伯爵は城の寝室のベッドの上で女を押し倒し、長い赤毛をたくし上げ、白いうなじに牙を突きたてた。
女が小さく悲鳴を上げる。
それは毎晩のように交わしていた行為だった。
少しずつ、少しずつ、女が死なない程度に伯爵は女の血を啜った。
そのため、女は人間であり、吸血鬼であり、半身の身体を持っていた。
しっかりと殺してくれたならばいいのに。
女は憎き伯爵を睨みながら思った。
しかし、伯爵は女を殺さない。
彼女が人間であるから意味があるのだ。
吸血鬼になった女など興味などなかった。
吸血鬼の吸血は人間でいう性行為と同じであり、互いに一定の欲情を産む。
女は厭々と首を振り、伯爵から逃げようとするが、いつものように伯爵は女をベッドの中へ押さえ込むと白いネグリジェの上から彼女の肌をつつと指でなぞった。

「・・・この、化物。貴方など誰からも愛されたりなどはしないわ!」

はあ、と伯爵の生温かい息が女の頬を掠める。
その吐息に女は身体をくねらせ、悶えた。
伯爵の冷たい手がネグリジェの中へ伸びる。

「その化物に悶えているお前はどうしたというのか。」

城の寝室はとても冷たい。
凍えてしまいそうになるぐらいに、吐き出す息が白くなってしまうほどだ。
血を吸われ、がたがたと鳥肌を立たせながら凍える女の肌が伯爵には愛おしく思えて、赤い舌でそれを舐めた。
女はぞくりと身体を震わせ、シルクのシーツの中に顔を埋めて熱い息を吐き出すのを我慢する。

「お前は私を愛している。」
「魔術で手に入れる愛など本当の愛では無いわ。」

女の言葉に伯爵は顔色を曇らし、肌を撫でる手を止めた。
緑色の女の瞳が伯爵を睨み、伯爵を罵倒する。
女の鋭い眼差しは、遥か昔に伯爵を貫いた槍にとても似ている。
遥か昔に彼を切り裂いた剣の刃にとても似ている。
赤髪をかき上げながら女は乱れた己のネグリジェを調え、伯爵と向き会う。

「貴方など、誰からも愛される資格なんてない。」

女は言う。
伯爵の紅い瞳はゆらゆらと泳ぎ、机の上の一枚の写真へ向いた。
その写真には貴婦人の姿が写っていた。
ミナ・ハーカー。
彼女が。
伯爵はもう一度、女の頭と首を持って無理やりベッドへ彼女を静めた。
女は呻くがそんなこと知ったことか、と伯爵は女のネグリジェの中を弄った。

「そうだ。お前はそうでなくてはならない。」

女の鋭い緑色の瞳を隠し、自身が見えないように伯爵は彼女の頭を持つ。
終始、彼の口元は笑っていた。
その笑みは狂気そのものだった。

「お前は私を侮辱し続けなければならない。そのための女だ。そのための人間だ。」

はあ、はあと伯爵のまるで獣の様な熱い吐息が女のうなじに絡みついた。

「私は化物だ。化物なのだ。化物はいつも独りだ。」

伯爵は叫ぶ。
それは心からの叫びだった。
女が顔を半分上げ、横目で伯爵を睨む。

「もっと睨め。もっと恨め。お前をこのように陥れたのは私だ。このドラキュラ伯爵なのだよ。」

貴方なんて嫌い。
女は呟いた。
その声は本当に小さく、押しつぶしたような声だった。

「貴方なんて嫌い。嫌い。滅んでしまえばいいのよ。吸血鬼!」

女は声を張り上げる。
まるでその声は鋭い刃物のようだ。

「ミナ・ハーカーはお前の物にはならないわ。何故ならば彼女は人間だから。哀れな化物よ!人間は化物などに振り向かない。」

突然、女を押さえつける力が緩んだ。
その隙をついて女はもう一度、伯爵に向き合う。
ぽとり、ぽとり。
女の白いネグリジェを紅い滴が跡をつけた。
小さな滴はじわりじわりと跡を大きく広げてゆく。
どうして。
女は叫んだ。

「どうして、貴方が泣くの!」

伯爵は紅い涙を紅い瞳からぼろぼろと零していた。
涙を流す本人も涙の意味が分かっていないようで、自身の涙に戸惑い、困惑している。
彼が同様するように、組み敷かれていた女も涙に動揺し、戸惑う。
伯爵は鬼なのだから、吸血鬼なのだから。
女は伯爵の額に白くて長い指を伸ばした。
吸血鬼には零本の角が生えている。

「どうしてよ。どうして。」

長い指で女は角を撫でた。
すると伯爵は女の手を取って、手の甲に唇を落として、牙を立てた。
鬼の紅い瞳が女の緑の瞳を見つめる。
彼は未だに涙を流し続けていた。

「貴方は私の名前すら知らないくせに。」

伯爵は女を抱きしめた。
それはまるで何かに縋っているように。
既に冷たく肌の暖かさを忘れた彼の死んだ肌は、女の生温かく生きている肌を欲し、求めた。
自分の胸の中で大きな身体を丸くして抱きつく伯爵の髪を、女はぐしゃぐしゃと撫でた。

「私は貴方などを愛してなどいない。」

おいおいと泣く吸血鬼の背中に女は言い放った。

「この衝動も、この感情も。」

胸の中の吸血鬼が女の胸元に向って牙を立てる。
その牙が彼女の胸に刺さるのは一瞬のことで、白いネグリジェが紅い彼女の血で真っ赤に染まってゆくのも、あっという間のことだった。

「すべて貴方自身が作為的生んだものなのよ。」

吸血鬼の涙は白いシルクのシーツを紅く染め、ぽろぽろと零れる涙は女の血とシーツの上で混ざり合ってゆく。

「だから、私が貴方を愛することなんで決して―――・・・」













哀れな
哀れな吸血鬼。
愛とは人間にだけに与えられた幸福なのよ。
たとえ、貴方が心底求めようともそれは手に入らない。
貴方は化物だから。









END
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