That's Life!!!



「君たちが知ってのとおり、血界の眷属研究が始まったのは第二次世界大戦終戦の間近。当時の裏社会や政治家からの融資で研究が成り立っていた。そのとき、私は研究者として駆け出しで研究者の生活は苦しく、入所できればどこでもよかった。」

クロサキはベッドのサイドテーブルから写真立てを手に取った。

「当時、まだ研究所はとても小さく研究者はたったの4名。そこに彼女は居た。」

写真をクロサキはクラウスとスティーブンに見せた。
白衣を着た研究者4人が映っている。
そこにスティーブンの良く知る顔が居た。

「アスカ」
「そう。よく似ているだろう」

アスカに瓜二つの女性が写真に写っていた。

「彼女の名前はアリシア・ベンジャミン。研究所の所長をしていた。どこからともなく研究活動資金を確保してくるのはいつもアリシアだった。」

アリシアは研究所の誰一人に自身の出生や個人に関することについて、教えることはなかったが、彼女の行動やから研究者以外の側面があることは分かっていた。
アリシアは、吸血鬼など退治する退治屋の末裔だった。

「よく、アリシアが言っていたよ。自分には吸血鬼を退治するセンスは無いが、吸血鬼を見るセンスはあると」

冷静時、1960年代になると研究所は大きくなっていた。
研究所はニューヨークの中心街の地下に移転し、研究員はかなり増えていた。

「私もアリシアも相変わらず、研究に没頭していた。人類には到底到達できないであろう眷属たちのDNAを研究するのはとても面白かった。しかし、ある時、気がついた。」

クロサキは静かに言う。

「自分たちの老いが遅れているのに。そのとき血界の眷属研究をはじめて約20年経つのにも関わらず、初期メンバーの身体の老いが人より遅れていたのだ。特にアリシアは、老いるどころか若くなっているようにも思えた。」

クロサキの体にまとう管が呼吸するたびに、ぎゅるぎゅると鳴る。

「初期メンバーの誰もが困惑していた中、アリシアはこういった。これは『呪い』だと。」

でもいいじゃないか。死ねない呪いならば、とことん眷属について研究してやろうではないか。
我らの主の存在を暴こうではないか、と。

「ちょうど、その頃だった。アリシアの研究チームが眷属のDNAの一部の術式の解読に成功したのは」

君たちなら分かってもらえると思うが、この解読の研究は世紀の大発見といっていいほどのものだった。
彼らの無尽蔵の力と生命力の真理に人類は一歩踏込むことができたのだから。
この研究のお陰で牙狩りの武器の開発も大いに進んださ。

「そして、研究は新たなるフェーズへ上った。遺伝子操作による複製の作成。それが、血界の眷属の『偽者』研究」

聖遺物などに紛れている血界の眷属のDNAを人間の体に移植し、遺伝子操作をおこなう研究。
遺伝子操作とは名はいいが、結局のところ生身の人間のDNAに魔術式を強制的に焼き付ける研究だ。
まず、研究をおこなうためには、たくさんの赤子が必要だった。
全世界から人種問わず、孤児や貧困層の赤子を買い集め研究に使う日々が何年も続いた。
しかし、どれも失敗だった。
出来上がる偽者たちは、移植した直後すぐに死んでしまったり、形容し難い姿になったり、とにかく悲惨なものだった。

「―――クラウス君。私を殴りたいのかね」

体を震わせ聞くクラウスに対して、クロサキは嗜めるように言った。
クラウスは震える左手の拳を右手で必死に抑えていた。

「今思えば、我々は狂っていた。それは呪いのせいと言えば容易いが、研究のために手段を選ばなくなっていた」

1980年代に入ると研究に携わって約四半世紀たっていたが、初期メンバーはまったく衰えず、若さを保っていた。
しかし、研究は1960年代から進展も無く行き詰る一方で、研究の資金繰りも悪くなる一方だった。
そのとき、生まれたのさ。
実験体488号と489号。

「ルーシーとアスカ。彼女らは双子の姉妹だった」


***

アスカはバルコニーで唄を口ずさんでいた。
唄の名前は知らない、覚えてない。
でもメロディが浮かんでは口元から溢れていくのだ。
アスカは街を眺めながら自身を鼻で笑う。
自分が慣れないワンピースを着て男の帰りを待つなんて、つい数ヶ月前のアスカには考えられない状況だった。
異界と現世が交わりヘルサレムズ・ロットが生まれ、異界人・モロスに助けられた。
崩落前の記憶がないアスカにとって、異界と交わったヘルサレムズ・ロットが世界の全て。
回りには異界人しかおらず、人間としての常識などほぼ持ち合わせていなかった。
それがたった数ヶ月で全てが変わった。

「きっとこれが幸せっていうやつなのかな?」

幸福について考える頭など持ち合わせていなかったはずなのに、今はもっと幸せになりたいと考えてしまう。
ここに居れば一時だけかもしれないが、幸せになれるかもしれない。
しかし、アスカは知っている。
自分には、そのような選択肢など最初から与えられていないことを。
アスカは徐にスカートをヘソまでたくし上げるとショーツに挟んだ自動式拳銃をとりだし、リビングにあがった。
銃口を部屋の隅、黒く蠢く影に向ける。
その影は部屋の片隅にしっかりと存在していた。
オルゴールの音色。
その音色はアスカが口ずさんだ唄によく似ている。

「そんな物騒なものを、向けるもんじゃない」

影は姿を次第に表す。
異界人・モロスがそこに居る。

「貴方は、行く当てのないわたしを救ってくれた」
「そうだとも」

「生き方を教えてくれた」
「そうだとも」

しかし、銃口はモロスに向けたまま。
アスカは淡々と感情を殺したかのように言った。
モロスは静かに頷く。

「でも、わたしから記憶を奪ったのは貴方だ」

モロスはにいっと口角をあげた。

「血界の眷属。それが貴方。」

異界人モロスと呼ばれたそれは、闇に溶ける。
そこには鬼が居る。
吸血鬼。
血界の眷属。
もう異界人・モロスはどこにも居ない。
否、最初から居なかった。
モロスは血の様に紅い瞳でアスカを見つめる。
しかし、アスカは銃口を彼に向けたまま、一歩も引かない。
鳴り響いていたオルゴールの音色が止まる。
醜悪な老人の姿をしていたそれは、いつのまにか青年のような人の形になっていた。
モロスは眷属としての姿でアスカと対峙する。

「そんな銃では、俺は殺せないよ」
「ええ。知っている」
「知っているのになぜ、向ける?」

モロスの紅い瞳にアスカが映る。
眷属はまた口角をあげて笑った。

「人間の真似事かい?」


***

「実験体488号と489号は一緒に誕生した。アリシアはそれらに名前を与えた。」

ルーシーとアスカ。
彼女らが生まれる以前は、生まれた赤子のDNAに魔術式を焼き込むという方法をとっていたのだが、彼女らの場合は違った。

「アリシアは自身の卵巣から卵子を取り出し、第三者の男性の精子とかけあわせ、体外受精させた。そののちに、核分裂をおこし始める数十時間のうちに眷属のDNAに触れさせるというものだった」

クロサキはどこか楽しそうに皺くちゃな顔を緩めつつ雄弁に話す。
クラウスもスティーブンも押し黙った一言も漏らさない。

「研究所の研究員は彼女らの誕生に歓喜したさ。長年の研究の成果がやっと報われたのだから。特に初期メンバーは震えるほど喜んだ―――アリシアが実の子を実験体に使った現実に封をしてね」

アリシアを主体に彼女ら二人を使った実験が始まった。
まず、乳幼児期の生態観察。
それはほとんど人間と変わらなく、成長速度も人間と変わらなかった。
少し、人間と違うところが観察から分かりだしたのは、幼児期の年齢に差し掛かったくらいだった。
姉のルーシーに眷属と同じような特性が見られるようになった。

「自己再生の能力。」

その能力は我々研究者が求めていたすべてだった。
眷属の無尽蔵な生命力こそ、力の起源であるから。
それから、その能力を手始めに、ルーシーに眷属としての能力が多く見られるようになった。
実験体489号、ルーシーを使った研究が始まる。

「まず、我々人類にとって血界の眷属とは打倒すべき存在である。しかし、君ら牙狩りが道具を使ってもなお、吸血鬼を灰に戻すのは容易ではない。我々がおこなっていた血界の眷属研究は、眷属を根絶やしにするためにおこっていた研究だ。」
「まさか・・・!」
「そう、実験体を使って血界の眷属を殺す方法を探した。しかし、所詮は偽者だ。本物ほど無尽蔵な生命力というわけではないことは、今までの研究で分かっていた。偽者は首を落とすか心臓を潰せば死ぬ。だから死なない程度に実験体の身体をバラしたりもした。」

殺気立つクラウスをスティーブンが肩を叩いて嗜める。
これは過去の話だ。
しかし、スティーブンの腹の奥で何かが燃え滾る熱さを感じた。
一緒にクラウスが居なかったら、彼が取り乱していたかもしれない。

「そして、恐ろしいことにこれらの研究をもっとも推し進めていたのは、アリシア自身だった。実験体に『お母さん』と呼ばせながら、人道から大いに反した研究を繰り返していた。」

しかし、過度なルーシーへの実験が原因か、ルーシーの肉体的な成長が幼児期あたりでとまってしまた。
また、一方、実験体489号、アスカは眷属らしい特性を現われずに居た。
そんな彼女に失敗作の烙印を押さない訳が無い。
彼女は失敗作として扱われるようになる。

「しかし、我々の目測は誤っていた。彼女にすでに眷属としての力が現われはじめていた」
「それは?」

感情を押し殺しながらスティーブンは問う。

「屍喰いを作る能力」

あれは少しずつ少しずつ誰にも気づかれないところで屍を重ねていた。











第十ニ話 「Nothing comes of nothing.#2(無から生じるものは何もない)」
to be continued...




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