That's Life!!!



アスカは目を覚ますと、スティーブン宅のリビングのソファの上に居た。
窓の外は朝焼けが広がっている。
アスカはうつらうつらする眼をこすると、昨晩の出来事を少しずつ思い出していく。
しかし、思い出せば出すほど、胸がバクバクし、顔から湯気がでそうなぐらい熱くなった。

「―――んっ」

同じソファで同じ毛布をかぶって寝ているスティーブンがアスカの腰を抱き寄せた。
腰を抱き寄せると安心した表情に戻って、またすやすやと寝息を立て寝始める。
アスカはスティーブンに腰を抱きかかえられたまま、真っ赤な顔を手で覆い、恥ずかしさのあまり、消えてしまいたかった。


***


「いいかい。アスカ。もし、外出するときは必ず携帯電話を持参すること。携帯にはGPSがついているから、何かあればすぐに分かる。」

出勤前の玄関先でスティーブンは、まるで子どもに言い聞かせるようにアスカに言った。
分かっているのか、分かっていないのかアスカは、はいはいと頷いて聞き流そうとしている。

「それと日が暮れてからの外出はしないように」
「はいはい」

アスカの態度にスティーブンはむっとしたような表情を浮かべた。

「本当は、四六時中つきっきりに居てやりたいくらいなんだぞ!」
「はいはい」
「―――っだからその、返事!」

スティーブンを尻目にアスカは、玄関ドアを開いて背中を押した。

「もう何分、このやりとりやっていると思っているんですか。出勤の時間をとうに過ぎています」

と言うとスティーブンを押し出すようにアスカは玄関のドアを閉めた。
家から押し出された家の主は、深い溜息をついて肩を落とす。
目を閉じると昨晩のアスカの火照った肌と瞳、唇の感触を思い出した。
彼女にあんなに触れたのは初めてだった。
それなのにアスカときたら朝から至って普通に、昨日の出来事などどこ吹く風のように振舞ってくるのではないか。
確かに昨晩の情事があったからとはいえ、何かをして欲しいなど、彼も子どもではないし、ある分けでもないのだけれど、もう少し自分を気にかけて欲しいものだった。
まるでスティーブンだけが浮かれているような。

「そうだ、スティーブンさん」

開かないであろうと思った玄関ドアからひょっこりとアスカが顔を出した。
スティーブンはギョッとする。

「いってらっしゃい」

ドアが閉まる。
変化球の野球ボールを横っ腹にくらったような衝撃をスティーブンは感じて、惚けるようにその場に立ち尽くした。

「・・・いってきます」

思わず、気のない返事を玄関ドアに向けて放ってしまった。


***


情報屋から買った情報はどれもこれも腐っていた。
情報屋の情報によるとヘルサレムズ・ロット在住とされる生物学・遺伝子工学に秀でる学者は12名だったのだが、その該当者にそれぞれ当たってみると、すでに事故やら事件やらに巻き込まれて死んでいる人間がほとんどだった。

「もう二度と、あの情報屋からは情報は買わん。」

とスティーブンは目を細くして書類を睨み、車のエンジンをかけた。

「まあ、そう言うな。スティーブン。あと3件残っているじゃないか。」

苛立ちを隠せないスティーブンとは対極にクラウスは穏やかな表情を浮かべている。
車は発進する。
ヘルサレムズ・ロットの街が窓の外を流れ出した。
スティーブンとクラウスは、朝から情報屋の情報を元に二人でニューヨーク崩落前からこの街に住んでいる生物学者と遺伝子工学者を探していた。
崩落前ならまだしも、崩落後のヘルサレムズ・ロットではまともな学者ほど希少だ。

「アスカ君は?」

残された3件分の情報書類に目を通しながら運転するスティーブンに向かってクラウスは言った。

「今は僕のマンションに住まわせている。下手なところに住んでいるより安心できるからね」
「記憶は相変わらずなのかい?」

クラウスの質問にスティーブンは言葉を詰まらせる。
昨晩のアスカの様子では、きっと何かしらの記憶を血界の眷属との応戦時に取り戻しているように思える。
しかし、彼女のいう「思い出したくない過去」だったらと考えると、聞けずにいた。

「―――そのためにこうやって当時の学者をさがしているのさ。」

血界の眷属研究を知る研究者を探し、『偽者』研究について調べる。
そうすれば、おのずとアスカの過去にたどり着ける。
スティーブンはそう自身に言い聞かせる。

「次は、そこの角を右に曲がったビルだ」

スティーブンを横目で見つめながらクラウスは小さく笑った。


***


あてを回って残すところあと1件になったのは、日が傾いた夕方だった。
クラウスとスティーブンはヘルサレムズ・ロットの住宅街に居た。
大崩落前ならば閑静な住宅街と言っていい場所なのかもしれないが、ヘルサレムズ・ロットの街では、閑静とはかけ離れた住宅街となっていた。

「本当にこんな場所に居るんだろうか」

車を蛇行させながらスティーブンは呟く。
情報屋から買った情報をあてに、ものの見事にスカって丸一日をクラウスとドライブするはめになってしまった。
いいかげん何かしら引っかかって欲しいと天に向かって願ってしまう。
車が停車する。
住宅街の端。
ビルとビルの間にその住宅は建っていた。
今にも朽ち果てそうなのは、大崩落の影響なのかそれともそれ以前からなのか。
二人は異様な雰囲気を漂わす家の前で仁王立ちし、家を見上げた。

「「これは、ビンゴかも」」

二人の声が重なる。
この家には明らかな魔術刻印があちらこちらに書かれている。
防犯を兼ねているのだろう。
魔術刻印の種類からクラウスやスティーブンと同業種なのが見て取れた。
スティーブンは呼鈴をならした。
すると玄関を若い女性が開けた。

「どちらさま?」
「すみません。警察の者なのですが、この家に生物学者もしくは、遺伝子工学者の方がいると伺いまして。お会いできないでしょうか」

スティーブンは慣れたようにその女性に対して自分たちを『警察』と名乗った。

「ひいおじいちゃんのことかしら」

スティーブンとクラウスはお互いの顔を見合わせた。

「会わせていただけないでしょうか」

少し前のめりになりつつクラウスが言った。
すると女性は、戸惑いつつも家の中に入れることになった。
家に入るとますます魔術刻印があちらこちらに描かれているのが目に入る。
それは、魔術刻印というよりは古くから伝統的に伝わるまじないに近いのかもしれない。

「もともと、ここはひいおじいちゃんの家で、たまたまわたしはおじいちゃんの看病と観光を兼ねてヘルサレムズ・ロットに来ているの。」

と言うと女性は家の一番奥の部屋に二人を案内した。

「おじいちゃん、警察官さんがいらっしゃっているわ。」

ドア越しに女性は確認をとると古びた木製のドアを開いた。
クラウスとスティーブンは息を呑んだ。
そこには、キングサイズのベッドの上で栄養を身体に直接送り込むための管が体中に挿入されている、皮と骨しかないような老いた老人がいた。

「やあ、いらっしゃい」

掠れきった声で老人は言う。
歓迎してくれているのか弱々しい笑みを作っている。

「私は、クラウス・V・ラインヘルツと申します。こちらは、スティーブン・A・スターフェイズ」
「私はジョン・クロサキ」

ジョン・クロサキと名乗る老人はクラウスに向かって手を差し出した。
皮と骨しかないような手をクラウスは包むように握手をする。

「単刀直入に伺いましょう。貴方は血界の眷属研究をご存知ですね」

女性が部屋から出るのを横目で確認するとクロサキは口を開く。

「君たち、警察ではないね。・・・牙狩りかな」
「秘密結社ライブラと申します」

広がる沈黙。
よく見渡すと部屋には本が無数に本棚に立てられており、その本はどれも医学書や工学士など小難しいものばかりだ。

「そこにある本はどれも古いものだ。私の足が動かなくなってからは、とんと本を買い足すことができなくなってね」

スティーブンの視線に気づいたのかクロサキは笑みをつくった。

「―――知っているといえば、私は殺されるのかな」
「いいえ。貴方の命は保障します。」
「そうじゃあ、何か知りたいことでもあって、来たというわけかい?」

クラウスは頷く。
クロサキが目を配ると誰の手を触れずに、カーテンが閉まり、カタカタと部屋の隅の椅子が二人の足元まで動き出した。

「私の家はもともと魔道士の家系でね。といっても私にはほとんどその才能はなかったんだが、こう年をとって体が動かなくなるととても便利なものだ。」

蝋燭に火がつく。
促されるがまま、クラウスとスティーブンは椅子に腰掛けた。

「血界の眷属研究について我々にご教示いただきたい」

沈黙。
その沈黙を破ったのはスティーブンだった。

「貴方は、アスカを知っていますね」

クロサキの細い目が大きく見開かれ、口元が大きく緩んだ。
しかし、それも一瞬のことですぐにもとの老人の姿に戻ってしまう。

「我々はすでに、血界の眷属研究について調べさせていただいています。『偽者』研究についても。」

少しうな垂れるようにクロサキはベッドに寄りかかると、思いを馳せるよな眼差しで遠くを見た。

「アレは生きているかい?」
「アレとは?」
「『アスカ』だよ。」

まるで人が変わったような言葉遣いにスティーブンは息を呑む。

「アレは私たちが作った『最高傑作』だった。血界の眷属にとてもよく似ているだろう?」

というとクロサキは鼻で笑い、細い目でクラウスを見つめた。

「君たちのあてのとおり、私は昔、血界の眷属研究の従事者だった。いいだろう。答えられることは答えてあげるよ」

スティーブンの情報屋へかけた金額と、今日一日の行脚が報われた瞬間だった。


***


マンションのバルコニーでアスカは、外を眺めていた。
日が暮れ始め、あたりは暗くなりつつある。
白いワンピースと黒い髪を風にたなびかせ、アスカはスティーブンの帰りをただただ待つのだった。
小さく唄を口ずさみながら。










第十一話 「Nothing comes of nothing.#1(無から生じるものは何もない)」
to be continued...




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