Grimoire
幕間劇 まるで地獄ではないか





朝日が昇るまで数時間まだ残っている。
アーカードはヘルシング邸を遊歩していた。
すでにヘルシング邸は寝静まり、とても静かだ。
こつこつと大理石の廊下を鳴らしながらアーカードは口角を上げた。
応接間のソファーで何者かの気配を感じる。
暗闇の中でも充分すぎるほど効く目でアーカードは確認すると、にやりと目を細めて笑った。
そこに吸血鬼・アスカが居た。
ソファーの上でうとうととしてしまったのか、テーブルの上に読んでいた新聞を放り出し、横になって眠っている。
寝息を立て眠るアスカをアーカードは上からじっと見つめる。
綺麗な金髪の髪を白い肌に絡めながら眠るアスカはとても美しかった。
とても妖艶だった。
しかし、アスカのような弱い吸血鬼は柩の中で眠らなければ朝を越すことができない。
アスカならば尚更だ。
それなのにアスカは窓の直ぐ近くのソファーで眠っている。
朝が来ればどうなるのか。
それを考えるとアーカードは楽しくてしょうがなく、喉をごろごろと鳴らした。
このまま消えてしまうのか。
お前のように美しい女が、朝を待って消えてしまうのか。
アスカの白い肌をアーカードは指先でなぞる。
するとまるで愚図る赤子のように身を捩り、アスカは眠り続けたままだった。
どうやらアーカードの気配に気づいていないようだ。
それほどに深い眠り。
どんな夢を見ているのだろう。
アーカードは指でアスカの金色の髪を撫でた。
白いうなじが露になる。
そこに歯型が残っていた。
アスカを吸血鬼にした吸血鬼の歯型だ。
とても古い傷。
しかし、はっきりとその傷は残っているし、残り続けるだろう。
残り続ける他の男の跡がアーカードは気に入らない。
自分の傷は彼女の何所にも残らないのに。
自分の跡は彼女の何所にも残らない。
アーカードはゆっくりと牙をたて、アスカに身を乗り出す。
他の男の跡の上に自らの跡を。
白いうなじに牙を立てる。

「アーカード!!」

アスカの低く唸るような声。

「ああ、起きていたのか。」
「あたりまえだ。誰だってここまでされれば起きる。」

残念そうなアーカードに対して、アスカは厳しい眼差しを浮かべる。

「こんな所で眠って。」

ぎしりとソファーが鳴る。
アスカを下にしてアーカードが上に乗ったのだ。
そして、白いうなじに残る傷跡を撫でる。
ぞわぞわと撫でる。
アスカは厭、厭とアーカードから逃げようとするが上に彼が乗っている以上、逃げることが出来ない。
だから精一杯にアスカはアーカードに腕をつっぱる。

「誰に喰われた。」
「どんな男に。」

アーカードは再び、アスカのうなじに牙を立てた。
ぶわっとアーカードの吐息がアスカを熱くする。
しかし、アスカは口角をあげたままアーカードを睨んだ。

「私を女にした男さ。」

アーカードが睨むのをアスカは横目で口角を上げつつ見つめた。
何を考えている。
アスカはアーカードを見つめ考えるが、掴めない。
しかし、彼が少し怒っているのは彼の眼差しから感じることができた。
アスカはアーカードを自らの身体から引き離す。
大きな獣はただアスカを上から見つめることしかできない。
獲物を上から見下ろす。

「お前よりも何倍も私を好くしてくれる男だよ。」

と言うとアスカはにやりと笑った。
アーカードがちらりと目をテーブルに向ける。
テーブルの上に輸血のパックが皿に盛られていた。
吸血鬼用の食料だ。
アーカードの視線に気づいたのか、アスカはつまらなそうに言う。

「ウォルターが用意した。」
「飲まないのか。」
「ああ。」
「何故。」
「いらないから。」

吸血鬼なのに。
アスカには100年間、吸血せずに生きてきた。
他者の血を吸うことなく。
アーカードは静かにアスカを見下ろす。
不敵な笑みを浮かべるアスカの姿が気に食わない。
吸血鬼であるのに吸血鬼であろうとしない彼女が気に食わなかった。
アーカードは皿の輸血パックを掴むとそのままアスカの腹の上に投げつけた。

「飲め。」
「嫌よ。」

そのまま二人はにらみ合う。
何を思ったのかアーカードは輸血パックに爪を立てると、アスカの腹の上でパックを破ってしまう。
破れたパックからはぼたぼたと血が溢れ、アスカの洋服と腹を汚してゆく。
ソファーもあっという間に紅く染まり、血は床に流れていく。

「何を考えている!?」

じわじわと染み込んでくる紅を前にアスカは叫んだ。
アーカードが口角を上げ、まるで彼の下は血の海のようだ。
身を屈めアーカードは赤い舌をちろと出し、アスカの腹を服の上から舐めた。
どうしたのかとアスカは目を見開き、吸血王の動向を見つめた。
彼がアスカを見る。
その眼差しにアスカは身を震えさせた。
ちろちろとアスカの腹を舐める。
輸血パックの血を彼は飲んでいた。
アスカの腹を皿にして。
ちろちろと舐める。
アーカードの手がアスカの白い肌に伸び、服をめくり、露にする。
臍にたまった血もアーカードは逃すことなく啜った。

「やめろ。アーカード!」

アーカードは答えない。
その代わり、赤く長い舌を出してアスカの赤く染まる白い肌をちろちろと舐め続けた。
舌はアスカの腹より上へ伸びる。
舌はアスカの腹より下へ伸びる。
厭がるアスカは腕を突っ張ってアーカードの引き離そうとするが、抵抗虚しく、彼はアスカの中へ中へ入っていく。

「・・・やめろ・・・っ」
「何故、厭がる?お前が要らぬというから、私が飲んでやっているだけだぞ?」

にやりと口角を上げてアーカードはアスカを上目遣いで見つめる。
アーカードが身を乗り出し、アスカのうなじへ向かう。
はあはあと荒い息遣いが首元へかかり、アスカは身を捩った。
ソファーがぎしりと鳴る。
ぎしぎしと鳴る。

「まるで処女の女のような反応だな。」
「煩い。煩い。離れろ・・・!」

ちろちろと舌がアスカのうなじを舐め、傷口を舐める。
他の男の跡。
アーカードは舐める。

「そんなに私に他の男の跡がついているのが気に入らないのかい?」

アスカの言葉にアーカードは目を丸くして驚いて見せた。
そして静かに頷く。

「ああ、気に入らない。」

今度はアスカがアーカードの言葉に目を丸くした。
彼がそんなことを素直に言うとは思ってもいなかったのだ。
しかし、立場が変わらない以上、アスカはアーカードに敷かれたままだ。
アスカはテーブルに手を伸ばし、残りの輸血パックを握った。
彼女の口角が上がる。
アスカはアーカードの下で輸血パックに爪を立てて、パックを破った。
血がぼたぼたと零れ、アスカの腹を紅く染めてゆく。

「アーカード。」

アスカはゆっくりと吸血王に向かい、紅く熟れた唇から放った。

「血が零れているよ。」

その声はとても妖艶であり、まるで淫魔のようだ。

「お舐めよ、アーカード。」

アーカードがにやりと笑う。
私の腹を皿にして舐めよ、とアスカは呟き、彼女もまた口角を上げて笑った。
おずおずとアーカードは大きな体をかがめると再び、アスカの腹の上の血をちろちろと舐め、ずるずると啜る。
白い肌が紅く染まっていく。
ちろちろと舐めるアーカードの舌をアスカは目を閉じてただ感じた。
舌が上へ、下へ進む。
はあはあと腹に熱い吐息が噴きかかる。
ぴくんと身体を跳ねさせてアスカはぎゅっと拳を握った。
化物でも吸血鬼でも無い、男の性がそこにある。

「・・・ああ」

初心な少女のようにアスカの口元からも熱い吐息が零れてゆく。
震えるアスカの手を持つとアーカードは静かに唇を手の甲に落とし、指先に唇を当てた。
白い頬を赤く染め、幼子のように悶えるアスカがとても愛らしく感じてしまう。
とても美しく、壊してしまいたくなる。
アーカードは瞳を閉じて感じるアスカをただ見つめた。
この女は足を開き、自身を受け入れることは無いだろう。
彼女の紅く熟れた唇を見つめながら悟る。
この女の中には別の男の記憶が流れており、この女の心の中には別の者が居る。
瞼の裏で誰を想像している。
誰を想っている。
アーカードはアスカの名を優しく呼ぶ。

「煩い。私はお前が嫌いだ。」
「私もだ。」

口角を上げてアーカードは答える。

「私に喰われてはくれないか。」
「厭。」

思ったとおりの返答。
朝が来る。
薄っすらと既に外は明るい。
それでもアーカードはアスカの腹を血が無くなっても舐め続けた。
まるで事情を楽しむように。
ドラクルはドラキュリーナを離さない。

「私を好くしてくれ。アスカ?」







END

この小説は『夢の在処』へ投稿したものです。
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