Grimoire
第四話 Grimorium Verum:グリモリウム・ウェルム




闇が終わろうとしている。
東の空が明るい。
太陽が昇ろうとしているのだ。
吸血鬼たちの夜も終わる。
インテグラルの命により、吸血鬼を殺ったアスカは自分の部屋に戻ると、暗い部屋の角に蹲った。
できるだけ、小さくなるように身体を丸くさせる。
まるで何かから逃げるように部屋の角へ向う。
小さくアスカは呻いた。
手負いを負ったわけではない。
しかしアスカは何かに苦しむように苦悶の声を上げた。
吸血鬼を狩った夜は身体が高ぶる。
断絶しているはずの血液を欲してしまう。
自分の欲に溺れてしまいそうになる。
血が欲しかった。
アスカは呻きながら自分の強欲に負けぬように、右手に思いっきり噛み付いた。
ぽたぽたと血が落ちる。
みるみるうちに血溜まりが出来た。
己の血液だが、幾分かは心を落ち着かせることができる。
アスカはその血を一生懸命に吸い上げ、舐めた。
生き血を飲んではならない。
吸血してはならない。
我慢をしなければならない。

「・・・そんなに血が欲しいか?」

ゆらりと壁を越えてアーカードがアスカの部屋に侵入する。
アスカはまるで獣のような眼差しをアーカードに向けた。
その姿はまるで敵に警戒する山猫のようだった。

「黙れ。アーカード。」

もう下がれる場所など無いのに、またアスカは部屋の角へ身体を埋める。
うううと唸る。
その姿がアーカードには面白いらしく、口角を上げた。

「インテグラやセラスの前ではあんなに強がっていたのにな。お前も結局は吸血鬼というわけだ。」
「黙れ。・・・近寄るな!」

アスカはアーカードを払いのける。
が、その払いのけた腕はアーカードに受け止められ、引き寄せられるだけだった。

「もう朝が来る。太陽の日差しを浴びたら、お前はどうなる?」
「・・・塵に戻るだけさ。」

鼻先と鼻先がくっついてしまうほど、近い。
アスカの瞳には、にたあと笑う紅い姿が鮮明に写る。

「100年間でお前はそこまで弱くなったのか!?たった100年間で!太陽の日差しを避けなければ歩けぬほどに!」

からからとアーカードは笑う。
くくくとアーカードは笑いを堪える。
腕を掴む手に力がこもり、アスカはまりの痛さに顔を歪めた。

「血が欲しくて、欲しくて溜まらない。吸血はできないから、自らの血を啜るか・・・。」

自ら噛み付いて傷を作った手をアーカードは拾うとにやりと笑う口元へ運ぶ。
舐めた。
舐められた。
ぽたぽたと流れ続ける血をアーカードは舐め、ちゅっと吸い上げた。

「まるで自慰行為と同じだな。」

厭、厭と逃げるがアーカードがそれを許すはずも無い。
ついにアスカはすっぽりとアーカードの胸の中に入ってしまった。
てろっと首筋を長い舌で舐める。
アスカの身体がぶるぶるっと震えるのをアーカードは胸の中で感じた。
そして耳元で囁く。

「俺の血を吸ってもいいんだぜ?」

はっとアスカが反応する。
猫の目がアーカードを睨んだ。

「吸血鬼同士なのだから、生き血を吸ったことにはならないだろう?」

と言ってアーカードはアスカの唇を自分の首筋にあて、さあ、と自らの首筋を差し出しつつも、胸の中のアスカの心が揺れ、乱れているのをひしひしと感じた。
思わず、口元が綻ぶ。
アスカが動揺している。
アスカが迷っている。
はあはあとアスカは吐息を零し、震えている。

「・・・アスカ・・・?」

耳元で囁く。
アスカの紅い瞳がアーカードに向いた。
澄んでいながらも、鋭い眼差しだった。

「ここから去れ。アーカード。」

と言いアーカードの身体を押し退け、掴む腕を振り払った。

「貴様の誘惑、私には効かん。」
「くくく・・・それでこそ、アスカだ。」

笑うアーカードを理解できないアスカはますます不愉快になってゆく。
アーカードがアスカの唇に触れようとする。
しかし、それすらもアスカは許さずに振り払ってしまった。

「去れと云っているのが聴こえんのか?アーカード!!」

アーカードを押し退けてアスカは立ち上がった。
そしてアーカードを見下した。

「嫌だと、要ったら?」
「私がここから去る。」

くるりとアーカードに背を向けてアスカは部屋のドアに手を掛けた。
はははと笑い声が響く。

「もう日が昇る。朝が来るぞ。日を浴びれば塵に帰ってしまうのではなかったかな?」

しかしアスカはドアを開く。

「戯言を。私とて馬鹿じゃない。太陽の日差しなどマントを着ればなんとでもなる!」
「・・・ほう。」
「・・・っ!何が言いたい。アーカード!!」

じっとアーカードはアスカを見つめた。
何も言わずにじっと。
その視線に耐え切れなくなったのはアスカで、舌打ちするとアーカードを部屋に残して外へ出た。
東の空が橙色に輝いている。
朝が間近だ。
部屋に残されたアーカードはじっとアスカが去っていたドアを見つめ続けた。
そしてくくくと笑うと、鉄の臭いに誘われるように床に滴ったままのアスカの血を手でなぞり、舐めた。
またなぞり、舐める。
まるで処女の血を舐めるように、アーカードはアスカの血を上手そうに舐めた。
しかし、吸血鬼の血の味は反吐の味がする。
旨いはずが無い。

「・・・やはり、面白い女だ。」






「はあ、はあ、はあ・・・はっあ。」

太陽も昇りきる前に部屋から飛び出したアスカは、ヘルシング邸の薄暗がりの中で部屋の中に居たように、蹲っている。
アーカードの気配も無い。
自らの身体が落ち着くまで、アスカは暗がりに居るつもりだ。
勝手に息が切れる。
血が欲しい。
小さくアスカは呻いた。
声を押し殺さなければ、ウォルターとインテグラルらに気づかれてしまうかもしれない。
自らの醜態を知られてならなかった。

「・・・あともう少しだ。」

息絶え絶えにアスカは呟く。

「・・・あともう少し。」

嫌な汗が頬を伝った。
百年間、我慢をしてきた。
百年間、苦しみを耐えてきた。
強欲に打ち勝ってきた。

「はあっ・・・はあ・・・」

首から下げる木製の十字架をアスカは握った。
じゅっと皮膚が焼けた音がする。
今のアスカにとって十字架さえも弱点になりかねないほど、身体が弱っていた。

「・・・もう、時間が無い。時間が。」

日が昇る。
草木を照らし、葉に滴る露をきらきらと輝かせている。
どこか遠くで雄鶏が無く。
朝が始まろうと街が動き出そうとしていた。
廊下の窓から太陽の日差しが差し込む。
それは直ぐアスカの隣まで日差しは伸びていた。

「・・・フリアエ。」

残された小さな薄暗がりでアスカは小さく呟いた。





to be continued... Grimoire
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