Grimoire
第九話 The Sage of the Pyramids:ピラミッドの哲人





燃える。
燃える。
燃える。
熱い。
熱い。
熱い。
娘は蒼い瞳で一部始終を見つめていた。
自分を抱きしめながら燃えてゆく母親の姿を意識が途切れるまで見つめていた。






無限の中を鴉が舞う。
黒い羽が宙を舞う。
憎悪を秘めながら舞う。

「今のお前には俺は倒せない。」

シトリーがアスカに対してにいっと笑った。
それはこの勝負にたいしての自信の笑みであった。
向ってくるシトリーに対してアスカはただ睨む。
アスカは宙に魔方陣を描く。

「我に剣を。」

魔方陣が輝く。
シトリーも魔方陣を描く。
二人は輝く魔方陣から剣を引き抜いた。
剣が交わる。
それは決闘。
互いの剣が走る。
力はほぼ互角だった。
第二撃。
鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。

「もう一度、言おう。」

シトリーは繰り返す。
刃と刃が交わる。
火花が散る。

「今のお前には俺は倒せない。」

アスカの動きが一瞬鈍る。
剣はシトリーによってはじき返され、アスカの手から離れてゆく。
その瞬間を待っていたといわんばかりに、シトリーは新たな魔方陣を描く。
魔方陣が輝く。

「俺はこの日を待っていた。貴様を倒すこの日を。」

魔方陣から100本の槍が噴き、吸い込まれるようにしてアスカに向って飛んでいく。
アスカはそれを避けようと身を翻すが、無情にも槍がアスカの身体を貫く。
銀の槍。
身体が蒸発する。
まるで身体が千切れ落ちてしまったのではないか、と思ってしまうほどの痛み。

「100年間、生き血から離れている貴様は弱すぎる・・・!」

シトリーがにいと笑った。
黒い瞳が見開かれる。
鴉は啼く。
憎悪を啼く。

「・・・戯言を。」

どくどくと血が止らない。
血を流しながらアスカは口角を上げて笑った。
槍で貫かれた傷は酷く蒸発してもろく、蝋のようにひびが入り崩れかけてしまっている。
それでもアスカは自由の利く手で魔方陣を描く。
しかし、シトリーはそれを許さない。

「ここは俺のフィールドだ。すべては俺の思いのまま。」

加重力。
アスカの足元にはシトリーの魔方陣が輝いていた。
ごぼりと血を吐いて呻くと、アスカは地べたに吸い込まれる。
しかし、それをシトリーは受け止めるとアスカの髪を掴み、顔をこちら側に向けさせた。

「そう簡単に意識は失わせない。俺はお前が苦しむ顔を、もっと!もっと!もっと!もっと!」

鈍い音を立ててシトリーはアスカの頬を殴る。
衝撃は、アスカはマンションの壁へ吹き飛ばせた。
ぼとぼとと零れる血が止まらない。
アスカの目の前が霞む。
血が足りなかった。

「貴様は裁かれなければならない。」

吹き飛んだアスカの元へゆっくりとシトリーは歩み寄る。
黒い瞳が鈍く光った。
彼の手には古く痛んだ聖書が握られていた。
シトリーの憎悪と彼の歴史が壁にうな垂れるアスカの元へ向かう。

「我は異端審問官なり。」

魔方陣が輝く。
シトリーの魔方陣だった。

「汝は神を冒涜し、民を惑わした。」

その魔方陣が無数に辺りに広がる。
いつの間にか結界内のいたるところに魔方陣が生まれていた。
鴉。
鴉が大きな翼を開き、ばたつかせる。
黒い羽が宙を舞う。
それはとても美しい光景だった。
シトリーはからからと笑う。
狂気がそこにある。
無数のシトリーの魔方陣がくるくると回りだし、輝き始める。
その輝きは何かが生まれる前兆だった。
鴉。
地獄の鴉。
それはシトリーのこと。

「我は死者を統べる者なり。」

魔方陣から鈍い悲鳴のような声が聞こえる。
アスカは壁にうな垂れながら始終を見据えた。
食人鬼が現れる。
それは魔方陣から生まれた食人鬼であった。
数百の食人鬼がアスカめがけて行進する。
アスカは小さく溜息を吐いて見せた。

「異端審問官よ。」

食人鬼が迫る。
群れを成して迫る。

「お前が私の討伐をしに来た日を、私はよく覚えているよ。」

アスカはシトリーをうなだれながら見つめた。
蹲る彼女の周りはすでに血の海だった。
血が止まらない。

「お前はまだやっと審問官として認められたばかりの青臭い餓鬼だった。」

過去を思い起こし、懐かしげに言うアスカの口元は薄っすらと笑みが浮かんでいる。
しかしその笑みすらシトリーは気に入らない。
己の過去を淡々と笑みを零しながら言うアスカに殺意が刻々と深くなっていった。

「仲間が刻々と惨殺されていく中、お前だけだった。私に憎悪と復讐を誓い、剣を向けたのは貴様だけであった。」

アスカは笑った。
それは狂気そのものであり、絶望と恐怖の塊だった。
からからと高らかに笑う。

「・・・何故、俺を吸血鬼にした。」

シトリーは問いかける。
その問いは彼が聖職者から吸血鬼に没落したその瞬間から何度も考えていた問いであった。
何故、自分を吸血鬼にしたのだと。
あの時に自分を仲間たちと同じように殺してくれたらよかったのにと。
何故だ。
何故。

「お前は私の罪の罰だ。」

静かにアスカは答えた。

「お前は己の命がある限り、私を咎めていなければならない。私に後悔と絶望を与え続けていなければならない。それがお前の役目だ。」

アスカは目を見開く。
しかし、蒼い瞳は吸血鬼の瞳でも魔女の瞳でもなかった。
混血種。
彼女は半端者なのだ。
吸血鬼でもなければ、魔女でもなく、人間ですらない。

「異端審問官よ。私を咎め、罰を与え続けよ。さすれば私は私の望みを忘れずにすむのだから。」
「お前の望みは魔女になることか。ドラキュリーナ。」
「否。そんなもの、ただの通過点にしかすぎん。」

食人鬼がアスカを取り囲んでいた。
結界内はシトリーの領域。
彼の支配下の中。
アスカは逃げることなどできない。

「私は生きている。私の肉体は生きている。他者の血肉を啜り、他者の魂を喰らい生きている。しかし、私の魂は死んでいる。私の魂は地獄の業火に焼かれたあの日、あの晩に死んでしまった。」

淡々と吸血鬼は続けた。

「審問官よ。私を恨め、憎め、殺しに来い。私は貴様のすべてを奪ったのだから!貴様の地位も仲間も、人間としての存在意義もすべて奪ったのだから!!恨め、憎め!殺しに来い!さすれば私はお前のその憎悪と孤独と殺意で、私自身の魂の存在を思い出すことができる。私の忘却の200年を思い出すことができる。」

アスカは笑った。
からからと声を高らかに笑った。

「私はサバトへ行くのだ。」

食人鬼がアスカに迫る。
シトリーがにいいっと狂気に満ちた笑みを浮かべる。
彼の心の中は憎悪と孤独と殺意で満ちていた。
すべては彼女を殺すため。
そのためにシトリーは生きてきた。

「サバトでは先の先駆者たちが私を待っている。フリアエが私を待っている!!!」





「まあ、こんな所で寝て!」

夢を見ていた。
とてもとても昔の夢。
眠っていたところを起こされて、吸血鬼は目を開いた。
視界に女の姿がある。
それは麗しいフリアエの姿だった。
空には銀色の三日月が昇っている。
それは今から200年以上も前の話。
吸血鬼は女神を愛していた。







to be continued...
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