いってらっしゃいとスティーブンに声をかけたアスカの姿を思い出した。
自分の無くした記憶が思い出したくない過去だったらと不安げに言うアスカの姿を思い出す。

「スティーブン!!」

気付けば、スティーブンは凍りのような表情を浮かべながら、クロサキの老いた胸ぐらを掴んでいた。
その腕をクラウスが止める。

「化物にしたのはお前たちだ。」

冷たく、冷たく、世界が凍えていくのを感じながら言った。

「そのとおりだよ」

口角をあげながらクロサキは頷く。

「だが、君たちのような人種ならば、分かってもらえると思うんだがな」
「貴方たちと我々牙狩りを一緒にしないで頂きたい。」

と言うとクラウスは力を込めて胸ぐらを掴むスティーブンの手を引き離す。
腸が煮え繰り返るような苛立ちを抱えているのはクラウスも一緒だ。
行き場のない苛立ちがここにはある。
クロサキは、そんな二人を尻目に話を続ける。

「人間の業は、化物よりも恐ろしい。実験体という化物を飼い始めて、研究所に歪みが生まれたのは言うまでもない。辞めていく研究員も多かった。だが、所長のアリシアと私を含む初期メンバーだけは残って研究を続けていた。」

ルーシーとアスカが生まれてからアリシアの研究への執念は度を超すばかりだった。
それは私ですら、距離を置きたいと感じるほどに。
だが、今ここでアリシアと実験体たちを残して立ち去るほどの勇気も無かったし、残してしまうほど恐ろしいことはないと思っていた。

「血界の眷属の真理に触れるためには、我々も人の形を捨てなければならない」

あるとき、アリシアは私にそういった。
しかし、彼女の言った言葉の意味をその時は私は深く捉えていなかった。
研究者として研究するということは、様々なものを諦め捨てるということだったから。
しかし今思えば、あの時のアリシアに気づいていれば少しは何かが変わっていたかもしれない。

「その時、すでにアリシアは、悪魔に身を売っていた。」

血界の眷属研究をするために、血界の眷属と血の契約を結んでいた。
彼女が解明した一部のDNA魔術式も、彼女が造った『偽者』という存在も、彼女の研究に関わるものすべてを血界の眷属はアリシアに与えていた。
アリシアは、自身の魂と我々研究員の寿命を血界の眷属に預けることによって、探求ための追求の道を選でいたのだ。
最初から。


***


「やあ、レオ君。こんばんは。」
「うあああああ!」

ピザの宅配のためにバイクを走らせていたレオナルドは、突然目の前に現れた女を避けるために、バイクのハンドルを切った。
冷や汗をかきながらレオナルドは振り返る。

「アスカ!?」

そこにはいつもどおりのホットパンツにパーカー姿のアスカが居た。
とうに日は暮れて夜になっていた。
夜にアスカと会ったことないレオナルドはとても驚いたように声をあげる。
そもそもバイクの進行方向に飛び出してこないでよと、レオナルドはアスカに言いたくてしょうがなかった。

「キミを見かけたので、ちょっと声をかけてみたのだけれど」

いつものように目をきらきらとさせながらアスカは言った。

「迷惑だったかな」
「迷惑というか、バイクの前に突然、出てきちゃ駄目だよ」

レオナルドの言葉にアスカは、そうか、そうだよねと頷いて見せた。
いつもと変わらないひょうひょうとしたアスカのようにレオナルドは思えたのだが、どこか彼女の雰囲気が変わったように感じ、レオナルドはアスカを呼びとめた。

「アスカ?何かあった?」

レオナルドの問いにアスカは首をかしげた。

「キミに文字を教わって、本当は自分で読めるようになりたいと思ったのだけれど、どうも時間がなくてさ」

アスカはホットパンツのポケットから小さく折りたたんだ書類を取り出し、レオナルドに差し出した。

「これ、わたしの代わりに読んでくれる?」

差し出された書類を受取るとレオナルドは、目を通した。

「雇用契約書?」
「うん、それ。何て書いてあるの?」

レオナルドと一緒にアスカは書類を覗き込む。
文字が読めないアスカにとって書類に書かれている文章はただの模様でしかない。
だからレオナルドが読みあげる言葉を期待してアスカは待つ。
しかし、レオナルドの表情は少しだけ陰った。

「アスカ、これ、雇用契約書じゃないよ」
「え?」
「ホームパーティーのお知らせ。是非、ご参加ください、だって。」

自身が想像していたものとかけ離れたレオナルドの返答にアスカはきょとんとしたように目を丸くした。

「これを雇用契約書としてアスカに渡したんじゃあ、アスカは騙されてる」

レオナルドの言葉にアスカは肩を震わせ顔を伏せた。
ひょっとしたら落ち込んでいるのかもしれない。
レオナルドは焦った。
しかし、レオナルドの思惑とは少し違っていた。
アスカは肩を震わせて笑いだしたのだ。

「あははは、あの人ならやりかねないね!あはは」

ついに立っているのも辛くなって、アスカはレオナルドを前にして腹を抱えながらしゃがみこんだ。
レオナルドは書類のサインを確認する。

「スティーブン・A・スターフェイズ・・・――マジ?」

アスカが以前『あくどい上司』と言った人は、レオナルドの良く知るライブラ副官、番頭、冷血漢なのかと自分の目を疑った。
アスカはあははと腹を抱えてひとしきり笑うと、笑いをこらえながらレオナルドの肩を叩いた。

「いやあ、愉快だね。こんな気分になれたのは初めてだよ。キミのおかげ!」
「アスカ、この人・・・」

目じりに涙をためながらきらきらとした笑みをアスカは浮かべていた。
アスカの後ろでビルの1階が吹き飛ぶほどの爆破がおこる。
爆風を二人は浴び、目をあけるのがやっとだ。
レオナルドは目を開く。
神々の義眼。
赤いオーラを身にまとったそれと目が合った。

「アスカ!逃げよう!」

レオナルドはアスカの手を引いて宅配用のバイクに乗せると、エンジンをフルスロットにして道路に出た。
同時に赤いオーラがレオナルドたちに気がついて追いかけてきた。

「レオ君。すごい追いかけてくる!」

アスカは楽しそうに振り返る。

「ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!!」

赤いオーラのそれは血界の眷属だ。
レオナルド一人でどうにかできる相手ではない。
とにかく逃げないと。
バイクはヘルサレムズ・ロットの街を右往左往しながら駆け抜けてゆく。

「笑っている場合じゃないんだ!アスカ!」
「そうだ!そのとおり!でもね、わたしは今、すっごく面白いよ!」

レオナルドは運転しながらスマートフォンを取り出す。
連絡をとらなければ、自身のボスへ。
クラウス・V・ラインヘルツの電話番号をレオナルドは探す。
とんとん。
レオナルドはアスカに肩を叩かれて振り返った。

「最後に会うのがキミでよかった」

と言うとアスカは猛スピードで走るバイクから飛び降りた。


***


クラウスのスマートフォンの着信が鳴る。
相手はレオナルド・ウォッチ。
レオナルドは受話器の音から声が漏れだす程の声で言った。

『大変だ!クラウスさん!』

レオナルドの尋常じゃない動揺を汲み取ったクラウスは、彼に聞き返す。

「何があった?!」
『血界の眷属だ!血界の眷属が現れた!』

クラウスとスティーブンは目を見合す。
何よりも先に優先すべき事柄の発生だった。
その二人の様子を読み取ったクロサキはくくくと笑いだした。

「申し訳ありませんが、我々は今すぐ、ここを立たなければなりません。今日の話の続きをまた明日伺うことはできますか?」

クラウスの問いにクロサキは頷いた。

「いいとも。もっとも重要なことを話せていないからね。また明日ここへ来るがいい。君も来なさい。」

クロサキはスティーブンを見る。

『あああ!もう!何やっているんだ!アスカ!!?』

アスカ。
クラウスの電話越しからアスカという思いもよらない名前が出て、スティーブンは焦る。
夜、一人で外を出歩くなとあれだけ彼女に言い聞かせていたのに。
何故、SOSを送るレオナルドの口から彼女の名前が出るのだ。
スティーブンは思わず、クラウスからスマートフォンを取り上げると、電話越しにレオナルドを呼ぶ。

「おい!レオナルド!今、アスカって!どういうことだ!?」
『―――――』

しかし、すでに電話は切れてしまっている。

「行くぞ。スティーブン。行けば分かる。」

クラウスに促されるようにスティーブンはレオナルドの居る現場へ向かう。
猛スピードで車を運転する間も悪い予感にスティーブンは襲われていた。










第十三話 「Nothing comes of nothing.#3(無から生じるものは何もない)」
to be continued...




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