空には満月が昇っていた。
街灯の灯りなどいらない。
月明かりに照らされるように一人の男は佇んでいた。
死神 ウォルター。
ウォルターは咥え煙草に火を灯すと、壁に身をもたれかかるように地面にずるずるとへたり座った。
彼がもたれかかった壁には血の痕。
ウォルターの吸血鬼狩りの夜が終わりを告げようとしている。


5万打達成記念リクエスト小説 「君に捧ぐ物語」


気づけばウォルターはベッドの上に居た。
昨晩の吸血鬼狩りを終えた辺りから記憶がなく、どうやってこの自室のベッドまで辿り着いたのか想像もつかない。
起き上がろうとすると白い手がそれを遮った。
ヘルシング邸に仕えるフランス人家政婦のアスカだった。
アスカはウォルターの腕の包帯を器用に取替えていた。

「今日は休みなさいってアーサー様が言っていたわ」

アスカに胸を押し返されてウォルターは再びベッドに戻された。
ふかふかの枕に布団。
これらはアスカが用意してくれたものだった。
アスカは真剣な眼差しでウォルターの怪我の手当てをひとつずつおこなっていく。
腕の包帯の換えから、眉尻にできた傷口の消毒。
アスカの手がウォルターの頬の傷に触れようとしたとき、ウォルターは動く手でアスカの手を掴んだ。

「アスカ」

ウォルターの黒い瞳がアスカをじっと見上げる。
すると雫がウォルターの目じりや頬に落ちていった。

「泣かないで」

アスカの蒼い瞳は溢れるばかりの涙が溜まって、ぽつぽつとウォルターの上へ降り注ぐ。
ウォルターはその涙を包帯が巻かれた手で拭ってやると、アスカの頭を自分の胸へ引き寄せた。

「貴方はいつも血だらけで戻ってくるのね」
「ごめん」
「包帯を巻きなおしても、巻きなおしても、いつも別のところに傷を作って帰ってくる。」
「ごめん」

アスカは身を起こすと涙を浮かべながらウォルターの胸を小さな拳で叩いた。

「もう少し、自分を大切にして」

いつもこうやってアスカを悲しませてばかりだ。
ウォルターはアスカの金色の髪を撫でながら思う。
彼にとって吸血鬼狩りをしている瞬間だけが、生きている実感を与えてくれるひとときだった。
誰も与えてくれない心の躍動があの一瞬にはある。
それをどうやって止めることができるだろうか。
そうだとしても。
それだとしても。
アスカがこうやって悲しむのは少し胸が痛む。
彼女が泣くのは何故かとても厭だった。
ウォルターは抱きかかえながら起き上がると、アスカを包み込むように抱きしめ、涙を流す目じりに唇を落とした。

「アスカ」

君のために僕は戻ってくるよ。
たとえそこが地獄だとしても。
僕は君の元へ必ず帰る。


***


「――ウォ―――タ―――」

誰かが呼ぶ。

「ウォルター」

目を覚ますとそこにインテグラル嬢が居た。
いつの間にかウォルターは椅子に腰掛けたまま眠ってしまったようで、外出していたインテグラル帰宅していたらしい。
ウォルターが目を覚ますとインテグラルは窓からヘルシング邸の広大な庭園を眺めていた。

「お嬢様。古い夢を見ておりました」
「―――そうか」

神々しい太陽の日差しが窓から入り込み、インテグラルの髪を姿を照らしていた。

「ならば起こしてしまって、すまなかった」
「いいえ、起こしていただき有難うございます」

と言うとウォルターは椅子から立ち上がり、主に一礼を向けた。

「私の見ていた夢はとても懐かしいものでしたが、もう手元には決して戻らない思い出です」

今から何十年も前の初恋の夢を見た。
その恋は今のウォルターには想像もできないくらい純粋なもので、彼女に向けた感情も、彼女に与えられた感情もとても温かいものだった。
もうこの世のどこを探しても見つけることができない感情だった。

「お嬢様、紅茶をお入れ致しましょう」

この思い出を胸の奥深く、誰にも見えない感じないところに秘めて、ウォルターは残りの人生をアスカの思い出と共に生きることを決めた。














ウォルター夢の「頼むから黙って、ただ愛されてくれ」シリーズのヒロインをイメージして作成しました。
同シリーズの完結というか結びにあたる話になればと思います。(想像におまかせ)
5万打達成記念リクとして本小説を書かせていただいております。
約8年ぶりにウォルター夢を書かせて頂きありがとうございました。
本小説はリクエストを下さった方および、HELLSING夢好きの皆様に捧げます。



20171203
Grimoire
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -