私はいつかサバトへ行くのだ。

何度も繰り返すようにそれは云う。

サバトで先の先駆者たちが宴を開いて待っている。

暗闇の中で呟く。
瞳を開いているのか、閉じているのか分からなくなってしまうほどの闇。
己も溶け込んでしまうのではないか、と思うほどの闇。

ヴェルドレが私の手を引っ張り導いてくれるだろう。
私を背中に背負い込んで、導いてくれるだろう。

それは云う。

私はサバトへ行くのだ。





Grimoire
第一話 Lemegeton:ソロモンの小さな鍵。





「すみませーん。宅急便ですー!」

夜も更けた頃。
泣く子も黙るほどおぞましい空気を漂わすヘルシング邸に似合わぬ声が響く。
ヘルシング邸には夜間便の配達員が大きな荷物を抱えて待っていた。
暫くして、ペン片手に女が屋敷から出てくる。
屋敷に対応すべき者が居なく、仕方がなくセラスが屋敷から降りて来たのだ。
何であたしが、とぶつぶつと零しながらセラスは配達員にサインを返した。

「お嬢さん、一人で屋敷の中へ持っていけるの?こんなに大きな荷物だけれど。」

と言って配達員はセラスに荷物を見せた。
よく見ていなかったが、配達員がいうようにとても大きく、長い荷物だ。
吸血鬼であるセラスに重い荷物が持てないということはないのだが、やはり大きいと関心してしまうほどの荷物だった。

「・・・たぶん、大丈夫だと思います。」
「なら、よかった。生物らしいんで、早めに開封した方がいいですよ。」

と言うと配達員はセラスに荷物を預けるとそそくさとヘルシング邸を後にした。

「宛先は、インテグラ様・・・へ?」

セラスは大きく、長い、荷物を抱え込むとインテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング宛の荷物を屋敷の中へ持ち込んだ。






『こちら、現場前です!ご覧下さい!現場は騒然としております!』

ヘルシング家の当主、インテグラルは書斎でニュースを観ていた。
イギリスでは先日から通り魔的殺人が続いており、それが連日ニュースで取り沙汰されている。
インテグラルが思うに、この事件は吸血鬼の仕業だと思っている。
もう暫くすれば、帝国もしくは教会から王立国教騎士団、ヘルシング機関の出動要請もあるかもしれない。
葉巻を咥え、机に頬杖をつきながインテグラルはニュースを観る。
そこへ執事ウォルターが書斎へ入ってきた。

「お嬢様、お電話が入りました。」
「誰だ?」
「フランスのプランシー家からです。」

インテグラルはテレビの電源を落とし、変わりに電話のスピーカーボタンを押した。

『もしもし?インテグラ!?久しぶりねー。元気にしていた?』

受話器から聞こえてきた声はインテグラルがとても聞き覚えのある声だった。

「・・・ウィネか。」

声の主はフランスのプランシー家の当主、ウィネの声だった。
インテグラルとウィネは幼い頃からの仲であり、ヘルシング家とプランシー家も深い繋がりを持った御家同士である。
しかし、インテグラルはウィネという女が苦手でしょうがなかった。
特にこの金切り声のような声と彼女の性格に問題があったのだ。

「何の用だ。ウィネ。私はお前に用は無いぞ。」
『そんなこと言わないで。インテグラ!私はとても貴女に用があるんだから!』

ウォルターの後ろの扉から先ほど届いた大きな荷物を背負ったセラスが入ってきた。
思った以上に重かった荷物を床にどかりと置く。

「どうしたのですか?セラス嬢。この荷物。」

思わず、大きな荷物とセラスの額の汗にウォルターも問いかけてしまう。

「インテグラ様宛て荷物が届いて・・・」

大きな荷物は人一人分の背丈ほどある大きさをしている。
インテグラル宛の荷物と聴いて、電話中でありながらもインテグラルはセラスの持ってきた荷物とセラスを交互に見つめた。

『―――もしもし?聴いているのインテグラ。それでね、貴女にお願いがあるの。』

と横から吸血鬼アーカードが赤いマントを翻しながら、壁を越えて書斎へ侵入してきた。
アーカードの興味はインテグラルに送られた荷物であるようで、口元に笑みを浮かべさせながら、荷物を見下ろす。

『うちの吸血鬼がイギリスに向うから間違えても殺さないで欲しいの。ほら、貴女すぐに吸血鬼だと思うと殺しちゃうじゃない?だから先に連絡を入れようと思って。』
「ちょ、ちょっと待て!ウィネ!!」

インテグラは机を叩くと慌てるように自分宛の荷物へ駆け寄った。
宛先はインテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング。
送り主はウィネ・ド・プランシー。
インテグラルの顔はみるみるうちに青ざめてゆく。
それを心配してセラスは声をかけるが、その声はインテグラルには届いていない。

「ウィネ!!貴様!」
『あら?もう届いているの?なら、話は早いわ。うちの吸血鬼、少しの間だけ、面倒を見てほしくて。』

インテグラルとウォルターの空気が凍りつき、セラスは頭の上にクレッションマークを浮かばせる。

『あら、安心して。2、3日もすれば私もイギリスへ向うから。それまでの間、おねがーい!』

慌てるインテグラルを後目に、アーカードは荷物の包みを丁寧に外してゆく。
やはり何故か楽しそうだ。

「ふざけるな!ウィネ!貴様の吸血鬼だろうが!」
『もう、インテグラったらすぐに怒鳴るんだから。そんなだと、結婚できないわよー。』
「ウィネッ!!」
『あ、そうそう、インテグラ。うちの猫に貴女の狼の腰を振らせないでね。だだでさえ、盛っているんだから。』

インテグラルの言葉も聴かずに、ウィネは一方的に電話を切ってしまった。
大きな溜息とともにインテグラルは届いた荷物を見下ろす。
荷物はすでにアーカードが包みを剥がし終えようとしていた。

「この荷物・・・」

セラスが呟く。

「ええ、カンオケですよ。」

ウォルターがセラスに答える。
荷物は白い柩であった。
柩の蓋には十字架とアスカ・レメゲトンと彫られていた。

「アーカード。」

柩の蓋に手を掛けようとしていたアーカードをインテグラルが制止する。

「開けてはならぬ!」
「何故。」
「それは疫病神だからだ。」

くくくとアーカードは喉を鳴らすと、インテグラルの制止を聞かずに柩の蓋を開いた。
棺の中には透き通るほどの白い肌を持った、金髪の女が眠っている。
その寝顔はまるで死人の様で、その場に居た皆、インテグラルでさえも美しいと思ってしまうほどの女であった。
アーカードは棺の中を覗きながら言う。

「起きろ、アスカ。」

アーカードの声にアスカと呼ばれた美しい女は愚図って見せた。
しかしうっすらと瑠璃色の瞳を開くと、桃色の唇が開いた。

「へ?」

いかにも寝ていました、という間抜けな返事をしながら、アスカは眠け眼をこすると辺りを見回し、アーカードとインテグラルを交互に見比べた。
そして二人の顔を見つめると、ああ、と納得したような声を上げた。

「インテグラ・・・となると、着いたのか。」

柩の中には吸血鬼が眠っていた。
フランスからイギリスへ渡ってきた吸血鬼が。
プランシー家に遣える吸血鬼が。
アスカという女が眠っていた。

「おはよう。インテグラ嬢。」

それはサバトへ向うため。


to be continued...
Grimoire
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -