Grimoire
幕間劇 美食家たちの食卓





セラスはウォルターが用意したディナーを前に数時間も過ごしていた。
すでに料理は冷め切ってしまっている。
本来ならば、すぐに食べてしまいたくなる料理であるが吸血鬼ならば別だ。
一口、スープを口に運べば砂利を啜っているようだし、肉を食べれば岩をかじっているよう。
嘘でも美味いと感じることはできない。
できるものならば、とセラスは料理を眺めながら思う。

「・・・血が欲しい。」

彼女の理性とは反対に本能が叫ぶ。
吸血鬼としての本能がセラスを惑わせた。
今晩もこのまま何時間も料理とにらめっこが続くのだろうか。
セラスは溜息を吐いて、スプーンを放り投げた。

「セラス。こんな所で何をしているの?」

とそこにアスカが居た。
アスカは何をしているのか、とセラスが座るテーブルを覗く。
すると彼女は目を丸くして驚いてみせた。

「そんなものを食べようとしているのか!?」

オードブルを前にして驚くアスカに対して、セラスは肩を落としてあははと笑って見せた。
やはり吸血鬼が人間の食べ物に固執しているのは、アスカにとっても珍しいことである。
アスカはセラスの横の席に腰掛けた。

「血を飲んだら何かが終わってしまう気がして、だから今までどおりに食べたいんですけど・・・」
「そうは言ってもやはり、血は飲んだほうがいい。」

落ち込むセラスに対してアスカは優しく微笑んで見せた。
窓から綺麗な月が見える。
月明かりで充分なほど今夜は明るい。
とても好い夜であった。

「でもアスカさんは吸血鬼なのに血を飲みませんよね?それどころか人間の食べ物だって食べていたし、ワインならともかく、紅茶を飲んでいたし。」
「セラス。」
「わたし、アスカさんみたいになりたいんです!」

あまりにも必死にセラスがアスカに問いかけるものだから、アスカは目を丸くしてしまう。
そしてアスカは豪華なオードブルを眺めながら静かに溜息を吐いた。

「安易にそんなことを言っちゃ駄目だよ、セラス。」

アスカの言葉に対してセラスは何か言いたげな表情を浮かべるが、アスカは続ける。

「私たちは吸血鬼なんだ。それは変わらない。血を飲まなければいつか死んでしまう。」

皿の上の肉をアスカは頬杖をつきながらナイフで遊ぶように転がす。
まるで何かを悟っているような姿である。
セラスはそんな彼女の横顔ただ見つめた。

「私が人間の食べ物を食べるのも、吸血をしないのも、ただの痩せ我慢にしかすぎない。」

と言いながら何を思ったのかアスカはたくさんの皿の上に乗る料理を一枚の皿の上にまとめ始めた。
色々な料理が一枚の皿に乗るものだから、皿の上はとてもグロテスクな状況になっている。
とても食べ物とは思えない。

「だが、私は決めたのだ。吸血をしないと。血を吸わないと。それはその必要が私にはあるからだ。」

一枚の皿にまとめた料理をスプーンでアスカはぐちゃぐちゃと掻き回す。

「人間の食べ物を食べるのも、彼女がそうであれ、と望んだからだ。彼がそうであれと願ったからだ。私がそうでありたいと思ったからだ。」
「・・・アスカさん?」

まるで自問自答しているようにアスカは淡々と口走る。
眼差しはとても鋭く、セラスは思わず恐怖を感じてしまうほどであった。

「彼女とは誰だ。彼とは誰のことだね?アスカ。」
「マスター・・・!」

暗がりからアーカードが姿を現す。
アスカの鋭い視線がアーカードを睨んだ。
にいっとアーカードは笑って見せるが、アスカはそれを無視しぐちゃぐちゃになった料理を眺めた。

「彼女が望むのならば私は犬の糞も豚の糞も自ら進んで食そう。彼女が求めるのならば、私は私の自尊心のすべて捨て去ろう。」

と言うとアスカはぐちゃぐちゃとスプーンで皿を掻き回すと、べろりと赤い舌を出して口の中に料理を流し込むようにしてその食べ物を食べ始めた。
人間の食べ物は吸血鬼にとって砂利を食らうのと同じことだ。
反吐の味がする。
それでもアスカは何の躊躇もなく、料理を食べた。
アーカードはその姿に高らかに笑うが、セラスはアスカの姿を見つめながら狂気と恐怖を感じていた。

「婦警。この女はこういう奴なのだ。」

くくくとアーカードはセラスの肩を抱きながら笑う。

「お前が考えているような女じゃないさ。」

アーカードの言っている意味を理解しきれないセラスであるが、アスカという女の闇を間近で見た気がしてしまい、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
しかしアスカはにこりとセラスに満面な笑みを浮かべた。
並んでいたオードブルはすべてアスカの胃袋の中だ。

「アーカード。少し黙れ。」
「ふん、自信の自尊心も吸血鬼としての本質も忘れてしまった哀れなドラキュリーナを嘆いてやっているのだ。」

二人の視線が交わる。
険悪な雰囲気にセラスは間で小さくなることしかできなかった。

「お前の言う彼女とは誰だ。お前の言う彼とは誰だ。」
「なら、聞こう。貴様は、誰だと思う?吸血王。」

意地悪くアスカは問う。
しかし、アスカはアーカードの答えを聞くつもりはいらしく、椅子から立ち上がり残された二人にくるりと背を向けた。
その素振りにくくくとアーカードは楽しげに笑う。

「ああ、セラス。」

アスカは振り返った。

「お前は血を飲まなければ駄目よ。生まれたばかりの赤子がまず欲するのは母の母乳。生まれたばかりの吸血鬼もまた同じ。」

はははとアスカは笑うと今度こそ暗闇に姿を消していった。
アスカが居なくなった食卓。
アーカードがまだくくくと笑っていた。

「アスカさんの云っていた人って誰なんですか?あんなに想っている人って。」

横で笑うアーカードにセラスは問いかけた。

「さあな。だが、婦警。あいつには気をつけろ。」
「え?」
「あいつは、バイセクシャルだからな。」
「えええ!!?」

アーカードの言葉にセラスは天地がひっくり返ったのではないか、と思わせるほど驚いてみせた。
あんなに美しい人の性癖がバイセクシャルだなんて、とセラスはアーカードの言葉を疑ってもみせた。
しかし、主が言うことなのだから嘘のはずが無い。

「ドラキュリーナとはそういう生き物だ。」

と言い残すとアーカードはすうっと姿を消してしまう。
部屋に一人、残されるセラス。
窓の外には月が輝いている。
ドラキュリーナとはそういう生き物なのか、と主の言ったことにただセラスは納得してみせるが、ドラキュリーナは女の吸血鬼のことだ。

「え、ちょ、ちょと!」

居なくなったアーカードにセラスは声を上げる。

「私もドラキュリーナなんですけど!」

自分の性癖を疑わずにはいられない。









END Grimoire
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